第321話 大勇者の決断(後編)
ハシリーがレミニアの真意を問おうとする。
だが、その前に口を開いたのは、ヴォルフの方だった。
「レミニア、ハシリー、よく聞いてほしい」
ヴォルフは話を始めたのは、ガダルフとの一戦だ。
かいつまんで話す中、ヴォルフはガダルフとの最後の会話について話し始める。
「ガダルフは言った」
『いかにあの天才とて決断できまい』
ガダルフの自信というよりはすでに彼の中でなんらかの解決策があって、しかしレミニアにはその方策が取れない――というふうに、ヴォルフには聞こえた。故にヴォルフは研究室に来るまで、ずっとその意味を考えていたが、「レミニアが父の命と引き換えに世界を救う決断するなどあり得ない」というなら、1つ納得がいく。
「逆に言えば、ガダルフもまたこの方法なら確実に世界を救えると考えていたってことだ。だから、頼む……」
最後に俺に世界を救わせてくれ……。
ヴォルフの決意は固い。そしてその言葉は重かった。
ハシリーからすれば、もういいんじゃないかと思うところもあった。
彼の功績を考えれば、十分英雄に足る仕事をしている。
最後の最後で人身御供になる人物ではない。
たくさんの人で埋まった沿道から、手を振られるべき英雄なのだ。
仮にヴォルフが犠牲になって、世界が救えたとしても、ハシリーは喜ぶことはできない。英雄不在の凱旋式など、誰が喜ぶだろうか。
しかし、ハシリーは何も言わない。
ヴォルフはきっと無理やり振り切ってでも、ことを成そうとするだろう。
今、父親を止めることができるのは娘――レミニアしかいなかった。
その娘は手に腰を当て、憤然とヴォルフを睨みつける。
まるで父親の悪癖を戒めるように、指差した。
「ダメ……。ダメよ、パパ」
「だ、ダメって。レミニア……」
「そんなことをしても、わたしは喜ばない。というか、誰も喜ばない。あのお姫様も、ござる女も喜ばないわ」
「いや、でも、これは喜ぶ喜ばない以前の問題で」
「だーかーら! パパがいない世界なんて誰が喜ぶのよ。そんなの世界が滅んでいるのと一緒じゃない!」
「レミニア……。今、わがままを言ってる場合じゃ」
「わがままじゃない。……約束を忘れたの?」
「約束……」
「パパはわたしの勇者になってくれた。だから、今度はわたしの番。わたしがパパのお嫁さんになるって約束を達成する番なの」
「「「「よ、嫁?」」」」
レミニアの大胆発言に、静かだった研究室がにわかに騒がしくなる。
一応、その約束を聞いていたハシリーは、三度頭を抱えた。
しかし、レミニアは真剣だ。ヴォルフもそれを冗談と思っていないからこそ、真剣に娘の目を見て、話している。
「パパがいなければ、わたしはお嫁さんになれないでしょ?」
「それは――――」
「なら、もう1度あの時みたいにレミニアを泣かせるの?」
ヴォルフはハッとなる。
あの時とは、おそらくニカラス村にベイウルフが侵入した時のこと言っているのだろう。ヴォルフはベイウルフを仕留めるのに成功したが、大怪我を負った。そんな父の傷を寝ずの番をして看病したのが、レミニアだった。
「もういやよ。いいえ。あの時はなんとか助けることができた。……でも、今回は違う。パパがいない世界になんて嫌よ。それならいっそ滅んだ方がいい」
「レミニア……」
ヴォルフはついに泣き出してしまったレミニアを抱きしめる。
成長しても、まだまだその身体は小さく脆い。何より【│大勇者】と言われても、まだ16にも満たない少女だった。
「そういえば、もうすぐレミニアの誕生日だな」
「パパ、覚えていてくれたの?」
「当たり前だ。忘れるわけがないだろ」
「さすがパパだわ。大好き!」
レミニアは強く父を抱きしめる。
「レミニア、悪かった」
「いいの。パパは勇者だから。世界のことも大事だもん。でも、大丈夫よ」
「え?」
レミニアは父の腕から離れていく。
王宮で見せる、少し大人びた表情を浮かべた娘はどんと自分の胸を突いた。
「世界を救う方法があるってこと」
「ホントですか、レミニア」
「ええ。パパのおかげよ」
皆の視線がヴォルフに行く。
勿論ここにきて、ヴォルフの中に埋まっている賢者の石の力を使うのではないことは、ここにいる全員がわかっていた。
「ガダルフが言ったんでしょ。わたしには決断できないって」
「はい。でも、それはヴォルフさんを犠牲にしないってことでは?」
「はっきり言うけど、あのガダルフが人間の一時の感情を理解できているとは思えないわ。それなら、あんな大それたことはしないはず」
「まあ、一理あるはず」
「ガダルフがわたしに決断を迫ったのって、もっと即物的なことだと思うの。たとえば、そうね。世界を崩壊すること以上とは行かないまでも、それと同等のことを起こすこと……」
レミニアは首を傾げながら考える。
すると、ヴォルフの方に振り返ってこう言った。
「パパ、座って」
「当然どうしたんだ、レミニア」
「いいから」
ヴォルフは首を傾げつつ、レミニアのいう通りにその場に腰を下ろす。
すると、レミニアはヴォルフの足の上にお尻を下ろした。
「ちょっ! レミニア、ふざけている場合では」
「ふざけてなんかないわ。この方法が1番考え方がひらめきやすいの」
ピシャリと言い放つ。
ソファがわりにされたヴォルフは苦笑するだけだ。
「うーん。まだピースが足りない感じ。パパ、ガダルフは他に何か言ってなかった?」
「うーん」
「なんでもいいわ。ストラバールのことでも、エミルディアのことでも」
「ああ。そういえば、エミルディアの接近が早いのは、ガズが仕掛けた愚者の石のおかげだ――みたいなことを言っていた」
ハシリーが眉宇を動かす。
「ガズ? ラーナール教団主教の?」
ヴォルフが頷くと、興味深いとばかりに研究員の1人が画像を見た。
「なるほど。だからエミルディアの接近が速かったのか。しかし、一体どんな仕掛けを……。今やあの星は大爆発によって、生命がほとんどいないのに」
すると、レミニアは何か気づく。
弾かれるように立ち上がった。
「生命がいない。逆に言えば、魔力を消費するものがいないってことね」
「レミニア、何かわかったんですか?」
「ちょっと待って、ハシリー。ねぇ、エミルディアの魔力の総量って減ってるの?」
研究員が計器を動かす。
「えっと……。あれ? おかしい……。上がってるぞ」
「ホントだ!」
「大爆発以前より高くなってる」
「こんなことって……」
研究員のいう通り、エミルディアの魔力は大爆発以前より高くなっていた。
正確には大爆発直後では低下していた魔力が、時間を置いて安定し始めたことによってその総量が上昇していたのだ。
「これってもしや……」
ハシリーも何か気づく。
1人事態についていけないヴォルフだけが忙しくなく動き回る研究員たちの動きを見ていることしかできなかった。
「えっと? 何が起こっているんだ?」
「つまりね、パパ。エミルディアは吹き飛んだじゃないの」
「え?」
「ガズってヤツの目的は、エラルダを使って天上族を作ることだけじゃなかった。それすら副産物でしかなかったのよ」
「な、なあ。レミニア、つまりどういうことなんだ?」
「うん。端的にいうと……」
あのエミルディア自体が、今や巨大な愚者の石なのよ。
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