第276話 生き残りの村
「さて、問おう……。貴様ら、一体何者だ!?」
カラミティは村人たちを指差す。
瞬間、殺気が膨れ上がった。
「カラミティ様!!」
ゼッペリンがカラミティの前に回り込む。
そのカラミティたちに真っ直ぐ向かってきたのは、この村の村長といった老人だった。
「速い!!」
村長は一瞬にしてゼッペリンの前に出る。
素手ではあったが、引き絞られた左拳には凶暴な気配があった。
カラミティの1の眷属にして、主の次に強いといわれる不死の者――ゼッペリンの思考に、『戦闘不能』という文字が浮かぶほどの濃厚な気配だ。
ドンッ!!
爆発音のようなものが轟く。
砂煙が上がり、両者の姿を隠す。
現れたのは、老人の拳を受け止めたのは真っ白な髪を揺らした細い身体の女性だった。
「カラミティ様……」
ゼッペリンは真剣な顔で村長を睨むカラミティを見つめる。
カラミティはその村長から目を離さず、赤い目で睨んだ。
「ゼッペリン、油断しすぎだ」
「申し訳ありません」
「だが、悪くない。ちょっとした小銭稼ぎぐらいかと思っていたが、随分と大きな餌がかかったらしいな」
「この者たちは一体……」
ゼッペリンは息を呑む。
老人とは思えない身のこなし、速度、膂力。
それはカラミティの眷属のゼッペリンですら唸る者。
何より気配が人のそれではない。
今、老人から感じるそれは、今目の前に立っているカラミティに近い。
「我が察するに、この者たちは我らよりもさらに古き民であろう」
「我らより古き民……」
「我とゼッペリンが村に訪れた時、この村長はまず最初に『不死の方々』と言って、我らを歓待した。おかしいではないか。骸骨将軍ならいざ知らず、我とゼッペリンは見た目では普通の人間のそれと変わらない。ならば、何故我らを不死の者と判断できた?」
カラミティの軍勢は村から見えないところに隠しておいた。
そのカラミティが村を発見した時も、彼女の類い稀な視力のおかげであり、普通の人間が軍勢を見ることは難しい。
「それに村長は真っ先に我の方に頭を下げた。男と女の組み合わせであれば、どちらが主従か少しは悩むはずだ。……結論を言えばな、ゼッペリン。こやつらは我らのことを知っている。もっといえば、我のことを知っている。それも古き時代からな」
それまで平静だった村長の顔が初めて反応した。
眉間に皺が寄り、悪魔的に変化していく。
「そなたらが答えぬのなら我が暴いてやろう。お前らはあのレイルと一緒だ。このストラバールに捨てられた天上族であろう」
「なっ! 天上族!!」
それはレイルだけではない。
賢者ガダルフ、レミニアの母親であったアクシャルと同じ一族であることを示していた。
さらに殺気が匂い立つ。
それも村長1人ではない。
後ろで見守っていた村人含めて、カラミティたちに襲いかかった。
20名ほどの村人たちが、先ほどの老人と同様の迫力で迫ってくる。
「骸骨将軍!!」
突如、地面が盛り上がる。
村人たちに立ちはだかったのは、不死者の軍勢だった。
その前には、8本の腕を持つ骸骨将軍も現れる。
「ふん。我が何も策を用意せずに村に入ると思ったか?」
カラミティは鼻を鳴らす。
いきり立ったのは、骸骨将軍だ。
8本の腕をやかましく音を立てて、鼓舞する。
「姫様、ここはお任せあれ」
「油断するな、将軍。こやつらは天上族だ。追放されたとはいえ、レミニア並みのポテンシャルを持っておるぞ」
「承知!!」
骸骨将軍は8本の腕に剣を握って、村人たちに突っ込んでいく。
不死の軍勢もその後ろに従った。
カラミティに絶対の忠誠を誓う最凶の軍団の士気は高い。
たとえ、天上族であろうと、恐れることなく突っ込んでいく。
不死の軍団の攻勢に、村人たちは冷静だった。
「愚かな……」
ジャッッッッッンンンンン!!
不死の軍団は、骸骨将軍ごと弾き返される。肉や血、あるいは骨が飛んでいく。不死だけあって、死にも士気にも影響なく次々と村人に襲いかかったが、すべて返り討ちにあっていた。
それどころか押し込まれつつある。
確実に不死の軍団は数を減らしつつあった。
「カラミティ様の軍勢がまったく相手にならないとは」
さしものゼッペリンも瞠目する。
だが、カラミティは冷静だった。
「あやつらは我ら不死族よりもさらに古の一族……。それなりに武術は心得ていようよ」
「このままでは全滅してしまいます」
「それはない。何故なら、我とお前がいるからな」
カラミティは自分の指先を切る。
血が浮かび、ルビーのように光った。
それをゼッペリンに差し出す。
カラミティの意図を察したゼッペリンが恭しくその指を取る。
「いただきます」
「ああ。存分に飲め。そして、暴れろ。我が1番の眷属よ」
「ううう……。うおおおおおおおお!!」
ゼッペリンから返事はない。
聞こえてきたのはケダモノのような雄叫びだった。
どちらかといえば細身のゼッペリンの身体が一回り大きくなる。
大きく口を開けると、鋭い牙が生えていた。
「ガアッ!!」
ゼッペリンは跳躍し、戦場のど真ん中に降り立つ。
周りは天上族の村人たちだ。
不死の軍勢たちを蹴散らしていた村人の顔を掴むと、情け容赦なく地面に叩きつけた。
ゼッペリンの力に、さしもの天上族たちが驚く。
その間隙に飛び込んできたのは、カラミティだ。
鋭い爪で、天上族たちの腕や足を切り落とし、戦闘不能の状態にしていく。
「殺しはせん。お前たちとハシリー・ウォートの関係を明らかにせねばならんからな」
カラミティは笑う。
それは不敵というよりは、久方の戦場に酔っているような気配があった。