第320話 大勇者の決断(前編)
考えがある。
そう言ったヴォルフはおもむろに上着を脱いだ。
鍛え、いじめ抜いた見事な身体が露わになる。その真ん中で力強く光っていたのは、黄金色の宝石だった。かつてレミニアが父を助けるために埋め込み、ヴォルフとともに成長した賢者の石である。
見事に輝く石を見て、ハシリーは息を呑む。
その美しさもそうだが、放たれる魔力はガダルフが作った愚者の石とは比べものにならない。1番驚くべきは、そんな膨大な魔力を制御できているヴォルフだろう。常人であれば、今ごろ消し飛んでいるはずだ。
「なるほど。一体、どうやってあのガダルフを倒したのかと思っていましたが、その賢者の石があったからですか?」
「違うわ。パパだからよ。この石はパパと一緒に成長したの」
「成長? もしかしてというか、やはりというか、これもあなたの仕込みですか、レミニア?」
「仕込みというよりは、偶然の産物かしら。わたしが気づいた時には、すでにパパの身体に定着してしまっていたから」
「まさか、そのために強化魔法を?」
「それもあるけど……。パパが心配だったからよ」
ハシリーは頭を抱える。背後で研究員の1人がポンと肩を叩いた。
「それでヴォルフさん、考えというのはやはり……」
「ああ。俺に定着した賢者の石を使うことはできないかな?」
賢者の石の完成体。
その出力は愚者の石を超えることは、ガダルフとの一戦で証明されたばかりだ。何よりレミニアの産みの親が、ストラバールに危機が起こった時に考案したアイテムでもある。今使わずして、いつ使おうかというタイミングだった。
まず興味を示したのは、他の研究員たちだ。ヴォルフの周りに集まると、興味津々とばかりに胸についた賢者の石を観察する。
「これはすごい」
「この出力……。まさに悪魔の所業だね」
「確かにこの力があれば、星を……」
「エミルディアを跳ね返す力があるかもしれない」
概ね好意的な意見が多い。
1人が鑑定魔法を使うと、その出力を分析した。
「ふむ。問題なさそうだね。完成体の賢者の石のフルパワーで解放すれば、エミルディアの引き寄せる力を相殺し、さらに遠くへ追いやることができるかもしれない」
「じゃあ、早速……」
「最後まで聞いてほしい、上司のお父様。エミルディアを跳ね返すほどの力を賢者の石から引き出したとすれば、間違いなくあなたの身体は消滅するでしょう」
ヴォルフはハッとしたが、他の研究員たちも同様の反応だった。
「確かに賢者の石はあなたの身体に定着している」
「だが、本来の力を引き出せていない」
「賢者の石はあくまで無機物。その限界値は我々と比べものにならない」
「如何に父上殿の身体が頑丈でも難しいと思われまする」
横でヴォルフと同じく話を聞いていたハシリーは息を呑む。顔は真っ青になり、唇は震えていたが、質問せずにはいられなかった。
「それってつまり、賢者の石の力を解放すれば、ヴォルフさんは死ぬということですか?」
研究員たちは何も言わない。ただ黙って、頷いた。
ハシリーは頽れる。
「ヴォルフさんから賢者の石を取り出せないのでしょうか?」
「無理かと……。賢者の石はもはや上司の父上の一部となっています。取り除けば、何が起きるか」
「そもそも賢者の石そのものが、技術的に新しい」
「まして人の肉体の中で育ったもの……。安易に取り出すのは危険かと」
ショックを受けるハシリーだったが、それでも研究員たちの分析は冷静だった。
「そんな……。ヴォルフさんはガダルフを倒し、世界を救ってくれた恩人です。それだけじゃない。レクセニル王国、ワヒト、バロシュトラスを救った英雄なんです……。今度は世界を救うために死ねなんて……、残酷すぎますよ」
「しかし、現状において1番ベターな方法です」
「というか、この方法以外に考えられない」
「苦しいのは我々も同じ……」
「ストラバールの生きとし生けるものを救うためには、この方法以外にない」
研究員たちはキッパリと言い切る。
ここまではっきりしているのは、根っこの部分では彼らが悪魔だからだろう。
ハシリーは口揃えて、ヴォルフを人身御供とせよという研究員たちを睨んだが、決して手は出さなかった。ハシリー自身も頭の片隅ではわかっているのだ。その方法が最適であることを。
そんなハシリーの肩を、ヴォルフは軽く叩く。
その瞳は湖面のように澄んでいた
「ハシリー、ありがとう」
「ヴォルフさん」
「俺がいうのもなんだが、嬉しいんだ。このどうしようもない状況で、世界を救う方法がある。娘がいる世界を救える方法があるというだけで、俺は満足だよ」
「でも、あまりに無体ですよ。こんなの……。せっかく、やっと、やっとあなたたち親子が静かに暮らせるかもしれないのに」
ハシリーはとうとう泣き出してしまった。
「何を泣いているのよ、ハシリー」
「だ、だって……。レミニアはそれでいいんですか?」








