第287話 英雄の資質
◆◇◆◇◆ 今 ◆◇◆◇◆
「言うまでもありませんが、その子どもこそがぼくです」
剣を下げたハシリーは一先ず話を締めくくる。
ハシリーから語られたある天上族と、その子ども。そして生き地獄ともいえる壮絶な人生。
ヴォルフも、レミニアも息を詰まらせる。
聞けば胸が悪くなるような話だが、どこにでもある現実の1つでもある。
しかし、驚くべきはそんな人生を感じさせないほど、ハシリーが普通の人間に見えることだろう。いや、見えていたのだ。
レミニアと、ハシリー……。
同じ天上族のハーフでも、聞けば聞くほど、2人の人生は正反対だった。
望まれて生まれてきたレミニアと、そうでないハシリー。
父親の愛情いっぱいに育ったレミニアと、母親に敵視されたハシリー。
スタートが違うだけで、こうも正反対な人生と人生観を生み出してしまうことに、ヴォルフはショックを受ける。
何よりそんな2人がコンビを組んで、研究に打ち込み、前を向いて歩いていたことに、神の悪戯を感じずにはいられなかった。
空気は重く、話の先を促すことすら憚れた。
先に口を開いたのは、ハシリーだった。
「親元から離れたぼくは、各地を転々としました。母とぼくが違うのは、それなりに学があったことでしょう。母親はあらかじめぼくに学問を教えていたから」
おそらく自分の二の舞になってほしくなかったのだろう。
「読み書きはできましたし。遊郭で学んだ処世術というのも教えてもらいました。男を喜ばせる方法とかもね。一端を教えてあげましょうか、レミニア?」
「大きなお世話よ!!」
レミニアは大声で反論する。
その前に立ったヴォルフの耳は真っ赤になっていた。
「何よりぼくは母親が知らなかったことを知ることができた」
「母親が知らなかったこと……?」
「ぼくの母親は何故天上族から追放されたのか、知らなかったんです。まだ幼かったからでしょうね。気づいてほしくなかったんだと思います」
「その理由って……?」
「魔眼だな?」
レミニアの質問に答えたのは、ヴォルフだ。
ハシリーは頷いた。
「さすがですね、ヴォルフさん。天才にして【大勇者】であっても、戦闘経験があまりない娘とは違う。まさしく目の付け所が違う」
「面白いこと言っても何もでないわよ」
レミニアは頬を膨らませたが、ハシリーは取り合わなかった。
「この魔眼があったからこそ、地獄の中でも生き延びることができた。この『英雄殺し』の魔眼があったからこそ」
「『英雄殺し』……? 随分と大層な名前ね。それに全然わからないわ。ハシリー、あなたの過去はわかったわ。それが何故、英雄を否定することに繋がるの。ハシリーみたいな人を助ける勇者や英雄が世界には必要なんじゃないの?」
「ぼくは救われてませんよ、レミニア」
「あなたの人生は気の毒とは思うわよ。……でも、英雄と呼ばれる人にも限界がある」
「その通りです、レミニア。少しあなたらしくなってきたじゃないですか。英雄にも限界はある。まったくその通りですよ。……でも人は英雄を求める。何故かわかりますか? 世界のどこかに英雄がいるからですよ」
「だから英雄はいない方がいい? 違うわ、ハシリー。それは間違っている」
「ほう……。それはどういうことですか?」
ハシリーは目を細めた。
「英雄は確かに世界のどこかにいるかもしれない。でも、いつか誰かがじゃなくて、いつか自分が英雄になる日がくる。英雄は誰にでもなれる。覚悟と信念さえあれば……!」
レミニアの話を聞きながら、ヴォルフは泣きそうになる。
同時に娘の成長を感じた。その通りだと思ったからだ。
ヴォルフは若い頃、英雄に憧れた。
それは自分の中にも理想とする英雄がいたからだ。
世界のどこかにではなく、英雄は自分の中に存在する。それを否定することは、人そのものを否定する行為なのだ。
ヴォルフが娘の言葉にじんとする中、ハシリーの口端は大きく歪んでいった。
「フフ……」
「何がおかしいのよ?」
「何もわかっていない。何故なら、あなたたちは英雄側の人間だからです」
「それは――――」
「レミニア、仮に人の中に英雄がいるなら、なんで母さんはぼくを助けなかったのでしょうか? ぼくを打たれているところを、なぜ街の人たちは見て見ぬ振りをしていたのでしょうか? 母さんが里の男に犯されていた時、男は何故英雄になろうとはしなかったのでしょうか?」
「…………」
「人間はそんなに強くない。むしろストラバールの人間は弱すぎる。いえ。この世界は脆すぎる。……ヴォルフさん、エミルリアに渡りましたよね。あなたは羽なしと呼ばれる人たちを見たはずだ」
エミルリアで魔獣の餌として受け入れる翼のない人たちのことだ。
「餌として食われることを受け入れ、日々穏やかに生きる人間と、ただ命だけが保証され、日々の絶望の中で生きる人間と、どっちが幸せだと思いますか? どっちが生きたいと思える世界ですか?」
「そんなの極端すぎる……」
「では質問を変えましょう」
ハシリーはヴォルフの方を向く。
その眼光は、喉元に切っ先を突きつけられたような鋭さが存在した。
「ヴォルフさん、仮にあなたはレミニアを拾わなかったら。レミニアに魔法の才能がなく、普通の子どもだったら。あなたに強化魔法を授からなかったら……」
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