第315話 伝説の戦い
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いつも通りの【居合い】の構えをとってみたものの、ヴォルフに打てる手はそう多くはなかった。すでに強化魔法は切れ、周りには仲間も娘もいない。アラフォー冒険者はまさに今、裸一貫で立っていた。それでも、その場から逃げ出さないのはガダルフの言うとおり、娘のためだ。
初めから勝算なんてない。思えば、そんなことを考えながら戦ったことなどなかった。怖かったし、辛いと思うこともあった。でも、いつも背後に娘がいて、仲間がいて、過去の自分がいた。それだけで震えが止まり、戦場に立ち続けることができた。
そんな男だからこそ、世界の強者たちが裸足で逃げ出してしまう戦場でも、立っていられることができたのだろう。世界を救い、娘の勇者となることを決意した男だからこそ、負けるかもしれない戦いでも立っていられるのだろう。
ヴォルフの人生は後悔の連続だった。負けることが当たり前だった。
でも、負けの辛さを知り、歯を食いしばって耐えてきたからこそ、ヴォルフは戦える。英雄たちのいない戦場でも……。
(昔を思い出すな)
一瞬閉じた瞼の裏側で見えたのは、10年以上前にベイウルフと相対した時もそうだった。勝てるかどうかなんてわからない。いや、勝てたことが不思議なほどヴォルフにとって不利な戦いだった。実際死にかけたし、レミニアの看病がなければ死んでいただろう。
でも戦えた。逃げ出さなかったのは、やはり娘の存在だった。
「逃げるなら今のうちだぞ、ヴォルフ・ミッドレス」
「どこに逃げるんだよ。お前は、この世界を壊すんだろ」
とにかく集中する。
深く深く沈み込んだ。
それは体勢ではない。
心――あるいは奥底に眠る力……。
(感覚を研ぎ澄ませ)
その瞬間、ガダルフから投擲された槍のような刃が飛んでくる。
ヴォルフはそれを弾いた。それが精一杯だった。
攻撃は終わらない。波のようにヴォルフに襲いかかってくる。
マノルフの時は、娘の力があったが、今はもうない。
ただ自力でガダルフの刃を返すしかなかった。
「どうした!? ヴォルフ・ミッドレス!! 私を止めるんじゃないのか!!」
ガダルフの剣圧は強くなっていく。
次第にヴォルフは押されていった。
他人が見れば、敗着濃厚の負け戦に見えただろう。
それでも、ヴォルフが負けを認めることはない。
膝を折ることも、抗うこともやめない。
ただひたすら集中した。
幾多の強者を捩じ伏せた、あの感覚に至るゾーンへと落ちていく。
「何を狙っているかは知らないが、これで終わりだ」
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
「そして……」
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
巨大な炎の柱が、ヴォルフを包む。
それは世界を燃料とし、今まさに引火させようとする神格めいた松明のようだった。聖樹リヴァラスに燃え上がったそれは、ヴォルフはおろか世界すら溶かそうとする。まるで煮えたぎる窯のように気温が上がり、周囲は紅蓮に包まれていく。やがて10つの炎は大蛇のようにのたうちながら、ゆっくりとヴォルフに向かって落ちてくる。
ついにヴォルフを包んだ時、それは起こった。
ィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンン!!
強烈な斬撃の衝撃波が炎を掻き消す。
世界そのものを溶かす炎が、たった一振りで回避されたことにガダルフは素直に驚く。そして笑う。
「フハハハハハハハ!! やはりお前は危険な存在だ、ヴォルフ。お前は、私の敵だ!! 破壊者の敵だ!!」
半狂乱になりながら、ガダルフは叫ぶ。
水、そして汝は浄化の守護者なり!!
氷、そして汝は沈は沈黙の守り手なり!!
雷、そして汝は裁きの執行者なり!!
風、そして汝は自由の先導者なり!!
さらに水、氷、雷、風とそれぞれの属性を、神の怒りの如き威力でヴォルフに叩きつける。だが、ヴォルフはそのことごとくを払い除けていった。そんな英雄めいた技を見せながら、ヴォルフは納得していない。
「まだだ。もっと深く……。そして意識を広げろ!!」
「おのれええええええええええ!!!!!」
ガダルフの攻撃が苛烈になっていく。
魔法によって自然現象を起こし、あるいは物理を反転させる。
だが、ヴォルフに全て斬って落とされる。
その度に感じるのは、強さだ。
(こいつ……。まさか私の攻撃を受けるたび……)
それや今やガダルフだけが気づける変化だった。
その感覚は間違いではない。本当にヴォルフは強くなっていた。
ヴォルフはずっと勘違いをしている。
自分の娘の強化魔法によって、強くなったのだと。
それは間違っていないが、半分不正解でもある。
本人自身ですら認めていないが、強敵と相対するたびにヴォルフは強くなっていった。最初はベイウルフとの戦いだった。そのギリギリの戦いの中で、ヴォルフ本人も知らぬうちに、成長の箍が外れていたのだ。知っていたのは、レミニアだけである。
男子、3日会わざれば刮目して見よという言葉があるが、ちょっとしたきっかけで人は爆発的に成長する。不断の努力も必要だが、人はいつか壁にぶつかる。壊せる者は前へ進み、大きさに慄くものは立ち尽くす。負け続けたヴォルフにとって、必要だったのは、勝利とその歓喜。真に勝つことが、ヴォルフ・ミッドレスという遅咲きの英雄を成長させたのである。
それでもヴォルフが世界の悪ガダルフの前に立っていられるのは、もう1つ理由がある。
「何……!?」
ガダルフは再び声を荒らげた。
ヴォルフが光り始めたのだ。それが非常に高純度な魔力であることはすぐにわかった。魔力とは純度が上がっていくことによって、その色を変える。
今、ヴォルフは黄金色に光っていた。
光はリヴァラスに満ちていく。
やがてガダルフすら包んだ。同時にゾッとするような気配に気づく。
「それがお前の本気か……。ならば――――」
ガダルフはヴォルフの魔力を吸い込む。
初めて感じた悪寒を払拭するように。
しかし、魔力は後から後から溢れてくる。
もはや人が抱えられる魔力の総量を超えていた。
ガダルフが激しく攻撃を繰り返す。
ついにヴォルフの肉を削り、やがて上半身の装備を剥いだ。
見事な肉体の中から露出していたのは、宝石だった。
「愚者の石? いや、違う。まさか│賢者の石か?」
それは昔、まだ子どもだったレミニアがヴォルフを助けるために作った生半可な│賢者の石だった。当初できた時は、親指の先もない小さい小石。それがヴォルフとともに成長した結果、巨大な│賢者の石になっていたのである。
無論、石が人の中で成長することなどあり得ない。
だが、レミニアの強化魔法、ヴォルフの潜在能力、様々な要因が重なり、愚者の石を凌ぐ力を得て、今黄金色に輝いていた。
「あの天才め……。まさかここまで予期していたのか?」
ガダルフは素直にレミニアの知略に戦慄を覚えた。
同時にその力の方向を瞬時に分析し、最適化する。
参考にしながら、ガダルフもまた身を│圧縮《ヽヽ》し、人の形に戻る。
その胸の中には、黒い愚者の石の塊が宿っていた。
「これで対等だ」
稀有な対応力を見せつけ、ガダルフはヴォルフの前に立つ。
「ヴォルフ・ミッドレス、参る」
「来い! ヴォルフ! お前の全てを肯定するために」
両者、【居合い】の型を作る。
まるで前に身体を倒すように、同時に走り出した。
それが刹那の対決……。
黄金色の碑石に刻む――――伝説の立ち会いだった。
ギギギギギぃイィィィィぃぃいィィィいいンンンンンン!!
雷鳴のような剣戟の音が響く。
両者の位置は変わるが、それぞれ払った姿勢は鏡に合わせたかのようだった。
袈裟に斬られていたのは、ガダルフだ。
その口から、黒い血が滴る。
真っ黒に染まった愚者の石もまた斜に斬り裂かれていた。
「みごと、だ……」
次の瞬間、ガダルフは頽れた。








