第270話 4本の矢
五英傑【鉄槌】ブラン・ディットル。
辺境の騎士団『葵の蜻蛉』。
こういう非常時でもなければ、出会うことすら叶わなかったであろうタッグが形成される。
一時的とはいえ、ヴォルフという太い運命の糸で引き寄せられた絆は強固だ。
だが、それらを引き裂くものがいた。
ちょうどブランと『葵の蜻蛉』の間を飛び、炎を吐き出したのは、黒炎の羽毛に包まれた怪鳥である。
鋭い声で嘶き、容赦なく地上にいる4人の炎を浴びせてくる。
ブランとアンリたちは、ただ凌ぐしかなかった。
「ダラス!」
「はい。アンリ様」
「お前の魔法であれを撃墜できるか?」
ダラスは1度、黒の怪鳥を見上げる。
その禿頭には薄らと汗が浮かんでいた。
「もちろん――と言いたいところですが、難しいかと……」
「ならば、どんな魔法であればあれを落とせる」
「属性は炎のようですので、水の属性ならあるいは。しかし、あれが単なる炎とは確証がありませんので」
「そうか」
アンリは悔やむ。
自分も魔法を使うことができるが、ダラスと考えは変わらない。
あれを撃ち落とせるのは、ただの魔法では難しい。
仮にあの黒い怪鳥の力が、SSの力があるというなら、6……いや、少なくとも第7階梯以上の魔法が必要になるだろう。
「アンリ姫」
「なんだ、ブラン殿?」
「あいつを倒すのはオレだ。姫は撃ち落としてくれればいい。オレは、ルネットや他の五英傑と比べると頭は悪い。でも、アンリ姫は頭がいいはず」
その言葉を聞いて、アンリはハッとした。
ブランの言う通りだ。アンリがトドメを差す必要はない。攻撃力という点なら、ブランに任せればいい。
アンリは笑う。戦場の真ん中でだ。
「ブラン殿」
「ん?」
「あなたは頭が悪くない」
「そ、そうか?」
ブランの顔がちょっと赤くなる。
「あなたは自分がやるべきことをわかっている。私はわかっていなかった」
アンリはくるりとリーマットとダラスの方を見る。
そのやる気に満ちた目を見て、リーマットは笑う。
「何か思い付いたんですね、姫。悪戯小僧みたいな顔をしていますよ」
「リーマット! 姫に悪戯小僧とは何事だ」
「やってくれるか、リーマット」
「ここで死ぬかもしれないので先に言っておきますが、あなたの作戦はいつもひどい」
「おい。リーマット……」
「よい、ダラス。言わせてやれ」
ダラスはリーマットをたしなめようとするが、アンリが止めた。
「特にヴォルフ殿と結婚しようとした時の作戦は最悪だ。善良な引退冒険者に嘘を吐かなければなりませんでしたからね」
以前、アンリはヴォルフとの結婚を許してもらうため、リファラス家が所有する鉱山に棲みついたワイバーンを倒すように仕向けた。
その時、リーマットたちにアンリが誘拐されたと、ヴォルフに嘘を吐けと当の姫騎士が命じたのである。
「懐かしいなあ。遠い昔のことのような気もするが……。まだあれから1年と少ししか経っていないのだな」
アンリは今でも覚えている。
ヴォルフと初めて剣を交わした時の衝撃を。
湧き上がるような強い衝動を……。
「そうだ。私はまだ死ぬわけにはいかない。でも、それ以上に……」
ヴォルフ殿を殺させてはならない。
アンリは覚悟を決めた。
「はあああああああ!!」
ダラスは叫ぶ。
手の平に魔力を込めて、解き放った。
【氷瀑廻陣】!!
強大な氷柱が地面から生えてくる。
鋭い針のようになったそれは、空を飛ぶ黒い怪鳥に届くとかと思われたが、その前に高度を取られた。
その動きを予測していたのは、アンリだ。
手に持った風の槍を怪鳥に向けて放つ。
突如襲来した槍だったが、それも怪鳥は回避してしまった。
だが、『葵の蜻蛉』の攻撃は止まない。
「おおおおおおおおおお!」
その氷柱を上っていくものの姿があった。
リーマットである。
ヴォルフと初めて出会った時には、すでにAランク並みの力を持っていた彼は今、この時とばかりに力を解放する。
斜めに傾いた氷柱を凄まじい速度で駆け上がると、その勢いのまま大砲のように飛び出す。空を飛ぶと、黒い怪鳥が回避した所に迫った。
「1の矢がダメなら、2の矢! 2の矢がダメなら、3の矢だ!!」
アンリは叫ぶ。
『葵の蜻蛉』は公爵令嬢のアンリが率いてはいるが、辺境の騎士団に過ぎない。
クロエやエミリのような超一流でもなければ、ヒナミのような天才というわけでもない。
どちらかといえば、泥臭く、そして努力を重ねる事によって強さを培ってきた。
この作戦の根幹は「数を撃てば当たる」だ。
まさに辺境の騎士団ならではの泥臭い作戦だった。
リーマットの攻撃が怪鳥へと向かう。
その細剣は真っ直ぐ怪鳥の心臓へと近づこうとしていた。
「とった!!」
リーマットは叫ぶ。
だが、その時一陣の突風が吹いた。
怪鳥が大きく翼をはためかせると、急上昇する。それはもはや獣の速度ではない。
火薬を込めた大砲のようだった。
リーマットの攻撃があえなく空振りに終わる。
そのまま地上へと落下していく2枚目は、大きく翼を広げた黒の怪鳥を見て、口角を上げた。
「ふん。3の矢がダメなら、4の矢ですよ」
瞬間、飛んできたのは巨大な氷柱の欠片だ。
怪鳥を横に殴るようにヒットする。
ぐしゃっと気味の悪い音が天空に響いた。
同時に怪鳥の身体が大きく歪んだ。
意識が飛んだのだろう。
あれほど、空で勝ち誇っていた怪鳥が、あっさりと地上に落ちてくる。
その怪鳥の上に大きな影が広がった。
怪鳥が見たのは、大きな……とても大きな……。
氷塊を持った巨人族だった。
黒の怪鳥――〝蘇雀〟と名付けられたSSランクの生物は理解しただろう。
先ほどの氷柱の攻撃はおそらく、この巨人族だと。
事実、ブランを見る蘇雀の瞳は震えているように見えた。
「鳥がよぉ! 調子に乗るな!!」
ブランは咆哮を上げる。
同時に持っていた氷塊を、蘇雀の頭の上に叩き落とすのだった。