第266話 刀士たちの戦い
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久しぶりの更新ですみません(色々と仕事が重なってまして)
本日BookLive様で最新22話が更新されました。
イーニャ回です。めちゃくちゃ可愛いです。今回は買いです。永久保存です。
内容もいよいよというところなので、是非読んでくださいね。
初手動いたのは、星竜と名付けられた黒竜であった。
黒く歪に曲がった翼を開き、口を大きく開けた。そのまま刃を振るように、黒く染まった炎を吐き出す。
忽ちそこらにあった野花を焼き払ったが、それだけではない。
質量を伴った炎は大地を抉るように振り回され、乱雑な図柄を描いた。
「質量のある火とは面白い! クロエ、見えているか!!」
「ご心配なく。見えまへんが、気配でわかります。ヒナミはんこそ大丈夫です?」
「心配ご無用じゃ! 妾は【剣聖】じゃぞ。竜1匹捌いて、熱々の銀米の上に乗せてやろう」
「砂糖醤油で食べるのも悪ないですなあ。なんやお腹空いてきましたわ。さて、じゃあ、王様がまごまごしてるうちに、うちが一番槍ならぬ一番刀をいただきましょか」
それまで蝶のようにひらりと炎を回避していたクロエの動きが、鋭角に変わる。
方向転換すると、竜に向かって行くかと思いきや向かっていったのは、近くの森であった。
1本の木に向かうと、柄に手をかける。
「メーベルド流刀術――――」
【蘭月】
メーベルド流刀術の特徴でもある逆手で抜くと、無数の斬撃が飛んだ。
それは蘭のように咲き乱れ、月光のように冷たく光る。
1本の木は複数の剣閃によって切り裂かれると、コンッと倒れた時には1枚の長板になっていた。
「なるほどのぅ」
それを見たヒナミが意地悪く笑う。
クロエを追って加速した。
そのクロエは長板の中心を、岩の中心に置き、セットする。
その間、森に入った両者を追いかけるように、黒竜はブレスを吐いた。
質量が伴った炎を見ながら、クロエは板の片方に乗る。
「心得た!! クロエ!!」
遅れてやってきたヒナミが、もう片方の板の先端に乗る。
ヒナミの体重は軽いが勢いを付けてならば、クロエぐらいなら造作もない。
バンッ!
テコの原理でクロエは飛ばされる。タイミングを飛んだための跳躍力はなかなかものだった。
「あら?」
だが、それでも黒竜がいる高度に達しない。
そのまま落下すると、先ほど乗っていた板の先端に戻ってきた。
待っていたのは、ヒナミだ。
「残念だったな、クロエよ。1番刀は妾のものじゃ」
「さて……。それはどうでしゃろ?」
クロエは勝ち誇ったように笑う。
対するヒナミも負けてないとばかりに口角を上げた。
「では行ってくる。心配するな、二の太刀ないぞ」
バインッ!!
ヒナミは打ち出された。
真っ直ぐ迫ってくる竜へと向かって行く。
来い! とヒナミは刀を構えたが……。
「あれ? あれれれれ??」
黒竜はまだ向こう。
完全にタイミングを逸していた。
「しまった!」
素ッ頓狂な声を上げるヒナミだったが、如何に【剣聖】といえど、世の理を覆すことは困難だ。
軽く、小さな身体が空から落ちてくる。
「不覚じゃああああああああ!!」
絶叫するヒナミだったが、そこに現れたのはクロエだった。
周りの木を登って跳躍した彼女は、落ちてきたヒナミの顔を踏んづける。そのまま思いっきり踏み込むと、ついに黒竜の高度に到達した。
「タイミング、バッチリや」
「クロエ! 覚えておれよぉぉぉおおお!」
ヒナミは断末魔の悲鳴の如く、クロエに向かって叫ぶ。
「悪いなあ、ヒナミはん。でも、うち結構やんちゃなところの出身やから、足癖が悪いんや……」
その言葉を背景に、クロエは握った刀を再び鞘に収め、空中で態勢を整える。
黒竜の巨体と牙が迫っていた。
「しっかり仇は取ったるさかい。安生、安らかに眠りについてや(下の方から「妾を勝手に殺すな!」という声)」
穏やかだったクロエの顔が引き締まる。
しかし、黒竜が今まさに迫ろうという時になっても、クロエは刀を抜かなかった。
うまく木の枝を使って衝撃を弱めたヒナミは難なく地上に着地する。
空を見上げた時、黒竜を前にして固まるクロエの姿があった。
「クロエ! 何をしておる! 刀を抜かんか!! ……まさか魔眼か!!」
竜――特に大型の古竜などは、魅了や石化の魔眼を持ち合わせていることが多い。
ヒナミは、クロエが黒竜の魔眼にかかったのかと考えた。
「このままではぶつかる!!」
いや、黒竜の体当たりで済めばいい方だ。
食われるのも、牙で八つ裂きになるのも時間の問題だった。
だが、それでもクロエは動かない。
瞼も硬く閉じたままだった。
『ガアアアアアアアアアアア!!』
黒竜が猛る。
その顎門を大きく開いた。
瞬間、クロエの瞼が開く。
「メーベルド流刀術――――」
【無眼】!
剣閃が空を割った。
クロエが伝えるメーベルド流は『最短』にして『最速』を追究する刀術である。
その神髄は相手の力を最大限に利用したゼロ距離カウンター。
ワヒト王国がかつて内戦の最中、乱戦を効率よく生き残るために生まれた。
その刀術は一見人間だけに通じるかと思われたが、メーベルド流はすべての敵に対して対応している。
たとえ巨大な竜とて、それが生命から外れた生き物だとしても、例外はない。
血しぶきが舞う。
黒竜の右口蓋から左目にかけて大きな傷が浮かんだ。
『グアアアアアアアアアア!』
溜まらず悲鳴を上げる。
無茶苦茶に暴れ回ったが、そこにクロエの姿はない。
ゆっくりと落下し、先ほどのヒナミと同様に木の枝をクッションにしながら、地上に降り立った。
そこにヒナミが到着する。
「仕留め損なったようだな」
黒竜を倒し損ねたというのに、ヒナミは少し嬉しそうだ。
「やっぱ空はあきまへんわ。踏ん張りが利かんから、どうしても剣速が鈍ってまう」
1つメーベルド流刀術に不覚があるとすれば、それは地上での乱戦を想定して生まれたものだということだろう。
空の敵にはどうしても威力が半減してしまう。
それでも、竜に深い傷を負わせたことは瞠目すべきことだった。
見ると、黒竜が離れて行く。
逃げたのかと思えばそうではなかった。
翼をはためかせると、さらに高度を上げた。
大口を開ける。
「まさか……」
ヒナミの背筋に汗が伝う。
直後黒い炎が一体に吐き出された。
出鱈目に放射されながらも、確実に森を焼き、その木の根を根こそぎ抉り飛ばす。
高い空からの攻撃に、ヒナミもクロエも逃げ惑うしかない。
2人とも達人であるため、躱すことに苦慮することはないが、反撃もできない。
先ほどの攻撃も木がなくなれば難しくなるし、そもそもいくらテコを利用したところで今竜がいるところまで飛ぶことは適わないだろう。
「滅茶苦茶だのぅ。クロエ! 策はあるか!!」
「うちは刀術家どすえ。空を飛んでる相手は専門外や」
「空を飛んでなければ良いのだな」
「何かあるん、王様」
「任せよ」
ヒナミは反転する。
羽織っている羽織を靡かせ、少女はついに柄に手を置いた。
そこに黒竜の黒炎が迫る。
「我流!!」
【黒炎返し】!!
ヒナミは斬った。
黒竜から吐き出す黒炎を……。
大地を焼き、蹂躙する質量ある炎を斬ったのだ。
それだけではない。
炎はその衝撃によって返される。
まさしく竜のように昇っていくと、その右翼を撃ち抜いた。
黒竜の体勢が崩れる。
なんとか片翼を動かし、対応しようとしたが、翼に空いた大穴はどうしようもなかった。
ついに黒竜は落下を始める。
巨大な黒曜石を思わせる巨大な質量は、焼け野原になった地面を穿つ。
それでも黒竜は生きていた。
首をもたげ、生気を示すように赤い目を光らせる。
しかし、次にその目が移したのは、盲目の刀士であった。
「メーベルド流刀術――――」
【力閃】!!
それはメーベルド流刀術でも珍しい抜刀術からの一閃であった。
黒竜の唸りが静まる。
直後、その首が横にずれると、そのまま土煙を上げて地面に落ちた。
ただ後は、黒い血が周りに満ちていくだけであった。