第313話 羽ありのガダルフ(後編)
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◆◇◆◇◆ 続・ガダルフ ◆◇◆◇◆
ガダルフとラーウの交流はしばらくの間続いた。
ラーウは物覚えがあまり良い方ではない。それはガダルフからすれば……であったが、結局2年近く足繁く通ううちに、それが当たり前になっていた。下界に降りることは羽ありの天上族ならいつでも許されている。だが、わざわざそんなところに毎日通う物好きな天上族はいなかった。
言葉を覚えてからラーウとは生物の生態について教えていた。本人のたっての希望ということなのだが、実態は2人して昆虫採集をしているようにしか見えなかった。
「天上人さま、あれ!? あれ!?」
半ば興奮気味にラーウが指差す。
「蝶だな」
「ちょう!」
ラーウは白い羽をひらひらと叩くように動く昆虫を追いかける。細い腕を伸ばして捕まえようとするが、蝶はひらりと避けてしまった。
(まるで蝶を追いかける獣だな)
一向に蝶を捕まえられない無様なラーウを見ながら、そんな娘を気にかける己を戒めた。ラーウとともにすれば、胸のざわめきがわかるのではないかと思ったが、あれから数年が経っても未だにわからない。だからこそラーウと日々こうして会っているのだが、最初の時よりもざわめきは大きくなっているような気がする。
しかし、それがわかれば、今天上族が直面している問題に何か解決の糸口が見えるような予感が、この時のガダルフにはあった。
「天上人さま!」
白昼夢を見ていたのか。
ガダルフはハッと目を覚ました。目の前にラーウがいて、首を傾げている。ガダルフを見ているかといえば、そうではない。ガダルフの肩に止まった蝶を見ていたのだ。
「汚らわしい!」
ガダルフは反射的に肩の蝶を払う。本気を出せば、大型生物を一撃で葬る力を持つ天上族だ。蝶のような弱々しい生物など造作もなかった。蝶は羽と脚がバラバラになり、地面に落ちる。昆虫が嫌いかといわれれば、そうではない。恐れているわけでもない。ただ天上族は羽のはえた生物を嫌う。恐れ多くも自身と同じく、空を飛ぶからだ。故に下界では空を飛ぶ動物も昆虫もあまりいない。竜ですら地を這うものがほとんどだった。
ラーウはバラバラになった蝶を見つめていた。じっと熱心に。そんなことをしても蝶が再び空を舞うことなどない。それはラーウもわかっていることである。物言わぬ無残となった蝶を見て、ラーウは泣き始めた。それを見て、ガダルフを息を呑む。
再び胸の中で何かが動いたような気がした。
(なんだ。この妙な感触は?)
ガダルフは考えたが、結局わからなかった。1つわかることがあるとすれば、ラーウが関係しているということだ。そのラーウはなかなか動こうとしない。蝶を見て、ただ涙を流していた。
「蝶が見たいなら、他にもいるぞ」
そういうと、ラーウは首を振った。
「この蝶が良かった」
多分それはガダルフが初めて耳にしたラーウの反論だった。このまま石になってしまうのではと思う程、ラーウは動こうとしない。やがて根負けしたガダルフは、蝶に向かって手を伸ばした。天上族の生気を分けてやり、さらに身体を直していく。やがて蝶は再び羽を開き、パタパタと動き始めた。
それを見て、ラーウは目を輝かせる。再び犬のように追いかけ始めるラーウを見て、ガダルフの胸がざわめいた。すると、ラーウが振り返る。キョトンとガダルフの方を見つめた。
「どうした?」
「ガダルフが笑っているとこ初めて見た」
「……笑っているのか、俺は」
「うん」
そう言って、ラーウは蝶を追いかけ始めた。
◆◇◆◇◆
ラーウとの交流は2年ほど続いた。今日のように昆虫採集にでかければ、洞窟の中で日がな1日雨音をずっと聞いていることもあった。1度木の上を見てみたいというので、天宮が隠れる夜に空を見せてやると、光る砂粒だといって、手を伸ばしていた。
ラーウと会う度に、彼女の顔を見る度にざわめきは大きくなる。その正体を知るためにガダルフはラーウとの逢瀬を重ねた。ざわめきの原因を探るためならなんでもやった。時に身体を重ねることもあったが、それが原因とは思えなかった。
◆◇◆◇◆
結局わからないまま、あの日の出来事が起こった。
その日は上級の天上族との宴に呼ばれた。天上族では今空前のグルメブームで、下界にある様々な生き物を調理し、食そうという催しがあちこちで行われていた。
まだ若い天上族のガダルフは数合わせでパーティーに参加することになった。参加する人間が多ければ多いほど、パーティー自体の価値が高くなる。つまり賑やかしだ。立食形式で行われたパーティーは盛況だった。並んだ食べ物は美味もあれば、食べ物とはいえないようなゲテモノまで揃っていた。
そんな中、彼女がいた。
「ラー…………う…………?」
ここは天宮。それも上級の天上族が住む最奥の間だ。天宮には羽なしがいないわけではないが、こんなところにラーウが参加しているわけがない。
では、彼女はどこにいたのか。
それが白いテーブルの上だった。
五体をバラバラにされ、顔を輪切りにされたラーウがそこにいた。
すぐにわかったのは、綺麗な銀髪と何度も自分を見て笑った瞳だ。
皮肉なことに食材にされても美しいまま残っていた。
そしてガダルフの胸は大きくざわついた。
ただマグマのように噴出したざわめきは、再び泥のように広がり、そして沈殿して行くのを感じた。
悲しみでもなく、絶望でもない。
無慈悲にラーウを食材とした上級の天上族の怒りかといえば、そうでもない。
しいていうなら、『破壊』であった。
「そうか。それがざわめきの正体なのだな」
ガダルフはラーウだったものを頬張りながら、笑った。
◆◇◆◇◆ 900年後 ◆◇◆◇◆
ガダルフは上級の天上族となったが、中でも変人として扱われていた。日がな1日書庫に籠もり、ただ書を眺めているだけだ。なのに上級の天上族に対する接待も忘れない。時々面白い魔法を披露しては、天上族たちを喜ばせていた。しかし、それ以外はずっと書庫の中だ。
そんなガダルフに1人絡んでくる天上族がいた。同じ時に上級となった天上族である。
「天元思想か……。随分と古い書物を読んでいるのだな」
「悪いか?」
ガダルフはギロリと睨むと、話しかけてきた天上族は肩を竦めた。
天元思想とは、天上族の古い思想のことだ。曰く「すべてを『一』に戻し、『一』となったものが世界を再構築し、新しい世界を作る」という終末論と創造論をごっちゃにしたようなものだった。
「天元思想は古い考え方だ。単一の個体が世界全体を治めるなんておこがましいにも程がある」
「なら複数の個体が世界を安定させることは果たして素晴らしいことなのか?」
「1つの個体よりはいい。その個体が死ぬば、誰もこの楽園を管理するものがいなくなる。我々の始祖、始まりの天上族は多くの個体を生み出すために天樹をお作りになられたぞ」
「ふん。ならば死ねばいい。……俺はたった1人になっても世界など作らない。何もしない」
俺が目指すのは、完全なる無だ。








