第299話 大っ嫌いです!
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◆◇◆◇◆ 五英傑 ◆◇◆◇◆
「でりゃあああああああ!!」
イーニャの裂帛の気合いが森を切り裂く。
森の中心へと向かって歩いてくるなりそこないに、大きな鉄塊が落とされた。強烈な一撃に、1体1体がA~S級の魔物の力を持つなりそこないも為す術なく潰れ、黒い霧のようなものを吐いて消滅する。
背後では【鉄槌】の異名を持つブランが、群がってくるなりそこないを蟻の隊列を潰すがごとく、巨大な鎚でぶっ叩いていた。
そこにルネット。合流したルーファスが加わる。
さらに宣教騎士のリックが群衆に群がるなりそこないを抑えていた。
ヒナミたちと同じく、なりそこないの強襲に遭い、一時は劣勢に立たされるものの、ルーファスとイーニャの戦線復帰によって、最終的にはかなり余裕を持って、なりそこないたちを駆逐するに至った。
最後のなりそこないをイーニャが圧殺する。
「これで最後だな。ふぅ……。さすがに疲れたぜ」
「ご苦労様。少し休憩したら、ちりぢりになった義勇兵を集めましょ」
「そんなに急ぐ必要はあるのか。ボルドー軍の戦力は思ったより大したことがないぜ、ルネット」
「問題はなりそこないよ。あれはボロネー王国の軍じゃない。たぶん別の勢力よ。それも全部潰したんじゃない。おそらく……」
「時間稼ぎ……。あるいはさらなる増援の投入か」
ルネットの推理に、ルーファスが割って入る。
「ええ……。だから間違いなく、もう一波はあるはず」
「別の勢力って……」
「イーニャ……。なりそこないを生み出していたのは誰?」
「えっと……。ガダルフってヤツだから。あれ……。でも師匠の話じゃ、そいつはハシリーにやられて。んんん? じゃあ、ハシリーが操ってるのか」
イーニャは首を傾げる。
論法とすれば間違っていないのかもしれない。
だが、自分が出した答えに納得がいっていないようだった。
ルネットは水を一口含んだルーファスに尋ねる。
「ルーファスはハシリーにあったんでしょ? あなたの所感を聞かせて」
「所感?」
「ハシリー・ウォートは黒か白か……」
「ズバリな質問だな。あたいはハシリーを信じるぞ。正直、今だって信じられないんだからな。……師匠を斬るなんて」
イーニャは肩を竦める。
当のルーファスは水筒の口に栓を押し込んだ後、聖樹リヴァラスの方を向き、その頂上付近を睨み付けた。
「ハシリー・ウォートは限りなく黒に近い、白だ……」
「限りなく黒に近い、白ね。なるほど。そのハシリーを止めるために、ヴォルフさんが今向かってるわけね」
「あいつは娘を助けたいだけだ」
「じゃあ、誰がハシリーを止めるの? 結局、ヴォルフさんでしょ?」
「いや、ハシリーを止めるのはおそらく……」
ルーファスは頂上付近を見ながら、目を細めるのだった。
◆◇◆◇◆ レミニアとハシリー ◆◇◆◇◆
「やはりハシリーだったのね。疑似・賢者の石にあんな変な細工をしたのは」
ハシリーの話を聞き終え、レミニアは無手のまま元部下に突っかかる。
「あなたの魔力が完全になくなっていることですか?」
「あれはわたしを擬似的に賢者の石にするものだけど、すべての魔力を吸い出すなんておかしい。安全弁がついていたはずなのに」
「正解です。あなたには大人しくしていてもらわないと……。あなたはきっとぼくの邪魔をするはずですから」
「ええ……。邪魔をしたわ、全力でね」
腰に手を当て、悪いことをした子どもを叱る母親のように頬を膨らませる。
小さな母親を見て、ハシリーの頬が緩んだ。
良く知る元部下の笑みを見たレミニアは、質問を続ける。
「それからあなたはどうしたの? こんな大それたこと、あなた1人ではできないはず」
「ええ……。レミニア――いや、あなたの母上の方法以外であれば、賢者の石が複数個必要になる。それだけあなたの母上が偉大であったということですが」
「当たり前よ。わたしのママなんだから。それで、あんたは賢者の石を集めることにした」
「ぼくからすれば、さほど難しいことじゃなかったんです。知り合いに未来のことならなんでも知っている、便利なバケモンがいまして」
「それって、バロシュトラス魔法帝国の……」
「三賢者の1人ハッサル・ムニミア……。皇帝ガーファリアの懐刀――なんて言われていますが、あれはそんな良いものじゃない。神狐……。太古の昔からストラバールに巣くう魔獣、いや妖怪の類いですね。たまたま知り合いだったので、調べてもらいました。賢者の石の素体になりそうなものたちを……」
「それが……」
「皇帝ガーファリア、三賢者ガダルフとラーム、不死の女王カラミティ……。さらにはエラルダ・マインカーラや元勇者ガズ・ヴォーバイゼなんかも候補でしたね。勿論、あなたとヴォルフさん、そして当のハッサルやぼくを除けばの話ですけど」
ハシリーは手の平に赤黒く輝く宝石を見せる。
「賢者の石ね。この結晶化はあなたがやったの?」
「はい。独自研究で……と言いたいところですが、途中で組んだガダルフさんに教えてもらいました。彼は、いや彼女だったのかな。ハッサルと繋がっていたんです。2人でストラバールを戦乱の世に変えて、人類を滅ぼそうとかなんとか。ぼくは興味なかったんですけどね」
「その2人をまんまと利用したってわけ……。まさか元部下がこんなに有能な詐欺師だったなんてね」
「褒め言葉ですか?」
「褒めてないわよ」
レミニアは冷静にツッコみを入れる。
「でも、ハッサルはよく知らないけど、よくガダルフを騙せたわね」
「完全に油断していたのでしょう」
ハシリーはレクセニル王国でムラドになりすましていたガダルフと、それを看破して妹の敵を討とうとしたガーファリアの対決の顛末を語った。
5日以上にも及ぶ戦いに勝ったのは、ガダルフだ。最後は天上族としての自力が勝った勝利だったという。
「ガダルフはぼくのことを信用はしていませんでした。1つ確かだったことは、ぼくのことを下に見ていた。天上族が持つ強い傲慢な心は、本当のぼくの正体を曇らせていたんです。……勝った彼に近づき、そして――――」
ハシリーはガダルフから体よく賢者の石ならぬ愚者の石を奪った。
即ちガーファリア、ガズ、エラルダ、そしてガダルフ自身――計4つの石である。
「本来ならもう1つ、ハッサルかカラミティのものをもらいたかったのですが……。どうやら2人とも死んでしまったようですね。まあ、2人にとっては本望だったのかもしれませんが……」
ハシリーは4つの石を掲げる。
賢者の石に転じたそれぞれの石に魔力を込めると、赤く光を帯び始めた。
「解説はこれでいいでしょう、レミニア。ぼくは新たな聖樹となります」
多くの犯罪を犯し、可愛い元上司すら欺いた。
そうまでして、ハシリーが目指したのは単なる自己犠牲だった。
端から見れば、ハシリーの行動は称賛されていいはずである。
でも、どこか腑に落ちないものだった。
だけど、もうハシリーを止められない。
止めるものはいない。
何故なら、もうここには英雄はいないから。
「さようならの前に1つだけ言わせてください、レミニア。地上であなたとヴォルフさんが嫌いだと言いましたね。あれは心底本気なんです。あなたたちみたいな幸せな家族を見ていたら、今でもイライラする」
大っ嫌いです、レミニア。
……じゃあ、さようなら。








