第288話 剣に生きる者
☆★☆★ 本日発売 ☆★☆★
おかげさまで5巻が発売されました!
こうして息の長いシリーズになったのは、
ひとえに読者の皆様のおかげです。
シリーズは続いていきますので、引き続きご愛顧いただければ幸いです。
※後書きには特典情報。さらに下には公式リンクがございます。
ハシリーの言葉を聞いた時、ヴォルフが持つ【カグヅチ】の先端が、微かに動いた。
身体の動揺がその程度だったが、その精神は戦闘の最中にもかかわらず、千々に乱れていた。
真っ先に思い出すのは、盗賊団のアジトで初めてラームと対面した時だ。
あの折り、ヴォルフは冒険者になるか否か悩んでいた。
レミニアの力は自分の力ではない。それを使って、諦めた夢をもう1度歩もうとすることは、卑怯だと思えたからだ。
しかし、ヴォルフはラームに背中を押され、ついに今世界を救うために、娘を背中にして戦っている。
それでも、ヴォルフはふと思う時がある。
レミニアの強化がなければ、自分はどういう人生を送っていただろうか。
ニカラス村で、村のみんなのために働き、時々送られてくるレミニアの手紙に目を細め、その夢を見守る。そんな平々凡々な人生を歩めたのだろうか。
一抹の心残りを塗りつぶすような幸せな生活を送っていただろうか。
(世界の危急の時にあって、俺は一体その時、どこにいただろう? 俺もまた英雄を待ち望むだけの父親になっていたんじゃなかろうか)
「パパはパパよ!」
レミニアの声を聞いて、ヴォルフはハッとなる。
いつの間にかヴォルフの前に出でた娘は、紅蓮の髪を靡かせながら、かつての秘書を睨む。
「パパはパパよ。わたしの強化魔法なんて関係ない。パパはわたしの勇者だから!」
啖呵を切るレミニアを見て、ハシリーはやれやれと首を振る。
「……相変わらずですね。だから、ぼくはね」
あなたのことが嫌いだったんですよ、レミニア。
ハシリーが動く。
瞬発的に燃え上がった殺気にヴォルフは反応する。
【カグヅチ】を抜き放つと、ハシリーの剣を弾いた。
「今の話を聞いても、戦いますか。……所詮まがい物の英雄か」
「なんだと……」
ヴォルフは息を呑んだ。
「いいでしょう。そろそろ本気を出しましょう。あまりダラダラと戦うのも、こちらも本意ではありません」
「まるで本気を出せば、パパに勝てるみたいな言い方ね、ハシリー」
「勝てますよ。見てなかったんですか? 【勇者】が無様にやられるところを」
レミニア……、いやミッドレス親子は巨悪を睨む。
だが、その巨悪たるハシリーは、冷然と言い捨てた。
「やめろ、ハシリー。俺はお前とはもう……」
「今さらでしょ、ヴォルフさん。さっきまで散々討ち合っていたじゃないですか?」
「しかし、君は娘の……」
「もうぼくのことは話しました。話し合いに応じるつもりもありません。止めたかったら、ぼくを斬ればいい……。あなたはずっとそうしてきたじゃないですか。それとも――――」
次の瞬間、ハシリーの姿はレミニアの後ろにあった。
パンのように膨らんだ殺気を感じて、レミニアは赤い髪を振り乱して、反応する。
如何に天才であれど、今のレミニアは魔力ゼロ。その身体能力はあのグラーフ・ツェヘスすら舌を巻いたこともあるが、相手は【勇者】ですらまったく寄せ付けない相手である。
そんな敵からすれば、今のレミニアは単なる人も同然だった。
乾いた音が戦場に響く。
レミニアの頭に向かって振り下ろされた剣を弾いたのは、やはりヴォルフだった。
「娘が危機となれば、当然でてきますね。あなたは……!!」
すかさずハシリーはヴォルフの脇腹に蹴りを入れる。
迷いがあり、集中力を欠くヴォルフはその攻撃に対応できず、吹き飛んだ。
空中でなんとか姿勢を整え、着地する。
「どうしました、ヴォルフさん? 動きが鈍いですよ。愛娘がどうなってもいいのですか?」
ハシリーはレミニアに切っ先を向けながら、ヴォルフを挑発する。
娘命であるヴォルフは容易に反応した。
「誘い出されているとも知らずに……」
「――――ッ!!」
ヴォルフは息を呑んだ。
今目の前にいたのは、ハシリー。
そして背後にも殺意の炎を燃やすハシリーがいた。
(【狼牙】??)
ルーハスの前後から同時攻撃。
【剣狼】が狼の牙に誘い込まれた。
背筋が冷える。
汗とともに背骨を伝ったのは、死の予感だ。
「パパ!!」
レミニアの悲鳴にヴォルフが反応する。
【カグヅチ】を鞘に納めると、腰を落とした。
次の瞬間、鞘から銀色に輝く刀身が放たれる。
【居合い】!!
一際激しい剣戟の音が戦場に響き渡る。
「パパ!!」
「ご主人!!」
レミニアとミケの声が1拍遅れて、聞こえる。
果たしてヴォルフは無事だった。
刀は横に薙いだ姿勢から立ち上がる。
無傷の父親を見て、レミニアの瞳は輝いた。
一方、ハシリーはレミニアたちから14、5歩離れた位置まで吹き飛ばされていた。
【狼牙】が完全に完封されたわけだが、それでもハシリーの顔から笑みは消えなかった。
そんな悪意の塊を見ながら、ヴォルフは口を開く。
「【狼牙】は前後からの同時攻撃。だが、君が2人になったわけじゃない。なったように見えるだけだ。ならば、一方向に絞って、思いっきり斬撃を当てて、吹き飛ばせばいい」
「まさかそんな方法で強引に戦技を破るとは……。紛いなりにも英雄というわけですか?」
「違うな、ハシリー」
「ん?」
「それはあくまで術理ベースの話だ。けれど、刀や剣はただ技術だけで斬るものじゃない。身体、そして心……」
「…………」
「君は確かに強い。その身体に宿した愚者の石の力、他人の技を自分に取り込む技術、そのどれもが異次元だ」
でもな……。
「心が伴っていない」
「なんですって?」
「君がいったことは事実だろう。その覚悟も確かなものだろう。そして、自分を騙すことにも長けている」
「ぼくが嘘を言っている」
「言ってはいない。だが、君が放つ剣が如実に語っている。ハシリー……」
君の剣には迷いがある。








