第296話 すまん。待たせたな!
☆★☆★ 新作連載開始 ☆★☆★
本日より『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』が連載開始されました。
BookLive!、コミックメテオ様のサイトで読むことができます。
「アラフォー冒険者」に次ぐ新しいおっさんのお話です。
ヒロインも可愛く、背景もとても丁寧に作画のふみおみお先生が描いていただいておりますので、
是非読んでくださいね。
よろしくお願いします。
「奥へ! もっと奥へと行くのじゃ!」
声を張りあげたのは、ヒナミだった。
数名のワヒト王国の刀士を従え、避難民たちをリヴァラスの根本へと誘導している。
本来あそこは聖域だが、聖樹の森はすっかり敵軍に包囲されつつあった。
最初はボロネー王国だけだったが、続々とレクセニル王国の周辺国が参戦しつつある。旗を掲げた上で、自分たちをレクセニル王国の圧政から民を救う解放軍と謳い、避難民たちに呼びかける者もいた。
おかげですっかりヒナミたちはおろか、ルネットたちが悪者だ。これまで守ってきた避難民にすら疑われ、自主的に投降する者が後を絶たない。
それでも冷静にルネットの声を傾けるものたちは、指示に従い、リヴァラスの根本を目指していた。
「聖樹の森に炎を放つなんて、罰当たりなお人らやねぇ」
クロエは仕込み刀を手にし、森の方に顔を向ける。彼女自身、火の手を確認することはできないが、肌に触れる空気の熱量は上昇しつつある。さらに時折、煙を吸い込んでは身体をくの字にして咳き込んでいた。
「クロエ、のんびりしている暇はないぞ。このままではいぶり出されるだけだ」
「しかし、多勢に無勢すぎやないですか? こっちには避難民もいるんよ。その避難民にすらうちら疑われてるぐらいやし」
「わかっておる……。くっ! 【剣聖】と、国王と祭り上げられても、妾は所詮小娘ということか。……こういう時、ヴォルフがおれば」
「ヴォルフはん、来れるやろか。もう随分とうちら、力を送ってないんやで」
「「来ます!!」」
見事に声をハモらせたのは、エミリとアンリだ。
「ヴォルフ様は来ます。必ず私たちを助けてくれるはず」
「アンリ殿の言うとおりでござる。拙者らはその帰りを待つだけ」
ヒナミたちと同じく、避難民を誘導に当たっていた二人に迷いはない。どちらとも、ヴォルフを真剣に愛した者たちだ。信心ではなく、揺るぎない信念のようなものすら感じ取れた。
「おーい。お前ら、さぼんじゃねぇぞ」
最後にやってきたのはイーニャである。
後ろにはヴォルフのファンというブランの姿もあった。
「ヴォルフ殿、来る。オレもそう思う」
「ああ。師匠は来る。絶対に来る。それまで情けない姿を見せるわけにはいかねぇ」
イーニャは巨大な鉄の塊を改めて肩に担ぎ直しながら、断言する。
「みんな、ヴォルフはんが好きなんやねぇ」
「そういうクロエもそうであろう」
「あんたもな。ちっちゃい王様」
クロエはわしわしと側にいたヒナミの頭を撫でる。
「ならやることは決まりでござる」
「ヴォルフ様が来るまで生き延びる、ですね」
エミリが刀を抜き、アンリが細剣を構える。
側で見ていた『葵の蜻蛉』のメンバーたちも、その接近に気づいた。
森の中から気配を感じる。
避難民が遅れてやってきたのか、と言われれば、そうではない。
兵士だ。ボロネー王国他、レクセニル王国ではない他国の武装と旗を掲げた兵が集まってくる。その数は万か。
気が付けば、ヒナミたちは囲まれていた。
「なんや。うちらが燻製になるまで兵は森にやってこないと思っとったけど……。随分とせっかちな軍がいたんやね」
クロエもまた仕込み杖から刀を抜く。
ヒナミも同様だ。
「ちびっこ狼。お前たちはルネットと合流せよ。ここは我らワヒトの刀士が務める」
「あたしはお前より年上だぞ、ワヒトの女王様。……でも、悪いけど指示通りにさせてもらう。頼んだぞ」
「任せよ」
イーニャとブランが引いていく。
残ったのは、クロエ、エミリ、アンリと彼女が率いる『葵の蜻蛉』のメンバーだけだ。
「数は多いが、これぐらいならなんとかなるでござる。人間相手だが、大丈夫でござるか、アンリ殿」
「心配無用です、エミリ。我々は自警団ゆえな。盗賊や野盗とも斬り合ってきた」
「それは重畳でござるな」
共通の想い人を持つ、2人は武器を握ったまま笑う。
一方、神妙な表情を浮かべていたのは、クロエとヒナミだった。
「クロエ、お主ならわかるのではないか?」
「なんや、王様はわかってたんか。こいつらがただの兵士やないって」
「ああ。感じたことがある。あのワヒトの天守閣で……。ヴォルフと一緒に戦った時と同じ気配だ」
見れば、兵士たちの表情はうつろだ。
歩き方もおかしい。統率された動き方からもほど遠い。まるでゾンビの群れのような動きをしている。
すると、次の瞬間兵士は弾けた。
武器や纏っていた剣などが吹き飛ぶ。
その下から現れたのは、大猿のような影だった。
「やはりなりそこないか!」
なりそこないは、一気にヒナミたちに飛びかかった。
むろん、ヒナミたちも黙ってみていたわけではない。その闇を纏ったような身体に、鍛えた剣技を叩きつけていく。
1体1体の強さはさほどではない。
エミルディアから訪れたあの怪物たちに比べれば劣る。
しかし……。
「くっ! 数がすごい!」
ヒナミの頭によぎったのは、ワヒト王国での出来事だ。
数万というできそこないたちが、ヴォルフに襲いかかった。あの時のことは忘れようにも忘れられない。
数でいえば、あの時ほどの勢いはない。
だが、今ヒナミたちの近くには無辜の民がいる。ワヒト王国から離れた他国の民とて、同じ命であることに代わりはない。
ヒナミたちはまさに一所懸命に剣を振るった。しかし、なりそこないは次から次へと森の中から現れる。
「ええい! 切りがないのう!」
「うち、苦手や。この影たちには殺気がない。まるで人形と戦っているみたいや」
「下がれ! さがるでござるよ! くっ! 圧力が凄い。1体の力は大したことがないでござるが……。文字通り、数の暴力でござるよ」
エミリは魚を三枚に下ろすようになりそこないを斬るも、まさに切りがない。
アンリは剣から、魔法での攻撃を選択する。上級の魔法でなりそこないたちを光の中に沈めていった。
「ダラス、光の魔法が効くぞ」
『葵の蜻蛉』のメンバーに指示を出す。
なんとかなりそこないを森の奥へといかせまいと奮闘していたが、ついに防衛戦に綻びが生まれる。
ダムが決壊するようになりそこないがなだれ込むと、一気に森の中心へと駆け出した。
「突破された!」
「私が行きます!!」
「アンリ殿! 単騎は危険でござる」
エミリは止めたが、誰かがやらねばならない役目だった。
そしてその中で今、動けるのはアンリ一人だ。魔法で一気に加速すると、なりそこないの前に踊り出る。
「いかせ――――」
アンリの声が途中で止まった。
見ると、少女が倒れている。
親とはぐれたのか。おそらく逃げている最中にこけたのだろう。
動く気配はない。なりそこないの底知れぬ気配に呑まれているのだ。
「まずい!」
アンリに迷いがない。
すぐそこに迫るなりそこないの群れに、金髪と真っ白な肌の姫は飛び込む。
身を挺して少女を庇おうと、自ら盾になった。
――ヴォルフ殿!
次の瞬間、なりそこないが弾け飛ぶ。
アンリの前にいたなりそこないが消滅する。顔を上げた時、アンリが見たのは、広い背中を持つ剣士の姿ではない。
自分と同じ信念を持つ剣士たちが、なりそこないを留めていた。
「大丈夫でござるか、アンリ殿」
「まだ地獄に行くのは早いよ、お姫様」
「遅くなった。すまん、アンリ姫」
エミリが、クロエが、ヒナミがなりそこないの行く手を阻む。
そこには『葵の蜻蛉』のメンバーもいた。
「みな、すまぬ」
「ええよ。それよりも子どもをはよ」
「ありがとう、クロ――――」
瞬間、なりそこないがクロエの前に踊り出る。その数は半端のないものだ。今までどこにいたのかと思う程、まさに雪崩を打って、彼女らに襲いかかる。
加えて、今クロエやヒナミがいるということは、防衛戦が完全に崩れたことを意味する。
崩れた陣形を直すことは容易ではない。加えて、予備戦力もなかった。おそらくこういうことは、リヴァラスの森のあちこちで起こっているのだろう。
耳を澄ませば、この森に散った義勇兵たちの声が聞こえてきそうだ。
クロエをなんとか目の前のなりそこないを切る。だが、ついに刀を取り落とした。
すでに握力も、集中力も限界が来ていた。
目の見えないクロエには、この戦いはあまりに不利。
クロエだけではない。
天才とは言え、まだ子どものヒナミも、本来鍛冶師であるエミリも、姫であるアンリも連戦に次ぐ連戦で、かなり疲弊していた。
疲れのピークに、なりそこないによる数の暴力。
いくら彼らがS級の魔獣に対抗できる強者たちとはいえ、満足に戦うのは難しい状態であることは否めない。
「まずいでござるな」
「囲まれてしまいましたね」
「その代わり、避難民を逃がすことができたがな」
「ここらで潮時やろか」
「私は諦めません」
「アンリ殿と同じく。ヴォルフ殿に会うまで」
「ホント……。2人とも大好きやね。もちろん、うちも賛同させてもらうよ」
「ヴォルフに勝つまで。妾は負けんよ。来い! 化け物ども」
直後、なりそこないは女たちに一斉に群がった。
ジャンッ!!!!!!
黒い濁流となって襲いかかってきたなりそこないに、一筋の光が刺し、同時に切り裂いた。
黒い草を刈るように、なりそこないの群れが切り裂かれる。一気に数百というなりそこないが、消滅した。
覚悟を決めた乙女たちの前に、ついにその男はやってくる。
「やっとおでましか」
「待っていたぞ」
「信じていたでござるよ」
「良かった……。来てくれた」
ヴォルフ!
「すまん。待たせたな」
そして、ヴォルフは振り返った。








