第307話 ヴォルフが世界を救う理由
「うおおおおおおおおお!!」
確かに感じていた。
人の力を、温かな手と、自分の力を望む声を。
レミニア、ハシリー、ミケ、アンリ、エミリ、クロエ、ヒナミ、イーニャ、カラミティ、コノリ、リヴァラス、ムラド、ツェヘス、ダラス、リーマット、ヘイリル、ラーム、エミリア、ミランダ、ステラ、ルーハス、ルネット、テイレス、ウィラス、ブラン、エラルダ、セラネ、エルナンス、マダロー、アローラ、リック、クラーラ、マイア、ミツルミ、ゼッペリン、骸骨将軍……。
今までヴォルフと関わった者たち。ヴォルフに期待し、その背中を押した者たち。無辜の愛を注ぐ者たち……。
それはもはや魔法ではない。
希望にも、声援にも似た何か。
ただ人を真に奮い立たせ、強くさせる力だった。
彼に託した力と希望。
それが今――牙となって、ガダルフの身体に突き刺さった。
ジャアアアアア!!
豪快に血しぶきが上がる。
戦いが始まってから、ピンと立っていたガダルフの身体が高い塔が折れるようにくの字に曲がった。
勝負あった――――かに見えたが、ガダルフの目は死んでいない。残っていた片腕がピクリと反応すると、完全ではない体勢から剣技を放つ。全身を鞭のようにしならせ、ヴォルフの喉元を狙った。
しかし、それはヴォルフの思うツボである。
【無業】!!
メーベルド刀術奥義は、たとえ抜刀でなくても確実に発動する。
最短の剣筋をなぞり、さらに最速で加速する。
音速すらを超えた一撃は、ガダルフの凶刃がヴォルフの首筋を捉える前に届いていた。
ついにガダルフの身体が犯してきた罪を示すように×の字に切り裂かれる。
2度の斬撃にガダルフが急速に戦意が失われていく。
のたうち回るしかないガダルフは、ヴォルフの前で無様に転げ回った。
「やった……。やりましたよ、ヴォルフさん」
「パパ! さすがパパだ――――」
「いや、まだだ、レミニア」
本来なら少々ハニカミながら娘の祝意に父ヴォルフは応えただろう。
しかし、ヴォルフの表情はまだ穏やかというにはほど遠い。まだ戦場にいるかのように顎に力を入れ、転げ回る敵を注視していた。予感は当たる。急にガダルフの動きが止まると、幽霊のようにそっとリヴァラスの上で立った。
「パパ……」
「わかってる。こいつはただ斬っただけじゃ倒せない」
ガダルフが魔力を吸い取ることができることは、すでに学習済みだ。どうやらガダルフが作り上げた世界全体から魔力を吸い取る魔法は、黒い竜の力が十分に発揮されない状態でも動くものらしい。実際、ガダルフは吸い取った魔力を使って怪我を修復していた。
ここからさらに叩き、そして攻めれば、倒せるかもしれないが、ヴォルフは攻め込まず、娘に1つ忠言をした。
「レミニア、ここはパパがなんとかする」
「え? でも、レミニアだって」
「いや……。レミニアには頼みたいことがあるんだ」
反論する娘に静かに首を振ったヴォルフはゆっくりと【カグヅチ】の切っ先を上方へと向けた。自然とレミニアの視線もまた、リヴァラス上空へ。それを見た【大勇者】ことレミニアは息を呑む。
夜空に大きな衛星――否――エミルディアが浮かんでいた。
「そんな……。レミニアが作った疑似・賢者の石で宙の彼方に押し戻したはずなのに」
ハシリーもまた再び接近してきたエミルディアを見て驚く。
そこに不気味に声を響かせたのは、ガダルフだった。
「ふふふ……。慢心だな、【大勇者】。そしてハシリー・ウォートよ。お前たち如きが作れるものを、我が作れないわけがないだろう」
「まさか疑似・賢者の石を……」
「違うわ、ハシリー。……そう。あなたも作っていたわけね。疑似・愚者の石を」
ガダルフは口の端から血を垂らしながら、声を上げて笑った。
「その通り。まあ、本当に使うことになるとは思わなかったがな。チェックメイトだ。もはやこの事態を止められる力はお前たちにはないはず。ヴォルフ・ミッドレス……。いくらお前でも、世界そのものを斬ることはできまいよ」
「ああ。お前の言う通りだ」
「ふふ……」
「だが、俺はできなくても、俺の自慢の娘ならできるはず」
ヴォルフはちらりと娘の方を見る。
戦場の最中にあって、その笑顔はパパ大好きの娘にとって覿面の効果を与える。やや分の悪そうな表情は消え、赤みがさした顔にはやる気が満ちていった。
レミニアは数拍も経たぬうちに、【大勇者】に戻っていく。
「レミニア、頼む」
できるかできないかではない。
そして父の頼みを聞かないレミニアではなかった。
ニヤリと笑った娘は自分が持っていた剣を木の幹に刺す。
「任せて、パパ!! だけど、無理をしないでね」
「わかってるよ」
レミニアは意を決すると、コノリを担いだハシリーとともに降りていく。
リヴァラスの頂上に残ったのは、ヴォルフとガダルフだけとなった。
「わからんな」
「レミニアならやれるさ」
「そうではない」
「なに?」
「ヴォルフ・ミッドレス……。お前、何故この世界を救おうとする。この世界を壊そうとする我の前に立ちはだかる」
「ベッドはおろか、その足を置く大地すらなくなろうとしているんだ。そんなことは当たり前だろ」
「よく考えろ。お前は1度冒険者を引退した。ギルドはお前にDクラスの評価しか与えなかった。だが、どうだ。お前は今、世界の命運をかけた場所で戦っている。娘というバフはあったが、それでも能力のあるお前を、世界は1度拒絶した。何故、このような不完全な世界を救おうとする」
ガダルフは異端児だった。
天上族という頂点の中にあってだ。
能力も高く、ついには数少ない天上族として生き残った。
故にガダルフはヴォルフと自分が重なると思っていた。互いに世界から弾かれた身。しかし、何故ヴォルフはこの世界を救うのか。
頭のいいガダルフでも、それだけはどうしてもわからなかった。
ヴォルフは一笑した。
「何度も言ってるだろ、娘のためだ」
「ならば娘さえ助かれば満足なのではないのか?」
「ガダルフ、お前は意外と頭が悪いんだな」
「なんだと……?」
「1度引退した時、俺にはレミニアしかいなかった。レミニアにも俺しかいなかった。だから俺は必死になって赤子だった娘を育てた。……でもレミニアは成長した。幸運なことに、俺もまたそうだった。レミニアも俺も、色々な人に迷惑をかけながら、人と関わっていった。そして互いに親友や仲間を、強い絆を結んだ」
「何が言いたい?」
「たった1人で戦っているお前にはわかるまい。他人を盤上の駒としか見ていないお前には……。娘を大事にするということは、娘の大事なものを守るということだ。もうレミニアを形作るのは、俺だけじゃない。レミニアの周りも含めて、俺の娘なんだ」
ガダルフ……。それが俺にとって世界を救うということなんだよ。








