表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/372

第28話 刀匠の涙は刃に濡れ

災害魔獣討伐篇エピローグ。

 馬の尾のように結ばれた銀髪が揺れる。

 刀を掲げる冒険者の背中にエミリは飛び込んだ。


「ヴォルフ殿!!」


 首に手を回し抱きつく。

 勢い余るとそのまま回転し、2人は一緒に倒れ込んだ。


「ちょっと! エミリ……」


「す、すまんでござる。でも、拙者……せっさ、うれしい…………ざる、よ」


 ヴォルフに馬乗りになりながら、エミリはボロボロと泣き始める。

 頬を上気させ、顔をくしゃくしゃにしながら、涙を流す少女の姿があった。

 いつも気丈なエミリが見せた弱さ。

 こうして見ると、思った以上にエミリは年下なのかもしれない。

 だとすれば、想像以上のプレッシャーがかかっていたのだろう。


 家を継ぎ、勇者の刀の管理を任され、犯罪を犯し、国に逆らってでもアダマンロールを斬ろうとした。


 背負い込んだ様々なものから、やっとエミリは解放されたのだ。


 ヴォルフは今一度【カムイ】を掲げる。

 涙するエミリに綺麗な刀身を見せた。


「エミリ、見ろ。一切の刃こぼれも、傷もない。自分が鍛った刀が勝ったんだ。これはエミリの勝利でもあるんだぞ」


 何かを言おうとして、エミリは喉を詰まらせる。

 きっとそれは感謝の言葉なのだろう。

 しかし、出てきたのはやはり涙だった。

 涙滴が【カムイ】にかかる。

 刀もまた泣いているように見えた。


 エミリが落ち着くのを待って、ヴォルフたちは地上へと向かう。

 ミケは力を使い果たしたらしく、主人の背中に背負われて寝ていた。


 洞窟を出ると、鉱山の稜線からちょうど朝日が出るところだった。

 目映い光に、ヴォルフたちは一緒に目を細める。


「本当に【カムイ】をもらっていいのか?」


「かまわないでござるよ。【カムイ】もその方が嬉しいでござるであろうから。それにヴォルフ殿ほどの力の持ち主なら、【カムイ】しか耐えられないでござるよ」


 確かにそうだ。

 【カムイ】ならヴォルフの要望に100%応えてくれる。

 これ以上の武器はないだろう。


「わかった。ありがたく使わせてもらう」


「うん。…………ところでヴォルフ殿。1つお聞きしたいことがあるでござるよ」


 急にエミリはしおらしくなる。

 しなを作りながら、顔を赤くした。

 風邪でも引いたのか。それとも厠でも我慢しているのか。

 朴念仁のヴォルフには見当もつかなかった。


「その……ヴォルフ殿は誰かとお付き合いされているでござるか?」


「へ――?」


「そ、その……。拙者……いいいや、わ、わたしくし……。こういうのには慣れていないのだが……。その……わたしとめおと(ヽヽヽ)になってほしいでござるよ」


「め、めおと……?」


 聞き慣れない単語に、ヴォルフはパチパチと目を瞬く。


 ますますエミリの顔は赤くなっていった。


「つ、つまり……。そ、その【カムイ】のように、せせ……拙者もヴォルフ殿の手に扱われたいでござるよ!!」


 朝日に向かって、エミリは思いっきり叫んだ。


 背中で鼻ちょうちんを膨らませていたミケが「うみゃ」と目を覚ます。

 ごそごそとヴォルフの肩に寄りかかると、銀髪が垂れているのが見えた。

 肝心のご主人様は彫像のように固まっている。

 ふわ、とミケは欠伸をすると、再びヴォルフの背中で眠り始めた。


「いいいいや、ちょっと待て。お、俺はこんなおっさんだぞ。君みたいな若い子……」


「恋心に年齢は関係ないでござるよ。拙者は本気でござる。何もたばかっているわけではない。ヴォルフ殿の強さ――身体的な部分だけではなく、その心の強さに惚れ込んだでござる!!」


 ようやくヴォルフは、エミリが本気だと気付いた。

 いつもなら癖毛を掻くところだ。

 その暇すら与えず、ヴォルフは考えた。


 そして少女の告白に反答する。


「すまない、エミリ」


「――――ッ!」


 一瞬、赤い瞳に涙が滲みそうになる。

 間髪入れずにヴォルフは答えた。


「俺にはずっと心の中で引っかかっている人がいるんだ。それに――娘がいる」


「ヴォルフ殿、娘殿がいたのでござるか」


「ああ……。血はつながっていないが、預けられた子といえばいいのか。まあ、そのようなものだ」


「引っかかっている――と言う方は……」


「レミニア……ああ、娘の名だ。そのレミニアの母だ」


 ヴォルフは話す。

 レミニアとの出会いを。

 謎の女の死。そして、それを助けられなかった無念を語った。


 エミリはギュッと胸の前で握っていた手を下ろす。


「そうか。亡くなっておるのか。それは……なかなかに手強いでござるな」


「すまない」


「謝ることではござらん。拙者はヴォルフ殿に告白し、ヴォルフ殿はきちんと答えてくれた。非はなにもないでござるよ」


 果たして、それで納得できるものが恋心であるのか。

 そう疑問に思わないほど、ヴォルフは鈍くはない。

 でもエミリの言葉は、有り難いものであった。


「ところで、そのレミニア殿はどこにいらっしゃるのか? ヴォルフ殿が育てたお子だ。さぞ強いのであろう」


「ああ……。今は王都で働いている」


「王都……」


 ハッと息を吐き、エミリは顎を上げた。

 途端、神妙な顔になる。


「悪いことはいわん。娘殿には王都から離れてもらった方がいいでござる」


「え? それはどうして?」


「理由はいえぬでござる。ただ王都に良からぬ事が起こるとだけいっておくでござるよ」


 すると、エミリは背を向けた。


「拙者、もう行くでござる。実は、人を待たせているゆえ」


「そうなのか。せわしないな」


「ヴォルフ殿……。生き残るでござるよ」


 最後に呟いた言葉は、ヴォルフの耳には届かなかった。

 エミリはそのまま朝日が出てきた方とは逆へと歩いていく。

 銀髪を揺らすその姿は、陽の光を背にしてもどこかもの寂しさを感じた。



 ◇◇◇◇◇



 ハイガルからさらに西。

 レクセニル王国王都より馬車で1日の場所に、エミリ・ムローダの姿はあった。

 場所は鬱蒼と茂った森林。

 陽は落ち、暗闇が横臥している。


 エミリは茂みをかき分けながら、森の中を進んでいた。

 小さな池の畔。

 待ち合わせの人物は背を向けたまま、岩に腰掛けていた。


 エミリはごくりと喉を鳴らす。


 背後をついているのに、どこにも打ち込む隙がない。

 優位はこちら側にあるにもかかわらず、喉元に刀の切っ先を向けられているような圧迫感を感じた。


「エミリか……」


 やがて振り向く。

 粉雪のような白い髪が夜風に揺れた。

 優しい色の前髪の下で、夜の海のような深く濃い色の青眼が光る。

 立ち上がるだけで、背丈が2倍以上も伸びたような錯覚を感じた。


 五英傑【勇者】ルーハス・セヴァット。


 鉱物が銀色になるまで魔力を込められたミスリルの鎧。

 黒曜を溶かして作らせた鎖帷子。

 そして、その下に押し込められたしなやかな筋肉。


 装備、そして肉体。

 そのすべてが超一級のものが備わっていた。


「はい」


 エミリはかろうじて返事をする。

 汗が止まらない。なのに口の中はからからだ。

 それほど、ルーハスから異様な“気”が放たれていた。


「刀は出来たのか?」


「はい。ここに――」


 エミリは一振りの刀を差し出す。

 両手で供えるように掲げた。

 ルーハスは無造作に持ち上げる。

 刀身を抜き放ち、透き通るような刃に目を細めた。


「なるほど。今までの無象有象よりは良さそうだな。名は――」


「【シン・カムイ】」


「神を斬る名か……。悪くないな。立て、エミリ」


 エミリは大人しく従った。

 顔を上げると、冷たい青眼とかち合う。


「喜べ。今日から五英傑だ。俺たちに帯同することを許す」


「そのことであるが……。辞退させてもらうでござる」


「なに?」


「むろん、【勇者】の刀を管理するのが我らがムローダのお役目。それは全うするでござる。手を抜くつもりもござらん。しかし、拙者は今回の行いに関し、やはり納得はいかないでござる」


「五英傑の誘いを蹴るというのか? 父の仇はとりたくないのか?」


 エミリは一瞬黙る。

 だが、すぐに顔を上げた。

 ストラバール最強といわれる【勇者】を前に、一歩も退かない。

 その魂には、1人の想い人が宿っていた。


「そうか。まあ、いい……。ただ邪魔だけはするなよ」


 青眼の光が、剣閃のように飛んでくる。

 エミリはかろうじて刃を受けた。


 その側を抜け、ルーハスは森の中へと姿を消す。

 残った刀匠は、崩れ落ちた。

 荒い息と、大量の汗を滴らせる。

 エミリはそっと手を喉にやり、まだ自分の首が胴とつながっていることを確認した。



 ◇◇◇◇◇



 その翌日。

 ルーハス・セヴァットの姿は、暗い洞窟の中にあった。

 青い瞳が見上げる先にあったのは、一刀に伏されたアダマンロールの死体。


 そう……。


 ここはつい先日、ヴォルフ・ミッドレスがアダマンロールを討伐した場所だった。


「どういうことだ……。俺以外にアダマンロールを斬れる人間などいないはず。まさかエミリか。いや、あり得ない……」


 1人呟く。

 【勇者】の疑問に答えてくれるものはいない。

 だが、ルーハス1人しかいないはずの洞穴に、足音が響いた。

 すぐさま、戦闘態勢を取る。

 【シン・カムイ】に手を掛けた。


 魔法の光が鬼火のように揺れる。

 その影から現れたのは、色鮮やかな赤い髪をした少女だった。


「まさか、わたし以外にここに来てる人間がいるとは思わなかったわ」


 【勇者】が構えているにも関わらず、その少女は凄惨ともいえる笑みを浮かべるのだった。


まさかの引き……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シリーズ大重版中! 第7巻が10月20日発売!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本7巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


9月12発売発売! オリジナル漫画原作『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』単行本4巻発売!
引退したおっさん勇者の幸せスローライフ続編!! 詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



8月25日!ブレイブ文庫様より第2巻発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『アラフォー冒険者、伝説になる』コミックス9巻 5月15日発売!
70万部突破! 最強娘に強化された最強パパの成り上がりの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



コミカライズ10巻5月9日発売です!
↓※タイトルをクリックすると、販売ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる10』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


最新小説! グラストNOVELS様より第1巻が4月25日発売!
↓※表紙をクリックすると、公式に飛びます↓
『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』書籍1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』
コミックス最終巻10月25日発売
↓↓表紙をクリックすると、Amazonに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



6月14日!サーガフォレスト様より発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『劣等職の最強賢者』コミックス5巻 5月17日発売!
飽くなき強さを追い求める男の、異世界バトルファンタジーついにフィナーレ!詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large





今回も全編書き下ろしです。WEB版にはないユランとの出会いを追加
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』待望の第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


好評発売中!Webから大幅に改稿しました。
↓※タイトルをクリックすると、アース・スター ルナの公式ページに飛ぶことが出来ます↓
『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる ~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large




アラフォー冒険者、伝説になる 書籍版も好評発売中!
シリーズ最クライマックス【伝説】vs【勇者】の詳細はこちらをクリック


DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



ツギクルバナー

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ