第265話 黒き3つ悪意と助太刀
☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★
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「余興は終わりだ!」
悪意は叫ぶと、手を突きだした。
膨大な魔力が収束していく。
それはヴォルフに集まった魔力となんら引けを取らない。
「まだこんな力を持ってるの?」
レミニアは驚く。
ヴォルフもわずかに眉宇を動かし、剣を正中に構えながら、様子を窺っていた。
膨大な魔力は圧縮に圧縮を重ねて、蜜のような液体になり爛れる。悪意の手の平からしたたり、地面にひたりと1滴落ちた。
さらに1滴、最後に2滴……。
合計にして、4つの魔力の滴が荒れ地に落ちる。かさかさに乾いた地面に浸蝕していくと、突然影が広がった。
影は沼地のようにドロドロになると、中から何かが現れる。
それぞれ生物を想起させるような姿を取ると、その特徴ある部分を動かした。
1匹は竜……。
1匹は巨大虎……。
1匹は炎のような翼を持つ怪鳥……。
最後はアダマンロールにも似た巨大な亀だった。
『こいつら……』
ミケにはすぐにわかった。
悪意が生み出した生物の強さを。
似たような気配を持つ魔獣を知っていたからだ。そいつはミケの宿敵であり、大事なご主人を殺した仇でもあった。
エミルリアで再会し、ヴォルフとともに討ち取った因縁の相手。
魔獣の王……。
それと同等――いや、それ以上の強さを兼ね備えていた。
「これは我が生み出した魔力生物だ。わかっていると思うが、1匹1匹がストラバール、いやエミルリアにいる魔獣たちを寄せ集めても勝てないほどの強さを秘めている。我の“隷”だな。すなわち――『星竜』、『百虎』『蘇雀』『拳錻』」
悪意によって名付けられた魔力生物たちは、口々に叫ぶ。
しかし、ヴォルフは冷静だった。
今さら、エミルリアで対峙した魔獣の王に少し毛が生えた程度の相手ではどうじない。
ルネットが考案し、聖樹リヴァラスが依り代となり、今ヴォルフのためにたくさんの人が魔力を分けてくれている。
エミルリアにいた時より数倍強くなっているヴォルフの敵になると思わなかった。
「この程度の相手を召喚して何をするのか? そう思っているのか、ヴォルフよ」
「貴様、何を企んでいる?」
「企む? そうさ。企むさ」
行け、お前たち――――。
再び魔物たちは闇に溶けると、地面の中へと消えていく。
その気配が遠ざかるのを感じたが、追跡はできなかった。ただ彼らは東に向かって移動したことだけはわかる。
東にはメンフィスがある。
悪意が考えていることは、すぐにわかった。
「避難民を襲うつもりか?」
「そうだ。その顔だ、ヴォルフ・ミッドレス」
フードの下で、悪意は愉快げに嗤った。
「今のお前は確かに強い。あの【軍師】が考案した強化魔法はなかなか機能だ。褒めてやってもよい。だが、我は言ったな。所詮は、お前はまがい物の英雄であると。お前にかけられた強化魔法が、そこにいる娘から他の人間にとって変わっただけに過ぎない。お前自身は引退した冒険者のまま……。うだつの上がらないただのDランク冒険者でしかない」
「違うわ……!」
悪意の言葉に真っ向から否定したのは、レミニアだった。
「パパは勇者よ」
「勇者だと……。この男がか?」
傑作だ、と悪意は嗤う。
だが、レミニアは真剣だった。
「パパはわたしと約束してくれた。わたしの勇者になるって。今、パパはわたしを背にして戦ってくれる。あなたが認めなくても、わたしは認めるわ。パパは勇者だって……」
「ふん。その作り物の英雄を作ったのは、お前ではないか、【大勇者】よ」
「その話はもういいでしょう!」
「怒るな、小さき勇者……。そら、すでに影響は出ているぞ」
悪意は顎を上げる。
ヴォルフに注がれていた魔力が急激に下降し始めたのだ。
それは悪意にとって千載一遇の好機だった。
地面を蹴ると、ヴォルフと撃ち合う。
「どうした!? 先ほどの威勢は! 打ち込みが随分と軽いぞ」
「ふふふ……」
笑ったのは、ヴォルフだった。
戦場ではいつも真剣で、口元をきっちり結んで相手と対峙する【剣狼】が、珍しく口端を吊り上げ、明確に微笑んだ。
「何がおかしい」
表情こそ分かりづらいが、明らかに悪意の言葉には焦りのようなものが感じられた。
「おかしいさ。……お前は言った。この世界で唯一無二の存在になる。そのお前が、自ら生み出した偽物の生命といえ、手を貸してもらっている。自分で言った言葉を撤回するほど、そうなる状況に追い込まれているってことだ」
「なに……」
「お前は、お前自身の言葉で自分の行動を否定した。自分の言葉を違えるほど、お前の意志は薄っぺらいものなんじゃないのか?」
「ふふふ……。そうね。パパの言う通りだ」
『うにゃ! ご主人の言う通りだ』
「き・さ・ま・らぁあああああ!!」
悪意の顔が赤くなる。
それでもヴォルフは懸命に打ち返しながら、悪意を払う。
「それに、俺が助けに行くほどのものじゃない」
「はっ! 強がりを」
「いや、自分でわかる。今、俺には多くの魔力が注がれている。その中に、お前が放った魔力生物以上の手練れがいる」
「我が放った魔力生物以上の手練れだと……」
「彼らならやってくれる。さあ、ご託はいい。……そろそろ決着を着けようじゃないか」
ヴォルフは構え直す。
一瞬歪んだように見えた魔力は、すでに元の澄んだ魔力に戻っていた。
◆◇◆◇◆
黒雲の中から、それは地上を覗き見るように現れる。
多くの避難民の列を見つけると、牙を研ぐように口を開け、威嚇した。
あちこちから悲鳴が上がり、散り散りになって近くの森や岩陰に隠れる者たちもいた。
そして、街道には誰もいなくなる。
否――――。
2人。
愛刀を持って、立っていた。
逃げ遅れたという風でもない。
現れた竜を眼光鋭く睨んだ。
「なんかありますやろ、と思うてたけど、やっぱりなんかありますなあ」
「良いではないか。少々退屈しておったところだ」
1人は盲目の剣士。1人は小さな子どもの剣士。
いずれもワヒト王国の伝統衣装を身に纏い、腰に下げた刀の柄に手をかける。
「さあ、来なはれ」
「余を楽しませるのだぞ」
そして、2人は微笑を浮かべるのだった。
新作『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる ~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』がもうすぐ完結となります。クライマックスまで近づいておりますので、お盆休みの読書タイムにご活用下さい(ブクマと評価も是非!)