第303話 死を振りまく女神
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2つの剣閃が閃く。
瞬間、血しぶきがリヴァラスの頂上で舞った。激しく出血しているのは、ガダルフの方だ。自慢のローブの下から、鮮血が飛び散っている。狂気的な支配欲に取り憑かれた天上族が流す血の色は、意外にも綺麗な色をしていた。
ガダルフが頽れる。
ストラバールはおろか、かつて自分が支配していたエミルディアですら壮大な実験場にし、世界の破滅と唯一無二の存在になるために暗躍した男は、小さな【大勇者】とその部下によって……。
「――退治された。……なんてことはないんでしょ、ガダルフ」
勝負が着いたかに見えたが、レミニアも、そして横に並ぶハシリーも構えを解かない。戦場の緊張感はガダルフが倒れた時以上に極まっていた。
「…………」
ガダルフの手が上がる。
それは何気ない所作だったが、何か奇妙だった。
まるで誰かに糸で引っ張られたように動いたのだ。
すぅと柳の幽霊のようにガダルフは立ち上がる。
「畳み込みましょう!」
「待って、ハシリー!!」
レミニアの制止の前にハシリーは走っていた。
ガダルフの恐ろしさは一時とはいえ、側にいたハシリーの方がよく知っている。こうもあっさりとダウンをとれたことは僥倖というよりは、ただただ首を傾げるだけだったが、先制していることは間違いない。
何より、よく知るからこそガダルフの底の知れない奇異な気質に背中を押されたところがあった。
「終わりです、ガダルフ!!」
ハシリーが細剣をガダルフに向けて放った時、巨大な影が覆う。否、それは大きな壁だ。まるで何十万匹とドジョウが這うようなヌメヌメとした壁。ガダルフにけしかけたハシリーは逆に壁に飲み込まれそうになる。
「第8階梯魔法――閃進の大鳳凰!!」
ハシリーの背後が赤くなった次の瞬間、炎の鳥が壁を消し飛ばす。
退路が露わになると、ハシリーは迷わず退いた。
「すみません、レミニア」
「油断大敵よ、ハシリー。それにしてもここでまたなりそこないとはね。随分と芸がないじゃない」
レミニアが唇を噛む。
壁だと思ったそれはいくつものなりそこないが、スクラムのように肩を抱いて合体した姿だった。
「キングなりそこないね」
「なんでキングなんですか?」
「何となくよ」
なりそこないだけなら何も問題ない。
レミニアたちが余裕なのはそのためだ。
問題はこの大挙して現れたなりそこないが何をしようとしているかだ。
「レミニア、あれ?」
なりそこないの壁の向こう。
そこにはガダルフがいるはずだが、もう1人見慣れぬ女の姿があった。
鬱血した肌を思わせるような青白いドレス。目は落ちくぼみ、長い髪は氷のように固まっている。手は長く、爪の先が鎌のように湾曲していた。
ぼうと立っているガダルフの後ろで、厚い唇を歪めて、愉悦に浸っている。
「何と情けない。死に力を借りながら、また死の前に現れるのか?」
ガダルフに語りかけている。
そのやりとりを見て、レミニアは目を細めた。
「なんか見たことがあるわね、あいつ」
「久しいな、レミニア・ミッドレス」
「うわ! こっちに話しかけてきた」
「レミニア、何をしたんです?」
「そうか。ハシリーは知らないのね」
レミニアが女の正体を話そうとした時、その女はガダルフの胸に手を伸ばす。蜘蛛が獲物を絡め取っているような比喩が容易に浮かんだ。
「我が名は霊哭と冥死の女神ルディミア……」
名前を聞いて、レミニアは目を細める。
ハシリーもハッと息を飲んだ。
「ルディミアって……。確かレミニアがルネットさんを復活させた時に力を借りた」
「そう。ガダルフが復活できたのも、あの迷惑な神様のおかげよ」
レミニアはため息を吐くと、ルディミアはさらに口端を広げて笑った。
「久しいな、小さき勇者よ。あの時の一喝……。なかなか死が耳に響いたぞ」
「それはどうも……。悪いけど、退散してもらわよ、神様。そいつは復活してはならないものなの」
「死にとって、善も悪も関係ない」
「世界が滅ぶのに……? 失業してもいいの?」
「それも一興よ。さて、ガダルフとやら。今度は死に何をさせたい? 傷の回復か、それとも死を注ぐか……。さあ、望め。お前の中の死を見せよ」
青白くなったガダルフの顔を弄ぶ。
紫色の口はかすかに動いた。
「力だ。すべてくれ」
「カッカッカッカッ! 面白いことをいう。そしてシンプルにして、わかりやすい。しかし、お前が死に送る対価はあるのか?」
「ある?」
「ほう。それは?」
ガダルフの首がゆっくりと曲がり、口元がルディミアの耳元に届く。
小さな声で聞こえなかったが、口の動きだけでガダルフが何を言ったかわかった。
「……死だ」
ガダルフは大きく口を開ける。
女神の細い首を噛み切った――いや、もっとわかりやすくいうなら、神を喰らった。
再び鮮血がリヴァラスの上で飛び散る。
それ以上に奇妙に響いたのは、女神の笑い声だった。
「ア――――――ッハッハッハッハッハッ! 素晴らしい!! なんという対価よ。死に、死を送るとは面白い! 面白いぞ、ガダルフよ。そなたの望み叶えよう。喰らうがいい! 神を喰――――」
ルディミアに襲いかかったのは、ガダルフではない。
それまで壁をなしてきたなりそこないだ。
顕現したルディミアを食い散らす。
そこに悲鳴も、咀嚼音もない。
ただただ聞こえてきたのは、ルディミアの耳をつんざくような笑い声だった。
「何が起こって……」
「パワーアップよ」
「え?」
「神様を喰らって、さらなる力を手に入れた。それだけよ」
「そんなことできるんですか?」
「神降ろしっていうスキルが近いんでしょうけど、神という概念すら天上族が作ったものなんでしょうね。創造神が創造の産物の力を借りる。ただそれだけよ」
ルディミアを食い尽くしたなりそこないはガダルフへと纏わり付く。さらにその口の中へと入っていくと、レミニアたちに負わされた傷が治っていった。さらに銀髪は白くなり、まるでの骨のように太く、そして輝く。
手を掲げた時、それは天地すら裂けそうな大きな鎌が現れた。
「まさに死に神ですね」
「来るわよ、ハシリー。もうあれはわたしたちが知るガダルフじゃない」
次瞬、ガダルフは鎌を薙ぎ払う。
レミニアとハシリーは難なく躱すが、その衝撃は凄まじく遠く離れた地面に着弾すると、そこの深い谷間が突如現れた。
「ちょっ!」
「かすっただけでもどうなるのかしら」
レミニアの額に珍しく汗が浮かぶ。
ガダルフの攻撃は終わらない。
鎌を掲げると、今度はハッキリと聞こえた。
「死階梯魔法」








