第275話 王都の南の村
カラミティ・エンドは神輿に乗りながら不機嫌であった。
今、周りには彼女に従う不死の軍団が囲んでいる。側にはゼッペリン、 骸骨将軍というお馴染みのメンバーが揃っていて、街道を南下していた。
さながら百鬼夜行であったが、その驚異的な力を見せつけるわけでもなく、道行く人に恐怖を与えている。
カラミティたちが通っているのは、レクセニル王国王都から南へと向かう重要な街道である。
結果的ではあるが、カラミティの行軍は、現在レクセニル王国で起こっている事態を知らない行商人や旅人を、王都へと向かわせないことに一役買っていた。
ただそれは副次的なものだ。
カラミティたちには、一応目的が存在した。
「まだ到着しないのか、ゼッペリン」
吸血馬といわれるドラ・アグマ王国原産の馬に乗ったゼッペリンは、頭を下げる。
「もう少しかと」
「先ほども同じことを聞いたぞ」
不満を漏らす。
しかし、ゼッペリンとしても頭を下げ続けるしかなかった。
不機嫌なのはカラミティだけではない。
同行した骸骨将軍も、カタカタと骨だけの身体を動かして抗議の意志を示す。
「ふん! カラミティ様に雑用を押し付けるとは! あのルネットという女め! カラミティ様をなんと心得ているのか!?」
カラミティたちが前線から離れた位置にあるのは、ルネットの指示だった。
レクセニル王国にいて、バロシュトラス魔法帝国の進行を初めに知ったのは、カラミティたちである。
寝耳に水とも言うべき大国の介入において、カラミティたちはもう一戦も辞さない覚悟であったが、それを止めたのもルネットだった。
仮にあの場でバロシュトラス魔法帝国と戦えば、王都は火の海となり、今ルネットが行っている国民の王都脱出も叶わなかっただろう。
結果的に王都は廃墟と化したが、その国の礎となる国民は守れたのである。
「がなるな、将軍。あの女の言うことには一理ある。相手がガーファリアか、あるいは三賢者が1人ガダルフになるかはわからないが、いずにしろヤツらの目的は、カラミティ様だ。前線から離れるのは決して悪い判断ではない」
相手の目的はカラミティを、【賢者の石】、あるいは【愚者の石】にすることである。
レミニアも認めていたが、カラミティはその素体となる力を持っている。
これ以上、それらの石を作らせないためにも、前線から離れることは決して悪手とはいえなかった。
「1番お辛いのは、カラミティ様なのだ。弁えろ、将軍」
「はっ! そうであった! も、申し訳ありません、カラミティ様! カラミティ様のお気持ちも考えずに、我が輩は」
骸骨将軍は慌てて頭を下げる。
「良い。我にも忸怩たる思いはある。今頃大暴れしているであろうヴォルフとも戦いたいとな。……だが、我らが南に下っているのも、またヴォルフにとっては必要なことなのだ。心しろ、将軍」
「ははっ! しかし、我が輩らは不死の軍勢。これほどの戦力がありながら、戦場の端を歩いているのは少々もったいないことですな」
「そうだな……。だが、その退屈ももうすぐ解消されそうだ」
カラミティの瞳が閃く。
神輿の上から見えたのは、風が吹けば飛ぶような村だった。
カラミティは全軍に停止命令を発すると、神輿から下りる。
「将軍、しばし軍を預けたぞ」
「はっ! ですが、良いのですか?」
「さすがに軍を率いてやってきては、警戒される恐れがある。それにお前たち強面が出てきては、村の者たちもまともに話せまい」
「なるほど……、わかりました」
将軍は最後には納得し、頭を下げる。
「では行くぞ、ゼッペリン」
「ハッ! 陛下!」
カラミティはゼッペリンを伴い、村に近づいていく。
そこはどこにでもあるような田舎町だ。
建物の軒数は20にも満たないだろう。
商売している様子もなく、鍛冶屋だけがぽつんと建っていた。
周りには農地が広がっていて、半自給自足の生活を送っているようである。
カラミティがやってくると、村の人間が集まってきた。
村長らしき者が進み出てくる。
「不死の方々が一体この村に何用ですかな? 見ての通り、この村には何もありません。どうかご慈悲を……」
カラミティに向かって、老人は頭を下げる。
合わせた手は震えていた。
【不死の中の不死】と恐れられるカラミティは、「ホッ」と息を吐いた後、ゼッペリンに後を任せた。
「心配するな。我々はお前たちの村を侵略するためにやって来たわけではない」
「ならば、何用で来られた?」
「人に会いに来た。ここにウォート家のものがいるだろう」
ウォート家、と聞いて、村人たちは顔を見合わせる。
当の村長らしき老人も口を開けて、驚いていた。
ウォート家の家は、村の奥にひっそりと建っていた。
木造の平屋といえば聞こえはいいかもしれないが、木は朽ち、窓には硝子もなく、屋根の一部にも穴が空いている。
実に風通しの良さそうな外観をしているが、言わば荒ら屋であった。
ゼッペリンと一緒に、カラミティは部屋の中に入る。
中もお世辞に良い状態とは言えない。
ボロボロのベッドに、引き出しが引かれたままになった箪笥。壁の木材には黴か苔かが生えていた。
外観からすでに想像できていたが、人が住んでいる様子はない。
「1年ほど前まで老夫婦が住んでおりました。最初に奥さんの方が亡くなり、後を追うように夫も……」
「子どもはいたのか?」
「いました。確か王都で暮らしていると聞いたが、不仲のようで。ただ時々、孫が様子を見に来ておりました」
「孫……?」
村長の言葉に、カラミティが反応する。
「ええ……。なんでも王宮で暮らしているらしく、自慢の孫だと。会う時はいつも立派な身なりをしておりました」
「名前は?」
「確か…………」
村長は首を傾げる。
他の村の者も覚えていないようだ。
ゼッペリンはこういう時のために、人相書きを広げる。
それは墨で描いただけの人相書きでではなく、色も付いた精緻なものだった。
ボーイッシュな白髪に、細く、薄い水色の瞳をした女性の絵が描かれている。
「この者だ。覚えは?」
「ああ! 覚えておるよ。この子だ。この子で間違いない」
「そうか。では、この娘に覚えはあるか?」
ゼッペリンはもう1枚の人相書きを取り出す。
今度は先ほどの人相書きとは違う女性が描かれていた。
長い髪に、緑色の瞳。
前髪が長いせいか全体的に暗く、印象の薄い顔をしている。
「はて……。覚えがありませんか?」
「そうか」
ゼッペリンが人相書きをしまう。
すると、笑ったのはカラミティであった。
「おかしいなあ」
「はい?」
「ハシリー・ウォートは本来、長い黒髪に緑色の瞳。暗い印象の娘だったはずだが……」
「な、何を言って……。ハシリー? ああ。思い出しました。お孫さんの名前がそんな」
「孫? おかしいなあ。ここには、今年で49歳になる夫婦が住んでいるはず。王都にある一部の戸籍は以前の内乱の時に王立文書館が壊れたおかげで、消失したそうだが、夫婦は冒険者をしていた。だから、ちゃんとあるんだよ、ギルドには……。ウォート家がここに住んでいたという記録がな」
「ぎ、ギルド??」
「近くのギルド曰く、夫婦は1年以上前から姿を現していないそうだ。引退届けも出ていないし、事故で遺体を見た者もいない。何よりおかしいのは、その夫婦が住んでいた村から捜索依頼が出ていないことだ」
血を注いだようなカラミティの瞳が妖しく光った。
「さて、問おう……」
貴様ら、一体何者だ!?