第267話 その銘は竜牙
☆★☆★ 11月11日 単行本4巻発売 ☆★☆★
大変お待たせしました。
単行本4巻が11月11日発売です。
表紙はエミリーです。
タッ公先生にめっちゃかっこよく描いていただきました!
個人的にエミリー推しの作者にとっては、たまらん1枚です!(レミニアも好きだけど)
すでにAmazonなどで書影公開されておりますので、
是非ご予約よろしくお願いしますね。公式の方では特典情報もありますので、お見逃しなく。
ヒナミとクロエが黒竜を討伐した戦地より、王都に近い場所に現れたのは、巨大な亀の魔獣だった。
拳錻と名付けられた大亀は、トゲの付いた甲羅を振り回すように大地を蹂躙していく。
その中には聖樹リヴァラスへと逃げ込む避難民の姿があった。
避難民が必死に逃げ惑う中、1人の刀士だけが拳錻の方を向いて立っている。
手には立派な刀を差していたが、柄に手をかけることもなく、拳錻と向かい合っていた。
もはや自殺行為と思われる中、ついに拳錻は刀士の前にやってくる。
そこでようやく刀士は動いた。
だが、それは手ではなく、小さく楚々とした口元であった。
「よもや拙者の相手が、亀とは……。いやはや、なつかしゅうござるな」
少々キツいワヒト訛り。
しかし、美しい銀色の髪を持つエミリーが言うと、また1つの魅力として映ってしまう。
「ヴォルフ殿と一緒に討伐した時も、相手は大亀の魔獣であった。あの時は拙者の力が足らず、ヴォルフ殿に頼るしかなかったが、今は違う」
すると、エミリーは深く沈み込む。
居合いだ。
思えば、それをヴォルフに見せたのもエミリーだった。
だが、その時よりさらに体勢が低い。
グッと地面に力を入れ、その硬い大地の反発力を存分に求める。
やや過剰ともいえる体勢から、エミリーは合気を狙う。
昔、ヴォルフがアダマンロールを切った時と同じやり方だ。
しかも、今回の相手はアダマンロールより遥かに活動的である。
使わない手はなかった。
「どくでござるよ、畜生」
お前の後ろには、拙者の大事な人がいるでござる……!
シャン!!
気が付けば、エミリーの銀髪が揺れていた。
両者の立ち位置は交差し、重戦車のように暴れ回っていたアダマンロールは子守歌でも聞いたかのようにピタリと止まっている。
エミリーは抜いた刀を鞘に収めた。
やや甲高い音を立てると、次の瞬間「コオォン!」と鐘を撞いたような澄んだ音が響き渡る。
音に気づいた避難民たちは振り返り、その異様とも呼べる光景に息を飲んだ。
岩盤のように分厚い甲羅が、真っ二つに折れていたのだ。
そのまま拳錻は地面に沈むと、避難民たちは反射的に拳を上げた。
「おおおおおおお!!」
「すげぇ!!」
「化け物を倒した!」
「一撃だったぜ! 一撃!!」
偶然目撃した者が興奮した様子で、指を1本立てて喚いていた
周りが気持ちいいぐらいざわつく中、エミリーだけがどこか意気消沈している。
最後にはため息が漏れた。
「早く会いたいでござるよ、ヴォルフ殿」
新しい刀を渡した時に、2、3言葉を交わしたのみで、すぐさまヴォルフは王都に行ってしまった。
ヴォルフは集中していて、声をかける状況ではなかったし、ありきたりな言葉しか出てこなかった。
ヴォルフが娘の事を心配していたからだ。
会いたい気持ちは募るばかりだが、仮にお役目を放棄すれば、ヴォルフ殿に叱られるのは目に見えている。何よりも、ヴォルフが勝てるか否かは避難民たちにかかっていると言ってもいい。
それでも……。
「あー。もー。それでも会いたいでござるよ~」
エミリーは地団駄を踏む。
父の前では見せられない恰好だが、エミリーもまだ十代の乙女である。
これほどお預けを食らっては、性欲を持て余してしまう。
それを発散する相手としては、拳錻はいささか物足りない相手だった。
そうエミリーが頭の片隅で思った時だ。
彼女の瞳がカッと開く。
「皆のもの! 逃げよ!!」
周りにいた避難民に一喝する。
自分はすぐさま刀を抜いたが、やや遅れた。
彼女に襲いかかってきたのは、大木を思わせるような尻尾である。
「はああああああああああああああ!!」
無理矢理討ち放った刃で、尻尾を止める。
斬った、と思ったが、違う。
弾力ある皮膚に、斬撃の威力が殺されていた。
「なっ! これは!!」
その反発力でエミリーは吹き飛ばされる。
何とか空中で回転し、いなすが、衝撃は内臓に届き、少しだけ血を吐いた。
プッと血を吐き、エミリーは再び拳錻を睨む。
彼女の前に立ちはだかっていたのは、天にも届きそうな巨大な大蛇であった。
「亀かと思っていたが、まさか蛇だったとは……。甲羅の中で蜷局を巻いていたのか? 随分と奇天烈な畜生でござるなあ」
エミリーは素直に感心する。
「蛇なら蛇と最初から言えばいいでござるよ」
とクレームを入れるが、拳錻は鎌首をもたげて、牙を見せるだけであった。
シャッ、と鋭い威嚇音を立てて、エミリーを威嚇する。
牙を光らせながら、エミリーに襲いかかった。
エミリーは再び居合いを使う。
激しい衝撃音が響くが、拳錻の牙を斬ることはできない。
弾くので精一杯だ。
「どうやら、その牙。アダマンロールの甲羅よりも硬いようでござるな」
エミリーが言ったことは通じたのだろうか。
拳錻は目を細める。
笑ったように見えた。
「何を勝ち誇っているでござるか?」
いよいよ本気で斬ると決めた時、拳錻の口から黒い瘴気のようなものが吐き出される。
「毒か!!」
エミリーは咄嗟に袖を口元に当てる。
しかし、どんどんその身体は黒い瘴気に覆われていった。
周りの避難民たちがバタバタと倒れていく。その様子を見て、逃げようとした人間も意識を失い、地面に倒れていった。
「シャッ! シャッ! シャッ!」
次々と避難民たちが倒れていくのを見て、拳錻は勝ち誇ったかのように声を上げる。
「何を喜んでいるでござるか?」
瘴気は一筋の剣閃によって断たれた。
切り払われた筋から現れたのは、エミリーだ。
「ムローダ秘伝『斬鮫』……」
ぽつりと呟く。
瘴気を払ったのは、たった一筋の刀ではない。無数の斬撃によって、瘴気の成分そのものを断ったのだ。
高速で放たれたそれは、一筋の斬撃にしか見えない。
ムローダ家に伝わる悪鬼、呪詛を払う刀術である。
「魔獣とはいえ、畜生。殺生は拙者も好まぬでござる。しかし、拙者の恋路を邪魔するなら容赦はせぬ」
エミリーは刀を収める。
再び居合いに入るのかと思ったが違った。
珍しく魔法を使った彼女は、【収納】より一振りの大太刀を取り出す。
太刀の長さは、エミリーを超えており、刃幅も広い。もはや刀と言うより、超大剣に近いものであった。
「ヴォルフ殿のためと思って色々用意した大業物でござるよ。まあ、さすがにゲテモノすぎて、ヴォルフ殿には似合わぬと思い採用を見送ったが、そなたにはちょうど良さそうだ。銘も確か『リュウガ』であったからな。……とはいえ、竜ならぬ蛇ではあるが」
その超大剣をエミリーは軽々と持ち上げる。
振る人間の背丈よりも長いというのに、まるでエミリーの手に吸い付くようであった。
「気に入った。なかなかの暴れ竜だが、今の拙者の荒ぶる気持ちを代弁してくれているようで心地よい」
エミリーは飛び出す。
拳錻もまた飛び出した。
再び両者は交錯する。
コォンと音を立てたのは、先ほどエミリーの刀を弾いた拳錻の牙であった。
そのすべてが斬られ、かつ巨躯が真っ二つに切り裂かれる。
『ぎゃあああああああああああああ!!』
大口を開けて、断末魔の声が響き渡る。
蛇頭は地面に転がり、黒い血を吐いていた。
「それなりの強者であったようだが、今の拙者には勝てぬよ。もちろん、今のヴォルフ殿の足元にも及ばぬ。何せヴォルフ殿は、拙者が認めた強者であるからな」
エミリーは『リュウガ』を肩にかけて、胸を張るのだった。