第308話 相棒の最後
☆★☆★ コミカライズ 更新 ☆★☆★
本日BookLive様にて単話版更新されました。
ラムニラ教編、めちゃくちゃ盛り上がってます!
狂気の神官マノルフの狂い具合が素晴らしいので、是非読んでくださいね。
「相容れぬ……。つくづくお前たちとは相容れぬな、愚か者どもよ」
ガダルフが初めて差し出した手を、ヴォルフは払った。ガダルフからすれば、それが唯一自分以外の生物が生きていられるチャンスだったのかもしれない。しかし、ヴォルフは一考の余地なくガダルフの言葉を断ち切った。
娘が残した聖剣を引き抜く。いつか竜を斬った時と同じ聖剣だ。片手に愛刀【カグヅチ】、もう片手には娘の愛が詰まった聖剣。その2刀を握り、ヴォルフは微笑む。
「決着を着けるぞ、ガダルフ」
「ふん。強がるな、ヴォルフ・ミッドレス。すでにお前の身体にはまともな強化魔法の効果も残っていまい」
ガダルフの指摘はあっていた。
黒い竜が魔力を見境なく貪ったおかげで、周囲の魔法効果はほとんど全滅。その影響は娘――ではなくルネットにかけられた強化魔法にも出ていた。そもそもここまで連戦に続く連戦のせいで、その効果はとうになくなっている。それでもヴォルフは表情を崩さない。しっかりと目の前の敵を睨んでいる。
「ああ。そうだ。……しかし、それがどうした? 俺には娘を守る父の使命がある。それだけで十分だ」
「気概……とでもいうのか。つくづく愚かしいな。戦いとは結局数だ。お前の魔力総量、そして我の魔力総量……。どっちが有利か子どもでわかる」
『なら、これならどうニャ!!』
突然リヴァラスの頂上で落雷が降ってくる。ガダルフは間一髪のところで避けると、ヴォルフとの間に現れた大きな猫を見つめた。
「【雷王】か……。まだ生きていたとはな。魔力を吸われて、干涸らびていると思っていたが」
『あっちを馬鹿にするな。これでも【雷獣使い】ロカロ・ヴィストが育てた雷獣こと【雷王】ミケ様ニャ。ちくっと魔力を吸われたぐらい、どうってことないニャ!!』
ガダルフに威勢良く啖呵を切る。
しかし、その雷獣の足は微妙に震えていた。ガダルフは笑う。
「その割には立っているのもやっとのようだが……」
『う、うるさいニャ!! ご主人!!』
ミケは口に咥えていた何かをヴォルフの方へと放り投げた。1度刀を鞘に納め、キャッチする。手を開くと、それは赤黒い宝石だった。
「これは愚者の石か……」
『下に落っこちていったヤツを拾ってきたニャ。ご主人、それを使えば強化魔法も……』
「ミケ……」
「ん?」
「すまん」
そう言って、ヴォルフは再び愚者の石を放り投げる。その行き先は宿敵ガダルフの手の平だった。
このヴォルフの奇行に、さしものガダルフも愉快げに楽しむことはできないらしい。目を細めると、厳しい口調で問い詰めた。
「敵に塩でも送ったつもりか?」
『そ、そうだニャ! 何やってるんだ、ご主人!!』
パタパタと尻尾を振って、ミケも主人を叱責する。
対するヴォルフの返答は実に力強かった。
「俺にはエミリが精魂込めて作った刀がある。もう片方には娘が残した剣がある。何より……」
頼りになる相棒がいる……。
ヴォルフはミケを撫でた。
『ご主人……』
「3人の人間が今、俺に力を貸してくれている。ハンデでもなんでもない。これぐらいでちょうどいい。……使え、ガダルフ。これでお前と俺は対等だ」
再び一刀一剣を構える。
ギラリと光る眼差しは、握った武器の刃と同じぐらい鋭い。一方ヴォルフの言葉は、いよいよガダルフの琴線に触れた。ガダルフは長い年月生きてきた。その人生にあって、初めてのことだ。人に塩を送られることも、『平等』だと見下されることも……。
ガダルフは口の中に愚者の石を入れる。飲み込むわけではなく、そのままザラザラと音を立てて、噛み砕いた。こめかみには血管が浮かび、白い顔は真っ赤になっていく。
「後悔するなよ、ヴォルフ・ミッドレス」
「俺の人生は後悔の連続だった。でも、今この一瞬において、俺は後悔しない」
こい……、ガダルフ!!
パンと2つの雷が落ちたかに見えた。
ヴォルフとガダルフが走り出した瞬間、黄金色の光が閃いたからだ。そして2人は中央でぶつかり合う。ドンッという音は、もはや剣戟の音ではなく、砲声に似ていた。
ヴォルフの一刀一剣に対して、ガダルフは1本の刀で挑む。ちょっとした身じろぎとて激しい突風と衝撃を生む頂上決戦。最初の鍔迫り合いを制したのは、ヴォルフだ。
「うおおおおおおおおお! はあっ!!」
2つの刃が力強くガダルフを押し返す。
さしものガダルフも顔を歪ませなければならなかった。無傷で終えたが、多少精神的なショックを受ける。「嘘だろ」と弱気な言葉が、腹の底に落ちたが、すぐに気持ちを切り替えた。
(強化魔法? いや、もはや風前の灯火。握った剣に細工はない。これが20年前までDランクの冒険者だった男の力か……。認めるわけにはいかない。天才の手があったとはいえ、凡夫同然の男が英雄になるだと!!)
ふざけるな!!!!
ガダルフは吠える。
思考を切り替えると、手を掲げた。
「影竜!!」
再び召喚された黒い竜がヴォルフの前に立ちはだかる。大きな顎門を上げて迫った。そのヴォルフの肩に、大きな猫――ミケが乗る。
『ご主人!!』
「ミケ!!」
『これが最後ニャ!!』
何気ない一言だった。
しかし、その全てでヴォルフはすべてを察した。相棒同士だ。短くとも、わかっている。
「………………わかった。頼む」
『はいニャ!!』
【雷獣纏い】!!
リヴァラスの頂上が星が落ちたように閃いた。次の瞬間には、ヴォルフの身体に青白い炎のように雷が渦を巻いている。それを見届けたミケは、ヴォルフの肩から落ちた。
『ご主人……』
「ありがとう、ミケ」
『礼はいらないニャ。その代わり』
「最高級の魔鉱石をたらふく食わせてやる。それで満足なんだろ」
『むふふ……。言質取ったニャ。男に――――』
「二言はない!」
『よし! 行くニャ、ご主人!!』
「ああ。ありがとうな、ミケ」
それは何気ない感謝の言葉だった。
すべての力を使い切ったミケは半分意識を失いながら、かすかに喉が絞め付けられるような不安になる。
黒い竜に向かって行く大きな背中……。
それがミケが見た最後のヴォルフの姿だった。








