第282話 原初の本能
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2人がぶつかり合った瞬間、空間は曲がり、大地は嘶いた。
1人は長い銀髪と、金色の瞳を鋭く光らせた淑女。
もう1人――いや、もう1体は黄金色の毛と、九つの尾を持つ九尾の狐である。
その光景は英雄譚に出てくるような聖女と魔獣の戦いに似ている。
聖女は骸骨の柄がついた剣で大地を割れば、魔獣は炎を吐き出し、山をも溶かす。
気がつけば、一帯にあった村は消滅し、ただ焼け野原が広がっている。
残っていた天上族の姿も消え、立っているのは2つの影だけだった。
互いに化け物……。
その力は同じ天上族からですら危険視した。
このストラバールに太古の時代に堕とされ、生きてきたもの同士の戦い。
思えば、カラミティにしても、ハッサル――神狐にしても同じ境遇の存在であった。
違うのは、互いのスタンスだ。
カラミティは最初こそ血と暴力を望んだが、孤独とぶつかり、自分の血と骨から生まれた我が子たちのために、強さと秩序を求めた。
未来を望むことができるハッサルは、世界と他人に絶望し、滅びと混乱を望んだ。
皮肉にも2人は今、掃き溜めとも言われたストラバールのために戦っている。
カラミティは自分が愛した子どもたちのため。
ハッサルは1からストラバールを作り直すため。
2人は長い時間を生きてきた。
長い時の末に、2人が導き出した答えは全く違う。
いずれも自分の考えを信じ、そして決して曲げようとはしない。
意地と意地のぶつかり合い。
お題目こそ世界のためであっても、結局それは相容れないもの同士の喧嘩という側面を有していた。
一体、何百と互いの技を撃ち出しただろう。
何千という時間が経ったような気がするし、1分という短い時間しか経っていないようにも思う。
技の数も、時間も、何度立ち上がったかも覚えていない。
カラミティも、ハッサルもそれだけ集中していた。
戦いに勝利するというよりも、自分の“我”を通すために……。
命よりも信念を貫くために、創世の生き物たちは互いの肉に噛みつく。
「ぐっ!」
最初に地面に手をついたのは、カラミティだった。
それを見て、ハッサルはニヤリと笑う。
「はあ……。はあ……。あら? はあ……。はあ……。もう終わり……かしら……。はあ……。カラミティ……」
「黙れ、女狐。お前こそ随分と息が上がっているようだな。歳か?」
「はあ、はあ……。強がりは止しなさい。地面に手をついて、這いつくばってるくせに」
「獣に合わせてやっているだけだ」
「口が減らない女」
「お前だけには言われたくない!」
両者とも口はよく回るものの、1歩も動けない。
カラミティは剣を刺したまま動かさず、ハッサルも尻尾を地面に下ろしたまま荒い息を吐き出す。
極限の疲労……。
互いに人間でいう心臓を動かすことだけに必死になっている状態だ。
だが、2人は笑っていた。
2人の考え方の違いは、太古から行き違っている。
2人とも自分の信念を曲げず、ここまでやってきた。
2人とも、お互いの顔すら見たくない。
2人の得物をぶつけ合うことすら、唾棄するほどいがみ合っている。
しかし、互いの胸中は高揚していた。
戦えば、戦うほど。全力を出せば、出すほど。
胸が高鳴る。
それは恋に似た情熱とはほど遠い。
互いの本能を賛歌するような常識から外れた狂気。
つまり、闘争と暴力……。
カラミティも、ハッサルも、神にも似た時間を過ごし、全知全能に近い力を手に入れていた。
深い真理を探究し、お互いに世界の未来をより良く拓こうと、考えに考えぬいた結果が、2人が持つ信念だ。
けれど、ここに来て、もうどうでもいいように思えてきていた。
それは2人が立つ傷付いた大地の惨状を見ても、明らかだろう。
忘れていた獣としての本能。
戦いによって呼び出されたそれは、媚薬を浴びたような強い充実感をもたらしていた。
国の王として君臨し、生命の起源たる業を背負い戦うカラミティ。
膨大に広がる未来という海を眺め続けたハッサル。
2人の胸に往来したのは、シンプルにたった1つだけ。
目の前の相手よりも強くありたい。
新米冒険者でも持っている、ひどく人間じみた考え方だった。
長い、長い、沈黙……。
聞こえてきたのは、互いの息づかいだけ。
しかし、それも終わりを告げる。
舌の皮が剥けるのではないかと思う程、息を飲み込む。
唯一動いていた心の臓の力も立ち上がる力に変え、両者は再び対峙した。
「決着を着けるぞ、ハッサル」
「望むところよ、カラミティ」
カラミティが立ち上がって剣を向ければ、ハッサルは傷付いた自慢の九尾を避雷針のように立てた。
両者は睨み合う。
地面を蹴り、剣を、牙と爪を、互いの身体に突き立てるべく接近していく。
星と星の衝突を想起させるような重厚な瞬間は終わる。
ついに決着した。
血に染まった黄金色の毛に、深々と剣が突き刺さっていた。
今まさに銀髪の淑女に向けられた牙は、頭蓋を噛み付く前に頭頂の上の部分で止まっている。
カラミティも、ハッサルも元は天上族である。
互いの種族としての弱点を知っている。
カラミティの剣はその弱点を、見事に貫いていた。
「な…………ぜ……?」
ハッサルは言葉を絞り出す。
「私は未来を見ていた。あなたに勝利する未来を……。何故?」
「未来を見えてなお、わからないなら、お前が見ていたのは未来ではない。お前の願望だ」
「――――っ!!」
「お前と我は終ぞ心を等しくすることはなかった。……いや、お前自身はそれを拒否した。もしかしたら、ガーファリアならばお前の唯一の理解者になったかもしれないがな」
「な、何故、そこでガーファリアが出てくるのよ?」
「お前が傅くことを初めて許した相手だ。……我は会ったことがないが、見事な益荒男であろう」
「…………」
「お前が本気でガーファリアとともに、この世界を破滅させるなら、ヴォルフも危なかったかも知れぬな。なあ、ハッサルよ」
ハッサルからの返答はない。
静かに目を閉じ、尻尾を下ろし、神を模した像のように焼け野原の上に座っていた。
すでに、もう事切れていたのだ。
「創世よりの宿業……。果たさせてもらった。もう未来を見ることはなかろう。……1万年分眠れ、我が知己よ」
カラミティは剣を抜く。
血を払い、銀髪を翻して歩き出す。
北へ……。
ふらつく足を叱咤し、1歩でも、半歩でも認めた男が戦う戦場へと向かうのだった。
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