第279話 戦争の歴史
「ストラバールが滅ぶだと……。おかしなことをいう」
神狐の話を聞いて、カラミティは声を出して笑った。
「お前の能力はわかっている。我もそれで随分と苦戦させられたからな」
「負けた――の間違いではありませんか?」
「そう思っているから節穴なのだ。我はこうしてピンピンと生きている。負けてなどいない」
神狐は大きくため息を吐く。
軽く頭を振り、「強がりもここまで来ると、立派な能力ですね」と嘲弄する。
「確かに我々は滅ぶかもしれない。だが、我らにはヴォルフがおる。あやつならば」
「それは見当違いですよ、カラミティ。あなたはどうやら、我々が世界を滅ぼすと思っているようですが、違います」
「何?」
カラミティは神狐とともに、周りにいる巨大な天使にも顔を向ける。
未だにその足元には自分の軍勢がいて、足蹴にされていた。
天上族の力は強力である。
これが世界に放たれ猛威を振るえば、確かにストラバールは滅ぶかもしれない。
しかし、神狐は違うという。
「滅ぼすのは私たちではありません。ストラバールにいる人類ですよ」
「なっ!?」
神狐は上を見る。
空には、それまで月と言われていたエミルリアの姿があった。それまでずっと大きな姿をしていたが、段々と縮んできている。
レミニアが作った賢者の石は正常に働いたわけだ。
ストラバールの滅亡は防がれた。
しかし、神狐はそれを悲しげに見つめている。
「カラミティ、あなたも知っているでしょ。天上族がストラバールに介入し、魔獣がこの世界に蔓延り始める前の世界を……。人族同士の争いを」
「無論だ。我が知らぬはずがなかろう」
カラミティもまた、その戦争の参戦者だった。数こそ他国と比べて少ないが、それでも不死の軍団をまとめドラ・アグマ王国を建国した。
「私には見えるのですよ、カラミティ。今回の一件で、天上族という存在が世に明らかとなり、賢者の石、愚者の石という膨大なエネルギーを生む魔導石も生まれ、人族は星すら跳ね返した。今、この戦いが終わればどうなると思いますか?」
天上族はもういない。
魔獣もやがてはいなくなるだろう。
そうすれば、もはや人族こそがストラバールの中で、いや星、宇宙の中で頂点の生物となる。
「レミニア・ミッドレスは、人族である父親を天上族以上の人間にまで育ててしまった。その力を軍隊に使われ、戦争に使われればどうなりますか?」
「だから世界が滅ぶと? 随分と短絡的だな。本当にそれは【千里眼】で見たものなのか? 我が言うのもなんだが、人間とはそこまで愚かな存在ではないと思うぞ」
カラミティの言葉に、神狐はあからさまに残念そうな反応し、ついでに息を吐く。
「ええ……。私もそう思っていました。それを期待し、ある英雄を祭り上げようとした。この人なら必ず、世界を導いてくれると期待していたのです」
「ガーファリアのことか……」
神狐は俯く。
「彼は聡明な王でした。肉体は若々しく、私の話を聞いて、常に最善の未来を示し、バロシュトラス魔法帝国を世界最強にまで押し上げた」
神狐――ハッサルはガーファリアによる善政を期待していた。天上族なき後、この王が人類をまとめ、世界の滅びを止めると。
だからこそ、バロシュトラス魔法帝国にそれまでになかった魔法技術を与えた。故に帝国は他に類のない発展したのだ。
「だが、あの方ですら道を外された」
「妹を殺されたという奴か……」
「その通りです。妹を亡くした彼は箍外れたように悪王に落ちていった。私の言葉に耳を傾けなくなったのです」
「ふん……。だから、お前は……いや、お前らはガーファリアを切ったのだな。今回の騒動のドサクサに紛れて」
神狐の表情は悲しげなままだった。
そして、すぐには返事せず、ただ残念そうに「そうです」と告げた。
カラミティは鼻を鳴らす。
「結局、お前たちは天上族だ。追放した天上族となんら変わらない。ただお前たちの代弁者がほしいだけ。自分たちが間違っていれば、他人のせいにするだけのクソ野郎だ。いや、クソにも劣る」
「否定はしません。だから、もう我々が手を汚すしかなくなった。……私の【千里眼】は真っ黒なままなのです、カラミティ。そこに光を差すためには、我ら天上族をルーツとする我らが立ち上がるしかない」
「そして、人類を滅ぼすのか?」
「違います。無力化するのです。牛やブタのように……」
言ってみれば、それはエミルリアにいた羽なしたちのことであった。
むろん、カラミティはそれを知らない。
だが、聡明な彼女は予想できた。
神狐が目指す未来。
そこで何が行われているのか。
「神狐よ。それではお前の未来は暗いままだ。何故なら、その未来は一生やってこないからだ」
「それは何故でしょうか?」
「わからぬか? そんなことをあの者が許すはずがない」
「ヴォルフ・ミッドレス」
「そうだ。そして、我も許さぬ。お前と差し違えてでも、我はお前らを殺す」
そして、カラミティの最期の戦いが始まった。