第271話 不死身
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「やった!」
アンリは思わず叫んだ。
三重攻撃ならぬ、四重の攻撃。
連係を得意とする『葵の蜻蛉』の騎士たちが得意とする波状攻撃である。
相手の回避位置を先読みし、そこに向かって各々が攻撃していく。
本来三の矢の時点で決着がつくものなのだが、そこは怪鳥であった。
必殺の三の矢ですら回避されてしまう。
だが、黒い怪鳥には運がなかった。
今日の『葵の蜻蛉』は期間限定の4人の構成である。
ついに四の矢――しかも、1番攻撃力の高い矢に撃墜されてしまった。
翼を広げた怪鳥よりも大きな氷塊に押しつぶされ、微動だにすることはない。
「あれは痛い」
「すごい。さすがは五英傑!」
リーマットが怪鳥に同情する一方、ダラスはブランの力を讃える。
そのブランも仕事を終えて、振り返った。やはり長い前髪で顔が見えにくいが、心なしか勝利したことを喜んでいるように見える。
アンリは手を振り、その功績を称賛した。
「ブラン殿! お見ご――――」
瞬間、ブランの背中で激しく炎が燃え上がる。その色は黒。何やら呪詛を含んだようなその色の炎は、一瞬にして巨大な氷塊を溶かしてしまった。
だが、炎の勢いはそれだけではない。
細い光線のような炎が四方八方に射出される。
黒い光は当然ブランに襲いかかった。
「ぐあああああああああああ!!」
「ブラン殿!!」
アンリの悲鳴が戦場に響き渡る。
だが、そのアンリもまた無事ではなかった。
「姫!!」
ブランをすり抜けた光線がアンリたちに襲いかかる。いち早く動いたのは、リーマットだった。アンリを守るように覆い被さる。
その2人を守るように立ちはだかったのは、ダラスだ。
「【風魔の盾】!」
風の守護の力が主と仲間を守る。
次の瞬間、風の盾に黒い光が直撃した。
かろうじて食い止めるものの弾き返すことは難しい。
ダラスは叫びながら、魔力を上げるが、無駄だった。
轟音とともに爆発が起こる。
あちこちにできた魔法の氷塊を巻き込みながら、アンリたちは爆発に吹き飛ばされた。
アンリは目を覚ます。
瞼を開いた時には、まだ戦場だった。
ゴゴゴッという耳鳴りが響き、爆煙が靄のように広がっている。
5秒、あるいは10秒だろうか。
兎にも角にも気を失っていたらしいが、さほど時間が経っていないようだ。
「姫、ご無事ですか?」
すぐ近くでリーマットの声が聞こえた。
近づいてみると、ひどい怪我をしている。
火線というより爆発の衝撃によって巻き上がった石や氷塊の破片による傷だろう。
回復魔法をかけるが、まだ爆発の衝撃もあってか、うまく集中できない。
「姫、お逃げください」
リーマットは声を振り絞る。
アンリは思わずキョトンとすると、つい笑ってしまった。
「お前にしては随分と殊勝な提案だな。弱気になっているのか?」
「冗談を言ってるわけでは……」
「知っている。だから、少し嬉しかった」
アンリは笑う。戦場にもかかわらずだ。
クラクラするほどの眩い笑顔に、普段クールな家臣も一瞬固まる。
「賢いお前のことだ。こんな時、私が何を言うのかぐらいわかっているだろう」
その言葉を聞いて、リーマットは我に返った。
いつも通り、皮肉っぽい表情を浮かべて笑う。
「まったくあなたという人は……」
「ダラスとブラン殿と合流し、再度あの怪鳥を落とす」
アンリは空を臨む。
まだ靄がかかっていて見えないが、翼を広げた怪鳥の姿があった。
高く嘶きながら旋回し、靄が晴れるのを待っているようだ。
「逃げないとは思っていましたが、戦う気ですか?」
「当たり前だ。あれを倒すのが我らの使命だからな。『倒せませんでした。お願いします』なんて私は口が裂けても言えぬ。……あの人は強くなり続けている。私は、いや我らはただあの人の背中を見送るだけではダメだ」
「ヴォルフ・ミッドレスですか……」
「胸を張り、あの人の横に立つには、ここで引き下がるわけにはいかん」
「我らって……。私は別にあの人の横には立ちたくないですよ」
「その割には、最近急に剣の稽古をし始めたではないか?」
「なっ! 知っていたのですか?」
「お前の剣筋を見ていればわかる。どうせ私に隠れて、コソコソと訓練をしていたのだろう」
珍しくリーマットの顔が赤くなった。
「お前の気持ちはわかるよ。私も同じだ。ヴォルフ殿の背中を見てると、自分も何かせずにはいられない。立ち止まっていられない衝動に駆られるのだ」
アンリは近くで刺さっていた自分の剣を抜く。そして頭上の怪鳥に掲げた。
「我ら――『葵の蜻蛉』の集大成だ。心してかかるぞ」
「このお姫様は……」
リーマットは頭を掻く。
でも、内心では涙が出るほど嬉しかったに違いない。
頭を掻いた後、その手は瞼の上に置かれた。
「悪いですが、私はここでリタイヤです。おそらく内臓をやられています。治療には時間がかかるかと」
「そうか。わかった。お前とダラスにもらった命だ。その分もあいつに叩きつけてくるよ」
「……頼みますってのも変な話ですねぇ。ご領主様が聞いたら、さぞお怒りでしょう」
やれやれとリーマットは頭を掻いた。
すると、靄の中で何かが蠢く。
それは巨大な芋虫のようなものを想起させたが、現れたのは見覚えのある前髪と大きな瞳だった。
「ブラン殿、無事だったか!」
アンリは歓喜するが、ブランは口に手を当てて、合図を送る。
静かに、ということらしい。
ブランは小声で話す。
だが、巨体ゆえか小声とて大きな声だった。
「アンリ姫、無事か?」
「ああ。ブラン殿は?」
「かすり傷だ。ごめん。守ってやれなかった」
「気に病む必要はない。それよりも――――」
アンリが促すと、ブランは頷いた。
「あああいつは不死身かもしれねぇな」
「不死身?」
さっきの攻撃……。いくら相手がSSランクであろうと、即死の一撃である。
だが、怪鳥は生きていた。
となると、それが怪鳥の能力である可能性が高い。
「それもただの不死身というわけではない。たぶん、あいつが死ぬと魔力を放出して、他の魔獣に魔力を分けてるみたいだ」
「他の魔獣? 他にもあのような獣がいるということか?」
「間違いない。オレは身体がでかいから、耳もいいんだ。少なくとも他に2匹。いや、3匹かな。たぶん、いる……。あの鳥が死ぬと、魔力を再編して分け与えてるのだと思う」
ブランの分析に、アンリは素直に感心した。
死んだ人間や魔獣などの魔力を吸収する魔法がある。
あまりに非人道的ゆえに、人間に対しては使わない準禁術扱いになっている魔法だ。
おそらくそれと似たようなことを、あの怪鳥はできるのだろう。
たとえば、魔獣は魔力で動く生物。
翻せば、魔力があれば何度も生き返ることができるということでもある。
どういう仕組みか知らないが、あの怪鳥には死んだと同時に霧散する自分の魔力を回収して、回復する能力があるようだ。
しかも、その魔力を分け与える能力まであるらしい。
「だが、他に分け与えていれば、自分の魔力も枯渇するのでは?」
「あいつの魔力回復は、人間の比じゃねぇってことだ。生き返ったと同時に、空気中の魔力をどんどん吸い上げて、回復するんだろう」
「そんな相手にどうやって戦えば……」
「オレに考えがある。アンリ姫、手伝ってくれるか?」
「ああ。もちろんだ! 我らはチームだからな」
アンリ姫は親指を立てると、ブランも大きな親指を立てて応じるのだった。