第300話 2つの選択
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パシッ!!
今まさに4つの賢者の石が発動しようという時、乾いた音が聖樹リヴァラスの頂上付近で響いた。
そこにいたのは、2人の女性だ。
腰付近まで伸びた豊かで、宝石のように艶やかな赤髪。アメジストのような紫色の瞳は、今目の前のボーイッシュで白い髪の女性へと向けられている。薄い水色の瞳は戸惑いのまま濁り、視線は頭半個分低い少女へと注がれていた。
「なんでそんなことするの?」
「レミニア……?」
「自分の生い立ちが不幸で、誰も優しくなくて、振り返ってみれば何もかもが空っぽで、勝手に世界に絶望して、挙げ句自己犠牲? ふざけんじゃないわよ!!」
レミニアの絶叫がこだまする。
今まで見てきたレミニアとは別種の迫力に、ハシリーはさらに戸惑う。
つい儀式の手を止めてしまい、説教を始めた元上司に釘付けになる。
「そこまで自分が不幸で、何もなくて、ただ世界に否定されているとしか思えないなら、なんであなたはこの世界をぶっ壊す方向にいかないのよ!」
「へっ?」
「英雄譚の魔王が世界を救うなんて興ざめもいいところだわ。わたしがあなたの立場ならとっくの昔にストラバールを滅ぼしてる」
「れ、レミニア……。あなた、何を言って」
「ええ。自分でも何を言っているわからないわ。でもね。これだけは確かよ。あなたはわたしやパパに己の不幸を見せつけて、どうしようもない人間であることを説明して、そしてわたしたちに諦めさせようとしているようにしか、わたしには見えない。いえ。みえみえなのよ。不器用なの、ハシリーって。……それとも自分が無敵になったつもり? 世界を滅ぼすことも厭わないなら、世界を救うことをしてもいいとでも思ってるわけ?」
お生憎様……!!
「この世に英雄は2人も3人もいない。そんなヤツらうんざりするぐらいいた。でも、わたしの勇者はただ1人――パパだけよ!!」
しんと静まり返る。
聖樹リヴァラスが微風で揺れ、梢同士が鳴る音が漣のような音を立てた。
真っ黒な空の下には、賢者の石の赤い光。何1つ遮るもののない高所で、2人の少女は睨み合っていた。
「英雄はいらない? じゃあ、なんでレミニアこそ次の聖樹になろうとしたんですか! 言ってることと、やろうとしていることが滅茶苦茶でしょ!」
「そ、それは……」
「ぼくでいいでしょ! あなたは大切なパパと仲良く暮らせばいい。……ぼくはね。誰かが犠牲にならなければならないなら、ぼくのような人間が打って付けだと言ってるんです。死んだところで誰も悲しまないですからね。あなたの言う通り、ぼくは今や世界の敵――魔王なんですから」
「その考えが気に食わないって言ってるの!
レミニアの言葉は、振り下ろされた剣をはじくように鋭かった。
「確かにあなたは世界の敵かもしれない。でも……、わたしはあなたのことを今も友達だと思ってる。あなたは1人じゃない。いや、勝手に1人になろうとしないで」
レミニアはそっとハシリーをそっと抱きしめる。慎重に、砂像に触れるように。
「誰だって不幸話の1つや2つあるわ。ずっと幸せのまま生きて、死ねる人なんていない。……何もないなんて言わないでほしい。あなたはわたしの部下で、友達なんだから。足りないというなら、わたしがもっと満たしてあげる。あと…………」
わたしもこの世界が大っ嫌い!
「そ、そうなんですか?」
「当たり前でしょ。だって、世界なんかを救うために大好きなパパのもとから離れなければならなかった……。そんな世界、本当に糞食らえよ」
レミニアの言葉にハシリーは額を押さえた。困った時によくやる仕草だ。その後、いつもなら恨み言がこぼれるはずなのだが、意外にもハシリーの口から漏れてきたのは、笑い声だった。
「本当にあなたは……。骨の髄までヴォルフさんのことが好きなんですね」
「知らなかったの……?」
「ええ。ちょっと忘れていただけです。はあ……。【大勇者】と呼ばれる人の台詞でもありませんね」
「わたしはパパの勇者であればいい。世界を救うのは、パパの役目だから」
「ありがとう、レミニア」
「珍しいわね。あなたがわたしに感謝の言葉を投げかけるなんて」
「それではまるでぼくが薄情な部下みたいじゃないですか?」
「そうよ。上司の命令も聞かずに突っ走ったんだから。あと、いくら演技でもパパは斬ったことは絶対許さないからね」
「それは本当にも――――レミニア!!」
ハシリーはレミニアを突き飛ばす。
次の瞬間、血しぶきが舞った。
飛び散った血の滴が、目の前で見ていたレミニアの頬にかかる。
「え?」
たった今起こった現実に、さしもの【大勇者】もついていけない。紫色の瞳を目一杯広げて、驚いていた。
対するハシリーの胸には黒い触手のようなものが突き刺さっている。
背後を見ると、そこには黒い幻影のようなものが立っていた。
2人にとって、それは見慣れたものだった。
「「なりそこない!!」」
声を揃えた後、ハシリーは吐血する。
賢者の石を使った儀式魔法は完全に停止し、その光も失ってしまった。
「ハシリー!!」
レミニアの絶叫が響く。
駆け寄ろうとしたその時、阻んだのはやはりなりそこないだった。
レミニアが通常の状態であるならば、敵にならない相手だ。だが、今のレミニアに魔力はない。徐々に回復しているが、なりそこないを倒す火力にはまるで届かない。
それにレミニアは気づいていた。
目の前のなりそこないの異常性にだ。
なりそこないは賢者の石、あるいは愚者の石の素体として不適格な人間を、そのまま石の枠にはめて、出来上がった人であって人でないものだ。
平たくいえば、賢者の石、あるいは愚者の石の失敗作である。
すでに意識は溶け、単純な動きしかできないはず……。
(ワヒト王国にも似たような個体がいたわね)
だが、あの時よりも明確に感じる異常な気配に、レミニアは立ち止まる。
しかし、ここでなりそこないは意外な行動をとった。
後ろへと引き下がり、ハシリーやレミニアから距離を置いたのだ。
2人を解放したというよりは、反応を楽しんでいるようにも映る。
レミニアはハシリーと、散らばった賢者の石を見て、すぐに状況を理解した。
今、レミニアには魔力はない。だが、賢者の石の力を使えば話は別だ。ハシリーを治すことも、そのハシリーがやろうとしたリヴァラスの代替になることもできる。
しかし、賢者の石をハシリーに使えば、リヴァラスを救うことはできなくなる。しいて、ストラバールの安寧も……。
「わたしにハシリーと世界を選べというのね……」
なりそこないに口も目もないが、レニミアには笑っているように見えた。








