第27話 災害魔獣討伐
クライマックスです!
急に狭い空間に出た。
ごつごつとした岩肌と、なだらかな坂が闇へと続いている。
つと気付いたのは、風の音が聞こえることだ。
だが、ヴォルフの癖毛も、ミケの毛も、エミリの銀髪も反応がなかった。
「気味が悪いな……。エミリ、アダマンロールがいる場所はまだ先なのか?」
「ご主人様よ。あんた、まだ気付いてないのかい?」
ミケは毛を逆立てる。
まさか――とヴォルフは耳を澄ました。
聞こえる。
規則正しい鼓動が。
それとセッションをするかのように、先ほどの風の音が聞こえる。
エミリは神妙な顔で答えた。
「すでにアダマンロールはいます」
ヴォルフは視線を落とす。
鼓動が、そして呼吸がすぐ直下から聞こえた。
見た目は石筍が並ぶ岩肌。
だが、直に触ってみると、かすかに蠢いているのがわかる。
普通の岩肌でないことは明白だった。
「この足元にあるすべてがアダマンロールなのか……」
顔を上げ、奥を覗く、
一体、どれほどの全長なのか。闇が広すぎてわからない。
恐怖どころか、呆れて思わず笑いそうになってしまう。
度を越えた大きさだった。
「まるで要塞だな」
最硬にして最凶の要塞。
ヴォルフは今からこれを斬るのだ。
もう少し先に行くと、ようやくアダマンロールから降りる。
ずっと下っていた坂は、どうやら背中の部分らしい。
改めて見ても、大きい。
例えるなら、やはり巨大な団子虫という表現が近いだろう。
内核をスッポリ包む外殻は、世界一硬い鉱石に覆われている。
側面についた虹彩のない瞳に光はないが、規則正しい拍動がこの魔獣が生きていることを証明していた。
「早速かかりましょう」
一旦【カムイ】をエミリに返す。
暗闇の中で、彼女は最後の調整に入った。
ヴォルフも軽く屈伸をする。
アダマンロールを斬るイメージを作った。
率直にいって、本当に斬れるか、という思いはある。
ヴォルフはついこの間まで引退していた冒険者だった。
現役の時も、華々しく活躍していたわけじゃない。
どちらかといえば、平凡な人間だった。
今、こうして冒険者として復帰できたのも、娘の力に寄るものだ。
本来、多くの人を助けることが出来る器ではないことは、自分が一番理解している。
この討伐も本当なら――。
「(いかん。いかん……)」
弱気になるな。
依頼を受けたのは、自分だ。
ヴォルフはもう引退した冒険者ではない。
依頼を受けた限り、全うするのが冒険者の鉄則だ。
「ヴォルフ殿、よろしいでござるか? 何か迷っているようにみえたでござるが」
「すまない。ああ……。大丈夫だ。いつでもやれる」
「ヴォルフ殿は、エミリが認めた御仁。必ずや斬れるでござるよ。もし――」
「ん?」
「いや、なんでもないでござる」
エミリから【カムイ】を受け取る。
ヴォルフは鞘に納めたまま構えた。
ほう、とエミリは感心する。
それはヴォルフとの戦いで1度だけエミリが見せた【居合い】の構えだった。
アダマンロールを斬るのには、単なる膂力では無理だ。
力を倍加するようなスキルが必要になる。
残念ながら、ヴォルフには高レベルの斬撃系のスキルはいまだない。
付け焼き刃かもしれないが、エミリのスキルをトレースするしかなかった。
目をつぶり、今一度イメージを膨らませる。
たった一合であったが、今でも瞼の裏に焼き付いている。
エミリの腰の位置、足運び、握り、目の向き。
そして胸を焦がすような速さと重さ。
動きを丁寧に丁寧になぞっていく。
細胞レベルにまで馴染ませ、浸透させていった。
ある瞬間、それは完全にヴォルフの頭の中で一致した。
地を蹴る。
空気を裂き、ヴォルフは一振りの刃となった。
交錯する――――。
両者の邂逅は一瞬だった。
「どうだ!」
ミケが興奮気味に九尾を振る。
見ていたエミリにはわかった。
表情を神妙に歪ませる。
「駄目、でござるか……」
アダマンロールの身にヒビ1つも入っていなかった。
斬れなかった。
【大勇者】の力を借り、刀匠が鍛つ刀を手にし、かつ【居合い】を使っても、ヴォルフはアダマンロールを斬ることはできなかった。
「すまない。ヴォルフ殿。やはり拙者の刀では、こやつは――」
「いや、エミリのせいじゃない」
【カムイ】を掲げる。
刃こぼれ1つしていない。
アダマンロールに対して、全力で振っても、刀は折れなかった。
決してエミリの業が負けていたわけではない。
原因は、ただ1つ。
ヴォルフにあった。
自然と悔しさはなかった。
どこか諦観に近い感情だけが、虚しく横たわっていた。
自分は一度引退した身。
『竜殺し』でも『100人斬り』でもない。
Dクラスの冒険者ヴォルフなのだ。
暗い洞窟を見つめる。
そのまま闇の中に飲まれそうだった。
『パパの馬鹿ぁ!!』
不意にレミニアの声が聞こえた。
◇◇◇◇◇
昔、1度だけレミニアにひどく怒られたことがあった。
あれは確か……魔法の勉強に付き合っていた時だ。
いつも通り、父の膝を勉強椅子代わりにし、まるで父にご本でも読んであげるかのように、魔法についての講釈をしていた。
レミニアは突然こういった。
「パパも魔法を覚えればいいのに」
娘の何気ない提案に、ヴォルフは苦笑しながら返した。
「パパには無理だよ。パパももう引退してるし、そもそも頭が悪い」
「でも、努力をすればパパならできるわ」
「でも、実際パパは頑張ったけどDクラスだった。パパの強さは、結局その程…………って、レミニア。どうしたの?」
レミニアは泣いていた。
正確には涙を溜めて堪えていた。
「パパの馬鹿ぁ!!」
近所に聞こえるぐらい大きな声で娘は叫んだ。
「パパは強いもん。勇敢だもん! 自分がDクラスだっていうなら、なんでパパはあの時逃げなかったの? ベイウルフはパパより強かったのに。みんなと逃げれば良かったんだよ」
「それは……」
「絶対! 絶対パパなら、勇者より強くなれるもん!」
だあぁぁぁ、と膝の上でバタバタと暴れ回る。
それからレミニアは3日ぐらい口を聞いてくれず、ショックだった。
◇◇◇◇◇
「(そうだよな、レミニア。パパはお前が認めた勇者だもんな)」
ヴォルフは顔を上げた。
今一度アダマンロールと向き合う。
たぶん、現【勇者】ルーハスなら、この刀を用いて斬ったかもしれない。
今さら背伸びしたところで、勇者の剣技には届かないだろう。
だが、今はヴォルフしかいない。
この手には、ハイガルの住民の命が握られている。
なんら変わらない。
娘の命と、村の住民を守るために立ち上がった時と。
何も変わってはいない。
「もう1度だけトライしていいか、エミリ」
「拙者は構わぬ。何か秘策が思いついたでござるか?」
「秘策ってほどではないけど、ただちょっと危険なことだ。……ミケ」
「おう、ご主人様。またさっきの【雷獣纏い】をやるか?」
ヴォルフは首を振る。
スキルを使えば、飛躍的に力は上がるだろう。
だが、細かい操作が難しくなる。
殲滅戦には適していても、寸分の狂いも許されない戦においては、制御が難しい力は邪魔になるだけだ。
「その代わり、その力をアダマンロールにぶつけてくれ」
「魔獣にか!?」
「ああ……。恐らく、俺の力では斬れない。だから、こいつの力も利用する。そのために、アダマンロールに動いてもらう必要がある」
アダマンロールは鈍足だ。
説明するまでもなく、動きは鈍い。
だが、巨大ゆえにその動く時のエネルギー量は計り知れない。
その一瞬を捉え、ヴォルフは斬ることを決めた。
「【合気】でござるな」
雪人の国には、相手の力を利用するスキルがあるという。
ヴォルフ風にいえば、【カウンター】といったところだろう。
しかし、この作戦には欠点がある。
アダマンロールは身じろぎするだけで地震を引き起こすことが出来る。
そのエネルギーこそ、ヴォルフが掲げる作戦に必要不可欠なのだが、タイミングを誤れば、甚大な被害が出る可能性もある。
ヴォルフたちも生き埋めになるかもしれない。
勝負は一瞬。
かつ失敗が許されない任務だった。
「それでも、やらせてほしい……」
ヴォルフの言葉に、エミリもミケも反対しなかった。
「あっちはご主人様の側にいるだけさ。それ以上でも以下でもない。それがご主人様との契約だからにゃ」
「刀匠の道とは死の道でござる。刀と一蓮托生なら、悔いはござらん」
「ミケ……。エミリ……。ありがとう」
「それに、ヴォルフ殿はなかなかの男前にござるからな。一緒に墓の下に入るのに、なんの不服もござらんよ」
「は、墓の下……」
「どうであろうか? 今から拙者と祝言でも上げるでござるか?」
エミリは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
ヴォルフの気持ちは幾分楽になった。
今一度気を引き締める。
【カムイ】を見つめた。
任せろ、といわんばかりに、刀身は鋭い光を放っている。
「ミケ、早速始めてくれ」
「あいよ」
ミケの体毛に雷精が帯びる。
青白い炎のような光は、洞窟全体を包んでいった。
ヴォルフもまた構えを取る。
目をつぶり、集中――再び【居合い】のイメージを手繰った。
「おら! 起きろ、芋虫野郎!!」
ミケは特大の雷を放つ。
幻獣界最高の一角【雷王】の本気。
まるで神が取り落とした槍のようにアダマンロールに降り注いだ。
ヴォルフの一撃をもってしても微動だにしなかった魔獣の目に、光が宿る。
重苦しい音を立てて、アダマンロールの背が動き始めた。
同時に景色が揺れる。
ただ身体を動かしただけだというのに、魔獣は空気と大地を震わせた。
第一段階は良好。
あとは、アダマンロールのわずかな1歩を、大地震を引き起こす前に捉えることが出来るかどうかだ。
「うわっ……」
横でエミリが尻餅をつく。
彼女のようなバランス感覚に長けた冒険者でも、この揺れはきつい。
立っていることさえ困難だった。
ヴォルフはなんとか堪えているが、気を抜けば体勢が崩れる。
あちこちで岩肌が崩れ、一部の天井は崩落を始めていた。
状況は最悪……。
それでもヴォルフは目をつむる。
ひたすら耳をそばだてていた。
激しい雑音が耳朶を震わす中、必死に音を捉えようとしている。
アダマンロールの初動を。
人間の半歩にすら満たない1歩を――。
こつ……。
わずかな異音。
雑音に掻き消えてしまいそうな程、小さなそれは明らかに今まで聞いたものの中で違っていた。
ヴォルフは動いた。
一直線上――最短を駆ける。
その目はつむったままだった。
彼は音だけを拾っていた。
娘に強化された聴覚は襲い来る揺れの強さを教え、発達した三半規管は神経と脳を通して、同じく増強された筋肉に微細な操作を要求する。
結果、ヴォルフは超精密度の絡繰人形のように、揺れる足場に対応し、一切のぶれなく駆け抜けた。
ただ剣を振るだけで良かった。
たったそれだけであるはずなのに、その超人的技業は神の領域に踏み込んでいることを本人は知らない。
すべては人々を救うために。
エミリの刀が最高であると証明するために。
そして娘の勇者であることに、一歩近づくために。
冒険者ヴォルフは疾走した。
伝説に染まった輝ける道を――。
アダマンロールが動く。
その一瞬――。
両者は再び交錯した。
「えぃええええいぃいいいぃいいい!!」
ヴォルフの裂帛の気合いが、洞窟に突き刺さる。
しなやかな曲線を描いた刀身はいつ放たれたのか。
右に流れ、勝ち誇るかのように閃いていた。
気が付けば、揺れは収まっていた。
数瞬、時が止まったかのような静寂が訪れる。
こんんんんん……。
アダマンロールの巨躯がずれる。
巨大な鍋の蓋が外れるかのように、硬い外殻が滑り、地面に激突した。
同時に激しく体液が噴出する。
外殻と一緒に、中の内核も斬られていたのだ。
一旦は立ち上がったアダマンロールは崩れ落ちる。
その巨体は、闇の中へと沈んだ。
ヴォルフは【カムイ】を鞘に納めなかった。
エミリに己が鍛った刀を見せつけるかのように、高々と掲げ、勝ち名乗りを上げるのだった。
いかがだったでしょうか?
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