第272話 【鉄槌】のブラン
☆★☆★ 本日発売 ☆★☆★
おかげさまで、本日単行本4巻を発売することができました。
Web版から読み、買い支えていただいてる読者の皆様のおかげです。
改めて感謝申し上げます。
4巻のタッ公先生もキレッキレですので、是非お買い上げください。
後書きの下に公式リンクがあるので、是非そちらもご確認ください。
◆◇◆◇◆ ヴォルフ ◆◇◆◇◆
ヴォルフと悪意の戦いは続いていた。
一進一退の攻防である。
先ほどまで圧倒していたヴォルフだが、やはりルネットが考案した強化魔法は強力だが、不安定だ。
供給される魔力が一定しない。
小さくなったと思えば、大きくなり。
大きくなったと思えば、小さくなる。
波の影響もあって、ヴォルフも探り探りで戦わなければならず、結局全力を出し切れていなかった。
かといっても、悪意の方に理があるというわけではない。
4匹の魔獣を解き放った事によって、明らかにパワーダウンしている。
しかし、余裕があるのは、やはり悪意の方だ。
「お前の部下たちは苦戦してるようだな」
「部下じゃないっていってるだろ。仲間だ」
「……ふふ。耳を澄ませば聞こえないか。お前の仲間とやらの悲鳴をな」
「ふざけ――――」
ギィン!!
悪意は変則的に踏み込んでくる。
慌ててヴォルフは受けた。
口元の笑みを見ながら、ヴォルフは眉間に皺を寄せる。
相手は完全にヴォルフをおちょくっていった。
「どうした? 余裕がないぞ、ヴォルフ・ミッドレス」
さらに連撃を追加する。
供給されてくる魔力が安定しない。ついにヴォルフは防戦一方になる。
「人間などという不確かな者に頼るからそうなる。個人など必要ない。必要なのは、自分か自分の意志が宿った兵隊だ。生死すら自分の手の中にある、死ねと言われれば死ぬ命なのだ」
「違う!!」
ヴォルフは渾身の力を込めてなぎ払う。
しかし、悪意は嗤う。
「何が違う……? 我とお前が纏っている力と何が違う、偽りの英雄よ。お前とて、自分の欲望のために戦っている。そのために、その力を使っているのだろう? 娘に施された強化魔法はどうだ? お前はその力を得て、何をした? 何を願った?」
悪意はさらにヴォルフに攻撃を仕掛けていく。
戦況が明白になってきた。ヴォルフが押し込まれる。
それを見て、レミニアとミケはキュッと喉を絞りながら戦いの趨勢を見つめる。
ヴォルフが握った新しい愛刀も心なしか悲しげな音を立てていた。
それでも、ヴォルフは立ち上がる。
「娘の力を得て、現場復帰したことはそうだ。確かに自分本位だと言われてもおかしくない。実際、娘には叱られた」
でも――――。
「俺はお前のように他人を傷付けるために振るったりはしていない。まして、自分以外の存在を否定することなどあってはならない!」
ヴォルフは愛刀を構えた。
「俺を馬鹿にするなら、それでもいい。でも、これだけはわかる。お前は間違っている。だから、俺は何度でも立ち上がる」
「そうやって、いつまで英雄気取りでいるのだ、貴様は!!」
「俺は自分を英雄と思ったことは1度もない。単なるレミニアの父親で、1度引退した冒険者で、そしてお前を斬る。それだけだ」
「まだ戦う気か。無駄だ。時期にお前たちが用意したシステムは、それの獣たちが破壊するだろうよ。……あれを殺すことは不可能。お前の部下がどれほど優秀であろうとな」
またしても悪意は嗤うのだった。
◆◇◆◇◆ 蘇雀 ◆◇◆◇◆
蘇雀はそれまでしばし空を旋回し、地上の様子を見ていた。
邪魔な靄を吹き飛ばすことは簡単だが、蘇雀にも事情はある。魔力の回復を待っていたのだ。
ブランの推理は概ね当たっていた。
蘇雀には他の魔獣たちにはない驚異的な魔力回復能力がある。それはヴォルフに強化魔法を施した天才レミニアですら、舌を巻くほどの代物だった。
そしてブランの推理にもあったが、他の獣たちに分け与えていることも事実である。
首を落としても、『星竜』や『拳錻』が生き返ったのはそういうことだ。
だが、その時間は終わった。
蘇雀の魔力回復が終わったのだ。
一転大きく翼を動かし、突風を生み出す。
いや、もはや暴風に近いものだ。
靄はおろか、大地を捲り上げる。周辺に残っていた氷塊の残骸を払いのけると、すっかり辺りは禿げ上がってしまった。
高度の高いところから地上の様子を見ていた蘇雀の目に映ったのは、大の字に寝転がった巨人である。
心音からしてまだ生きているらしい。
蘇雀の拙い知能に、先ほど不覚を取るに至った攻撃がまざまざと蘇る。
『キィイイイイイイイイイイイイイ!!』
鋭く嘶いた。
沸点を超えると、魔獣は異常なまでに興奮する。
やられたらやり返すのは、自然界の常でもある。
蘇雀は先ほどの屈辱を晴らすべく、巨人族へ向かって火線を吐いた。
巨人族は諸に受ける。
真っ赤どころではない。皮膚の一部は焦げており、髪がボロボロになっていた。
聞こえてくる息はまさに虫の息である。
蘇雀はさらに火線を放つ。
だが、致命傷に至らない。
巨体ゆえに相当体力があるらしい。
こうなれば、直接攻撃である。
生まれたばかりの獣でも、相手の致命傷となる場所はわかっている。さっきから聞こえる心音だ。そこに向かって、攻撃すればいい。
蘇雀は急降下する。
その嘴によって巨人の心臓を潰すつもりだった。
蘇雀は1本の巨大な槍のように降り注ぐ。
そのまま無抵抗の巨人の胸に、その嘴を突き刺した。
轟音とともに、再び大地が弾ける。
やった!
とばかりに、蘇雀は笑おうとしたその瞬間、胸を突き刺したはずの巨人の姿が霞のように消えていく。
直後、土の中から巨手が現れる。
蘇雀の嘴を両手で掴み、離そうとしない。次に土が隆起した。
現れたのは、心臓を突き刺したはずの巨人だ。
「つ~か~ま~え~た~」
低く、暗い声が戦場に響く。
蘇雀は羽ばたき、その場から逃れようとするも、巨人の力は獣以上だった。
嘴を捕まえられた状態では、炎を吐くこともできない。
戸惑っていると、巨人はニヤリと笑った。
「残念だったな、化鳥」
瞬間、巨人は蘇雀を力いっぱい地面に叩きつけるのだった。
黒い怪鳥の身体がバウンドする。
それほど膂力が籠もった一撃だった。
だが、怪鳥は生きている。
一瞬ブランの手が緩んだのを見逃さず、その場から逃げようとした。
「逃がすか!!」
ブランの髪の毛から飛び出したのは、アンリだった。
怪鳥の翼に向かって、技を叩き込む。
「旋岩突破!」
それはLv6相当のスキルだった。
かつて憧れていたツェヘス将軍の必殺技である。
アンリはずっとこの技を叩き込む瞬間を待っていた。
一連の流れを用意したのは、アンリだ。
靄がなくなる前に、ブランの幻像を魔法で作り、さらに念には念を入れて、幻像の下に本物のブランに隠れ潜んでもらうことにした。
幻像を囮にして、下りてきたところで仕留める手はず。
その集大成の一撃が、今まさに決まろうとしていた。
だが――――。
「浅い!!」
アンリが放った【旋岩突破!】は確かに怪鳥の翼を抉ったが、すべてというわけではない。
事実、怪鳥はまた飛び立とうとしている。
「任せろ!!」
ブランが追撃の一撃を食らわせるが、怪鳥に炎を浴びせられて、一瞬怯む。
一気に翼をはためかせ、必死に空へと逃げようとする怪鳥。
そこに襲いかかったのは、風の刃だった。
怪鳥の腹を貫く。
巨躯が歪み、再び怪鳥は飛ぶ姿勢を作らなければならなかった。
アンリは下手側を見る。
そこにはボロボロのダラスが立っていた。
「ダラス! 生きていたか!!」
しかし、アンリの質問に答えるには体力がないらしい。『葵の蜻蛉』の魔法使いは、膝を折り、ついには倒れてしまった。
1発魔法を撃つだけで精一杯だったのだ。
再び怪鳥は体勢を立て直す。
「くそっ!!」
そこに隠れていたリーマットが投げナイフを投げる。
見事怪鳥の右目を抉ると、たまらず怪鳥は嘶いた。
2人の稼いだ時間は、わずか3秒ほど。
だが、それで十分だった。
アンリは踵を返す。
「旋岩突破!」
もう1度、スキルを放つ。
今度こそ怪鳥の翼を抉る。
動きが止まったところで、トドメはブランの鉄鎚だ。
「終わりだ!!」
ブランは思いっきり怪鳥に振り下ろす。
大きな鳥の獣の身体が、くの字に曲がる。
それだけで致命傷であったが、ブランの動きは止まらない。
何度も、何度も……。
執拗に怪鳥に鉄槌を落とす。
それはまさに地面に杭を打つように……。
まさに【鉄槌】という異名通りの振る舞いだった。
怪鳥は何度も再生する。
その度に、ブランは命を奪っていく。
「いくら再生能力、魔力の回復能力が高いと言っても、無限というわけではない」
アンリは何度も死に続ける怪鳥を見て、息を呑む。
「生き返り続けるなら、オレはお前を殺し続けるだけだ!!」
ブランは容赦なく命を奪っていった。
そしてついに怪鳥の再生が止まる。
小さな炎だけになると、最後はブランの大きな足によって踏み潰された。