第316話 死合に勝って勝負に負ける
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※漫画家の名前は「ふみおみお」先生になります。
「なぜ、そんな顔をする?」
敗北者となったガダルフを覗き見るヴォルフの表情を見て、当の本人が呟いた。
愚者の石の性能を最大限に引き出し、そして敗れたガダルフの身体はボロボロだ。一時、金剛石のように硬質化した身体は炭のように脆くなり、すでに左脇腹から下がボロボロになっていた。炭化した身体は砂のように細かく崩れると、聖樹リヴァラスの頂上に吹く微風に流されていく。
先ほどまで世界の命運をかけた戦いが行われていたとは思えない、静かな時間が流れる中、互いに死力を尽くした者同士が語らう。その表情は実に対照的だ。勝者はどこか申し訳なさそうに顔を曇らせ、敗者は口の端に薄く笑みを浮かべていた。
ガダルフの問いに、ヴォルフは共に戦った愛刀を握りながら、答える。
その刀身にも無数のヒビが入っている。使用者と同じく限界をすでに超えていた。
「結局、俺はいつもこうだ。斬ることでしか、止めることができなかった」
「フハハハ……、フハハハハハハハ!」
「何がおかしい?」
「私を止めるだと? 勘違いするな。もう私はとっくに止められない。見よ」
ボロボロになった腕を伸ばし、覗き見るヴォルフの顔のさらに向こう側を指差す。
白々と明け始めた空に浮かんでいたのは、輝かしい太陽ではない。
視界の端と端に収まるほど大きく見えるようになった、天体エミルディアの姿だった。ヴォルフは息を呑む。考えていたスピードよりもエミルディアの接近が早かったからだ。それはガダルフも思うところだったらしい。
「想定よりも接近が早い。おそらくガズ・ヴォーバイゼの仕業だろう。あの世界自体に愚者の石を強める力を施したのだ。思えば奴とは天元思想のもと、意気投合し、唯一の同志と呼べるものだった。生い立ちも似ていたしな」
「ガズが……」
「止められてなどないよ、ヴォルフ・ミッドレス。私も、ガズの野望も……」
「止めるさ。俺が無理でも、娘が……」
「無理だな。いかにあの天才とて決断できまい」
「どういうことだ?」
「…………」
ガダルフの瞳が虚になっていく。
もはや彼が何を見ているのか、わからなかった。
ヴォルフはその手を取る。終末医療患者を看取るようにそっと握った。
「ガダルフ……。最後に言い残すことはあるか?」
「言い残す……」
「そうだ。誰かに伝える言葉はあるか?」
「ない。……私の身体も、心も、そして言葉も……」
虚無の中にある…………。
ガダルフの身体は土塊となり、黒い砂となり、そして風の一部となる。
サラサラと流れたその一部は明けたばかりの朝空へと消えていった。
ガダルフは間違いなく巨悪だった。
ルーファスよりも強く、マノルフ以上に信念があり、ガーファリア以上の野心と、ガズ以上の覚悟を心の中に宿していた。だからこそ救ってやりたかった。
「最期まで、お前は破壊者足らんとしたのか……。頑固だな、お前は」
「気に病んでござるのか、ヴォルフ殿」
唐突な声を聞いて、ヴォルフは驚き、振り返った。
その特徴的なワヒト訛りからわかっていたが、やはりエミリが立っていた。
白い頬には煤がつき、腕や足には無数の傷があったが、比較的元気そうに見える。
丸く赤い宝石のような瞳は、真っ直ぐヴォルフを射抜いていた。
一瞬、本物かどうか疑ったが、身体から溢れる気まで騙しおうせるのは至難の技である。そもそも今更ヴォルフを騙す勢力などありはしなかった。
「どうして、ここへ?」
「立ち会いをしかと見届けに……」
「しかし……」
「大丈夫でござる。他の女人たちは全て納得済みでござるよ。それよりもヴォルフ殿、見事な戦いでござった。拙者、全てを見させてもらった」
「そうか。……でも、俺は――――」
「胸を張るでござる。確かに拙者たちにはまだまだやることがあるようでござる。しかし、拙者が見た戦いは、いや拙者が後世に語るべき戦いは、世界の命運を賭けるに相応しい伝説の一番でござった」
「大袈裟だよ、エミリ。それに俺はまだ誰も救っていない。いつか言われたように偽りの英雄なんだ」
「それでもいいではござらんか」
「え?」
「ヴォルフ殿が目指すのは、娘殿の勇者なのであろう。それに英雄が伝説になってもつまらぬもの。ただ娘を救いたい一心で世界を救ったならば、伝説に箔がつくというものでござる」
エミリの言葉を聞いて、ヴォルフの顔にようやく笑みが帰ってきた。
「ありがとう、エミリ」
「ところで、ヴォルフ殿。1つ我儘を言っていい――――」
エミリが言う前に、ヴォルフは彼女を抱きしめていた。
「これでいいか?」
「…………まだ全然。足りないぐらいでござるよ」
2人は口付けを交わすのだった。








