第289話 英雄殺し
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「迷いがある…………ですか」
ハシリーはため息とともに、言葉を吐き出した。
斜に構え、剣を両手で握ったままヴォルフを見据える。
薄い水色の瞳に迷いがあるようには見えなかったが、それでもヴォルフは引かなかった。
「君もわかってるんじゃないか? 自分が歩もうとしている道の先のことを」
「ぼくが描こうとしている未来すら知らずに、よくいいますね」
「それは……」
「まあ、いいですよ。ただそう思うのは、ぼくに勝ってからにしてもらえませんか?」
再びハシリーがツッコんでくる。
ヴォルフはすぐにまた【狼牙】が来ることを見抜いた。
すでに4度目。
いくら攻略が難しいスキルでも、何回も見させられれば、初動から見抜くことも容易だ。
ヴォルフは再び【カグヅチ】を鞘に納めた。
腰を落とし、【居合い】の形を作る。
今度はただ弾くだけではない。
ハシリーが握る剣を破壊する覚悟で、迎え討つ。
そして、その瞬間は訪れた。
【狼牙】!
前後の同時攻撃。
その殺気を確認した後、ヴォルフはいよいよ刀を抜く。
【居合い】は元々返し技だ。
後出しの方が、技は冴える。
ハシリーの剣を意識しながら、ヴォルフは鞘から抜き放った。
【居あ…………。
「え?」
【居合い】を放った直後、ヴォルフに訪れたのは、強烈な違和感だった。
身体がバラバラになったような……、いや実際その動きはバラバラだった。
剣を抜くタイミング、腰のキレ、肩甲骨の動き……。
普段は一瞬も違わず、連動していたそれぞれの筋肉や神経、感覚を身体がすべて忘れたかのように動けなくなる。
当然勝利の光は見えない。
ヴォルフの視界に広がっていたのは、暗い谷間のような絶望だった。
(まずい……!)
胸の中で焦燥感が沸き立つ
続いて、ヴォルフの前後に現れたのは、狼の牙の二撃だった。
わけもわからないまま、ヴォルフは回避に転じる。
結果、血しぶきが広がった。
再び背中と、肩の一部を斬られる。
かろうじて急所を免れたヴォルフは、【カグヅチ】を平凡に払ったが、すでにハシリーの姿はない。
5歩ほど離れ、血まみれになったヴォルフを見下げていた。
薄い水色の瞳は光を帯びていたが、氷の中に蝋燭を閉じ込めたような冷ややかさしか感じない。
「また強引に回避しましたね。急所を外したのは、さすがですが、こんな戦いをずっと続けていれば、本当に死にますよ」
「……な、何をした、ハシリー」
「わかりませんか?」
ハシリーの眼光がさらに燃え上がる。
「それが君の魔眼の能力か?」
ヴォルフはハシリーの魔眼の能力について、ある程度あたりをつけていた。
それは相手のスキルをコピーする能力だ。
スキルというのは、一朝一夕で使えるものではない。己の人体構造をよく理解し、気が遠くなるような反復練習によってものにできる。
それは魔法にも似たようなことが言えた。
ヒナミのような見切りの天才を除けば、たった一目で技を盗むなどあり得ない。
おそらくハシリーの魔眼はそれを可能にする。
ただそれだけの能力と安易にたかを括っていた。
だが、違った。
「ヒナミの見切りとは違う。……技を見るのではなく、文字通り技を盗む技。それが君の魔眼か?」
「その通り。これがぼくの【英雄殺し】の力……。ガダルフは【戦技盗み】と呼んでいましたがね」
「【英雄殺し】……」
「ちょっと待って」
再びヴォルフとハシリーの話し合いに、レミニアが割って入る。
「あなた、その愚者の石を持ってるってことは……。一体、どこからハシリーに変わっていたのよ。本物のガダルフはどうしたの?」
レミニアの話を聞きながら、ヴォルフもハッと気づいた。
「そもそもガーファリア殿下はどうしたんだ? バロシュトラス帝国の兵士たちも王宮に入ったはず。それもいないなんて」
「時間稼ぎのつもりですか? ……まあ、いいでしょう。ぼくとガダルフの話もしなくてはなりませんし。ついでにあの我が侭皇帝の話でも聞かせますか」
ハシリーの瞳がまた一段冷たくなっていく。
「結果はわかっているでしょう。ガダルフも、ガーファリアという男も、ぼくが殺しました。確かに彼らは強かったが、ぼくの敵ではなかった。いや、相性が悪かった。この【英雄殺し】は強ければ、強いものほど術中にはまりやすい。ヴォルフさんも、もう理解できている頃ではありませんか?」
「ガダルフを……」
「ガーファリア殿下を殺した……」
ガダルフの厄介さはヴォルフも理解している。
さらにガーファリア殿下とは1度剣を交えている。
すでに亡くなっていることは察していたが、その主犯が娘の秘書であることに驚いた。
「天命だと思いましたよ。ぼくにこの力が母から受け継がれたものだと知った時は……。神様は言っているんです。英雄はいらないと」
ハシリーは手を掲げる。
「【英雄殺し】はこういうこともできますよ」
ぼうと魔眼が閃く。
そして、ハシリーは呪文を紡いだ。
「炎冠の理を砕き、炎髪にして、紅蓮の血盟に染まりし破壊者よ。汝、名を改めここに証明する……」
「その呪文は……」
レミニアの顔から血の気が引いていく。
その娘をヴォルフは担ぎ上げた。次に何が起こるのか。本能的に察したのだ。
「パパ……」
「わかってる!」
いや、わかってなどいない。
レミニアが言おうとしたのは、ハシリーが紡ぎ始めた魔法の威力ではなく、ヴォルフの血まみれになった手のことだった。
やはり、魔力が弱まっている。
通常であれば、一瞬で治るはずなのにだ。
そんな心配をよそに、ハシリーは呪文を完成させた。
「我、第七門を特赦し、暴虐と天幻の突破を望むものなり。神々より出でよ」
【炎、そして汝は破壊の使徒なり】!
ハシリーの手から炎の種が吐き出された瞬間、世界は赤く染まった。
それはレミニアが初めて、ハシリーの前で見せた神話級『第10階梯魔法』だった。








