第311話 懺悔に似た告白
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5月10日に同時2冊発売が決定しました。
『アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』7巻
『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』1巻
GW明け発売となります。
是非よろしくお願いします。
人が強くなる瞬間は各人それぞれだ。
山を駆けずり回り、無敵の体力を得る者。
万と拳を突き出し、必殺の一撃を手にする者。
火を前にして、念仏を唱える者。
知識の蔵の中で、書を読みふける者。
それらはすべて膨大な時間の中で強さを獲得した者たちだ。
しかし、それでも強くなれなかった者たちもいることは確かだ。そのほとんどは「強さ」を身に付けた者たちに敗れ、追い越され、弱肉強食の世界に沈んで行く。
前を走る者たちには、時に一瞬の閃きを持ち、その強さの本質に気づいて、時間すら追い抜いて先頭を走る――所謂「天才」と呼ばれている者たちもいた。
ヴォルフ・ミッドレスは前者の強くなれなかった者の1人だった。
努力を怠っていたわけじゃない。
ヴォルフは山を走って体力をつけようとしたし、万と剣を振って剣術に秀でようとした。時に火の前で祈りを捧げ、図書館に通っては薬草についての知識を頭の中に入れた。
それでもヴォルフはDランクの冒険者だった。新人の冒険者の少し上程度のランクだ。自分ではパーティーを持てないので、1人で薬草ばかりとっていた。
そんな男が今、世界の命運をかけて戦っていた……。
◆◇◆◇◆ ガダルフ ◆◇◆◇◆
「何故だ!?」
ガダルフは思わず叫んだ。
ヴォルフ・ミッドレスはあの【大勇者】が強化したことによって強くした偽りの英雄のはず。
しかし、今のヴォルフは違う。
強化魔法はとっくにはがれ、それどころか魔法すらまともに機能しないはず。なのにヴォルフは天上族にして、元賢者たるガダルフと互角の戦い演じていた。
(中身は所詮Dランクの冒険者だろ! それも40を超えた男ではないか!!)
心の中で叫びながら、ガダルフの脳天を狙った打ちおろしをかろうじて受け止める。ヴォルフの剣速は速く、また異常な程までに重い。ガダルフは受けに成功したものの、次の攻撃に移ることができない。それどころか押し込まれる鋼のブーツがリヴァラスの幹にめり込んだ。
「あぐっ!! ちょ、調子に乗るな!!」
影竜に命じて、ヴォルフを引き剥がそうとする。脇を狙われたヴォルフはさすがに刀を引き、距離を取る。
ガダルフの哄笑が響いた。
「フハハハハ! やれ、影竜!!」
影竜が黒い顎門を剥き出した瞬間、それは起こった。
斬ッ!!!!
影竜が真っ二つにされる。
低く腰を落とした姿勢から繰り出された斬撃が、魔法で生み出した影竜をあっさりと切り裂いてしまった。
「ばっ――――」
再び動揺が口に出そうになって、ガダルフは慌てて己の口を押さえた。
いや、もうすでに遅い。
動揺している時点で、ガダルフは負けに等しい屈辱を味わっていた。
目の前の男は単なるDランクの冒険者だ。
そんな相手に自分は今、苦戦している。
自分の奥義をことごとく破るこの男が、一体何者なのかわからなくなっていた。
「怯えているのか、ガダルフ」
「おびえている? 私が……? 貴様! 私を見て、怯えていると言ったか!!」
「ああ。今のお前の顔を見れば、誰だってそう思うだろう」
「ふざけるな!!」
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
第10階梯の炎属性魔法が炸裂する。
リヴァラスの頂上で火柱が立ち上り、辺りが真っ赤に染まった。炎はリヴァラスの幹を燃やし尽くすかと思われたが、それには及ばなかった。
「かっっっあああああああああ!!」
ヴォルフの一声が響く。
鞘から抜き放った刀の衝撃が炎に向かって放たれると、次の瞬間には炎は消し飛んでいた。残ったのは微かな異臭。そしてガダルフの困惑した顔だった。
「馬鹿な……。第10階梯の魔法だぞ」
あまりに出鱈目だった。
本来ならこのリヴァラスごと焼き尽くしておかしくない熱量にもかかわらず、ヴォルフはそれを剣圧だけで吹き飛ばしてしまったのである。
もはや魔法――いや、それ以上の奇跡だった。
「ガダルフ、お前の攻撃には〝覚悟〟が足りない。いや、感じない」
「覚悟だと……。そんなもの、魔法に必要あるものか!! 剣もそうだ。決められた身体の運びと、タイミング……」
「ああ。でも、それは教科書の中のことだ。知識で知る程度のことだ。……まあ、お前はそれでも強いことは認めるけどな」
「何が言いたい」
「お前は俺と似てるんだ」
「は、はあ?」
「俺も昔そうだったよ。野山を駆ければ、いつか……。剣を振り続ければ、いつか……。図書館の本をすべて読み漁ることができれば、いつか……。勝手に強くなるものだと思っていた。人生とはそういうものだと舐めてかかっていた」
ガダルフは反論しなかった。
何故かヴォルフの話すことに引き込まれていた。シンパシーとでも言うのだろうか。ヴォルフが出す〝覚悟〟という結論に、自分の身体が興味を示していたことは確かだった。
「振り返れば、俺の人生の大半は幻のようで掴みどころがなかった。『強くなりたい』と思っても、そこに目的はなかった。『ランクを上げたい』と願っても、そこに動機などなかった。ただ漠然と日々を良いように過ごすだけ……。それが悪いこととは言わない。でも、何か色のない世界でもがいていただけだった。そんな人生を一変させたのが、レミニアだ」
「ふん。貴様はことあるごとに『娘』だな。その娘がいたから、お前は覚悟を決めることができた。そう言いたいのか?」
「ああ。でも、それは親としての覚悟だ」
「親として……?」
「俺はずっとレミニアを見てきた。娘の成長を見守ってきた。幸い娘は利口で、そしてかわいかった」
「…………」
ガダルフは黙って肩をすくめた。
「仕方ないだろ。本当にかわいいのだから。でも、反面こう思っていた。なんでもできてしまう娘がうらやましい、と。未来のある彼女がねたましい、と」
ヴォルフの口調はどこか懺悔めいていた。
「恥ずかしい話だろ。父が娘に嫉妬するなんてな。でも、あの子は天才でなんでもできた。それがうらやましかった」
そしてヴォルフはその娘によって見出された。再び冒険者になることを選び、今世界を背負って戦っている。
「冒険者になることを決めた時、俺の中で1つの目標できた。『娘を守れるほど強くなろう』と……。でも、それは翻せば『娘より強くなる』ことでもあった。王女様を守る勇者が、王女様より弱くて、しかもその王女様の助けを借りないと何もできないのでは、格好がつかないからな。笑いたければ笑うがいい。お前の言う通り、俺は仮初めの英雄なのだから。けれど――――」
誰に馬鹿にされたとて、俺はレミニアの勇者であらねばならない。
「そう約束してしまったからな」
ヴォルフは再び切っ先をガダルフに向けた。やや自嘲気味に話していた男は、今度はお前とばかりに真剣な表情を敵であるガダルフに向けてくる。
「お前はどうだ、ガダルフ? お前に覚悟はあるか?」
そして問うた。








