第26話 おっさん、雷獣を纏う
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災害級魔獣。
城、街、広範囲の地形を壊滅することが出来る力、スキルを持つものに与えられる最高ランクの魔獣のことをさす。
Sクラスの範囲はピンからキリまであり、村1つを破壊できる力を持つ魔獣がいるかと思えば、かつて一大陸を死滅させるに至った事例まで存在する。
要は、人類が総力戦を仕掛けなければならぬほどの手強い魔獣をさす言葉として、災害級が使われている。
アダマンロールは、その中でも最悪の部類だ。
まず発見が難しい。
突然、地中深くに出現し、目視での発見はまず不可能。
攻撃力もまさに災害級だ。
身じろぎだけで街1つを壊滅せしめるほどのエネルギーを持つ。
その予兆が身体に感じる程度の微震だ。
そこでようやく地中にアダマンロールがいることが発見される。
そして、その代名詞が、内核をスッポリと覆う硬い外殻だ。
“硬い”と表するには、失礼というほど、とにかく硬い。
まず魔鉱を用いたミスリルの刃が通らない。
最大クラスの魔法や、補助スキルでもビクともしない絶対的な鎧を、アダマンロールは纏っている。
控えめにいっても、無敵――。
唯一弱点があるとすれば、その巨体ゆえ移動速度が極端に遅く、年単位でも人の10歩ほどしか動けないことぐらいだ。
それでも200年の歴史で、アダマンロールは何度か討伐されている。
1人は有名な伝説の勇者レイル。
そして現勇者にして、先日の魔獣戦線において功績を収めた【五英傑】の1人――ルーハス・セヴァットだ。
だが、類い希なる能力を持つ2人を支えたのは、雪人――つまり刀匠たちが作る「刀」の力も必要不可欠だといわれている。
2つを合わせてやっと……世界最硬度といわれるアダマンロールの外殻を斬ることが出来るのだ。
「拙者の曾祖父はレイル殿の刀を、父はルーハス殿の刀の管理を任されておる刀匠だったでござる」
しかし、エミリの父は他界。
アダマンロールを斬ることができる刀の技術は、彼女に託された。
「しかし、拙者の業は未熟。それ故、拙者が魂を込めた刀――【カムイ】を存分に振るってくれる人間を捜していたでござる」
各所で剣士を襲っていたのは、その力を量るためだった。
「犯罪であることはわかっている。それでも、このハイガルを救うため止むを得なかった。アダマンロールを斬ることができれば、自首する。腹を切れば切る覚悟でござる。それでも今は、助けてほしいでござるよ、ヴォルフ殿」
銀髪が垂れる。
いつの間にかエミリは、地面に膝をつき、額を擦りつけていた。
ヴォルフはただ傍観するしかない。
事態が急転直下すぎて、頭がついてこなかった。
「待ってくれ、エミリ。俺なんかを頼るより、【五英傑】のルーハスって人に頼んだ方が良くないか」
ヴォルフもよくは知らないが、噂には聞く。
世界最高の剣士と名高く、レイルを越えるのではないかと目されている人物だ。
ようやく片田舎から出てきたポッと出の冒険者に頼むよりは、ずっと信頼できるだろう。
「それに、アダマンロールが地中にいるなら、なぜ国は動かない。この街の人を避難させない!」
エミリはおもむろに顔を上げる。
膝の上に手を置き、事情を語った。
「国はアダマンロールが地中にいることを隠し通すつもりでござる」
「な――なんで!!」
国がハイガルの地中深くにアダマンロールがいると確認したのは、魔獣戦線が行われている最中だった。
それでも、国は避難を呼びかけなかった。
ハイガルは良質な武器・防具の一大製産地だ。
人類が総力戦で戦っている最中に、その工房の製産を止めることは、絶対に出来ない。
だから国はアダマンロールがいることを見て見ぬ振りをしている。
知らなかったということにして、その後の責任を回避するつもりだという。
「たとえ我らが避難を呼びかけたところで、国は軍隊を派遣してでも、この事実を隠蔽しようとするでござろう」
つまり、地震で死ぬか。
軍隊に虐殺されるか。
いずれにしろ、この街の住民が生き残るためには、もはやアダマンロールを斬る以外に手立てがないことは確かだ。
「それはムラド王の決定なのか?」
ムラド王は仁義に厚いお方だと聞いている。
そういう人間が、街1つを壊滅させることを良しとする決定を下したとは、とても思えなかった。
「異国ものの拙者にはよくわからぬ。だが、レクセニル王宮はかなり腐敗が進んでいると聞いているでござる。周りの良からぬ奸臣が、王の耳に入れないようにしてるやもしれぬ。だが、どちらにしろ時間がない。ルーハス殿も、この件に対して動かないつもりだ」
「勇者が何故――」
「それは拙者の責任でござる。父が死に、自動的にルーハス殿の刀を管理する役目は拙者が担うことになった。しかし、いまだルーハス殿が納得する刀を鍛てていないのが、現状――。すべては拙者が未熟ゆえ」
斬れる刀がないから、街を見捨てる。
つまりはそういうことだ。
勇者――五英傑が聞いて呆れる。
人を助ける力があるからこそ勇者と呼ばれるのではないか。
温厚なヴォルフは、まだ見ぬ相手に初めて怒りを覚えた。
「ミケ……」
「あいよ。行くんだろ、ご主人。あっちもついていくよ」
「出来ると思うか?」
「剣だの刀だの。斬るだの斬れぬだの。あっちにはわからないよ。でもな。あんたはこの【雷王】が認めた男だ。きっとやり通せるさ」
ヴォルフは力強く頷く。
腹は決まった。
「エミリ。俺をアダマンロールのところに連れて行ってくれ」
◇◇◇◇◇
ヴォルフ、エミリ、ミケの2人と1匹は、ハイガルの地下に広がる大空洞へと降りていく。
おそらく何千年前は水脈だったのだろう。
今は枯れて、ひたすら大きな空間が西に向かって続いていた。
「なかなか便利なネコマタであるなあ」
闇の中で発光するミケを見ながら、エミリは評する。
初めて出会った幻獣に興味津々で、モフモフの毛に触りたくて仕方ないらしい。
だが、ミケは気安い獣ではない。
先ほどからエミリの手をかいくぐっては、砂をかけていた。
「それよりいいんですか? 刀をもらって」
ヴォルフの手には先ほどエミリに手渡された【カムイ】があった。
半身を鞘から抜いてみたが、見たこともないほど美しい形と表面をしている。
刀自体から静謐な殺気が見えるほどだ。
柄に手をかけると、また不思議だった。
もう何十年も使っているかのように手に馴染む。
まるでヴォルフのために鍛えられた武器のようだった。
「別に構わないでござるよ。拙者、今は手持ちがないゆえ。報酬は刀ぐらいしかないでござる」
刀ぐらいというが、刀匠は自分が認めた人間にしか刀は鍛たない。
仮に市場に出回れば、ミスリルよりも遙かに高価なものだろう。
そう考えただけで、貧乏性のヴォルフは手が震えた。
「ヴォルフ殿ほどの実力者なら、十分刀を使うに値するでござるよ。むしろ、使ってくれた方がいい。他の剣では、ヴォルフ殿の力の10%も引き出せぬであろう」
「わかるのか?」
「これでも刀匠ゆえ……。ヴォルフ殿が武器に遠慮して、力を抜いていることは一合目でわかったでござるよ。だが、遠慮は無用。その【カムイ】なら、ヴォルフ殿の力を100%引き出すことができるでござる」
ひたりとミケが止まる。
同時に、ヴォルフもエミリも足を止めた。
「魔獣か……」
ミケは異色の瞳を細める。
猫の姿から、大きなネコマタの姿へと形を変えた。
逆立った白毛には雷精を帯び、「ふー」と威嚇する。
立ち並ぶ石筍から現れたのは、人の背丈の倍ほどあるゴーレムだった。
「ゴルドゴーレム……」
Bクラスの魔獣だ。
アダマンロールと同じく、地下に出現し、洞窟などに住み着く習性をもつ。
硬い鉱石などが主食だと、レミニアの母が残した遺稿には、そう書かれていた。
「なるほど……。アダマンロールの硬い外殻は、こいつらにとってはご馳走なのかもな」
1体が、2体となり、2体が10体になる。
気付けば、ゴルドゴーレムの壁ができていた。
「エミリ、何体かは任せていいか?」
「むろんでござる。むしろ、ヴォルフ殿にはアダマンロールと戦う時のために力を温存してほしいでござるが」
Bクラスといえど、ゴルドゴーレムの外皮も硬い。
1人で殲滅は難しいだろう。
ゴーレムたちは、やってきた人間を指向する。
彼らも魔獣の端くれだ。
鉱物と同じく、人間もご馳走であることに変わりはなかった。
地響きを起こしながら、ゴルドゴーレムが襲いかかってくる。
ヴォルフとエミリは柄に手をかけた。
同時に飛び出す。
2つの剣閃が交錯した。
一体のゴーレムが、×の字に切り裂かれる。
どぉと白煙を上げながら倒れた。
「すごい……」
ヴォルフは改めて抜いた刀を見た。
鋼の剣よりも重い刀身。
だが、振ると初めてわかったが、羽根がついたように軽い。
今のも、やろうと思えば、単独で2撃入れることが出来た。
何より、50の力で振っても、刃こぼれ1つしていない。
いける……。
確信した。
ヴォルフは振り返る。
いまだ背を向けたままの鈍いゴルドゴーレムに襲いかかる。
空気を切り裂く。
同時に、ゴルドゴーレムの体躯が2つに割れていた。
まるで油脂を斬っているようだ。
常に斬りながらストレスを溜めていたヴォルフの口元に、珍しく笑みがこぼれる。
初めてだった。
戦いがこんなに楽しいと思ったのは……。
「ご主人やるな……。あっちだって!」
【雷王】の体毛が光る。
一体の頭上に、巨大な落雷を落とした。
ミケは得意げに鼻を鳴らす。
だが、ゴルドゴーレムはまだ生きていた。
かなりのダメージを負ったが、やはり硬い体肌がネックらしい。
「ミケ! あれをやるぞ!」
見かねたヴォルフが声をかける。
あれ? と首を傾げたのは、エミリだった。
「チッ! わかったよ。ここはご主人様の命令に従うぜ」
再びミケの身体が光る。
雷を落とした。
ヴォルフにだ。
エミリは思わず「な! 馬鹿な!」と慌てた。
だがヴォルフは生きていた。
いや、生きていたというだけではない。
ミケが落とした雷を帯び、毛を逆立て立っていた。
「まさか【肉体強化】か!!」
エミリは叫ぶ。
その推測は正しかった。
ヴォルフは駆ける。
光の速さでだ。
【雷王】の疾走に似て、次々とゴルドゴーレムを破壊する。
その速さは一瞬にして、洞穴の端を捉えた。
ぶつかるかと思われたが、そのまま岩壁を削りながら、一条の光が上っていく。
ちょうど直上に達すると、槍のように落ちてきた。
1体のゴーレムを粉砕する。
煌びやかな雷精を漲らせ、そのまま袈裟に振るう。
2体の巨躯をバラバラにした。
圧倒的な速さ、そして破壊力にBクラス魔獣は為す術もなく蹂躙されていく。
雷を纏った人獣は、息を吐く間もなく、地面を削り、ゴーレムを破壊した。
まるで神々の戦い方を見ているようだった。
たまたま特等席にいたエミリは呆然とするより他ない。
【大勇者】の強化。
【雷王】のブースト。
【雷獣纏い】と名付けられたスキルは、ヴォルフの力を極限まで高めていた。
魔獣討伐のクエストをこなすうちに出来上がった2人の必殺スキルだ。
岩肌から伸びた石筍を壊し、ヴォルフは滑るように制動をかけた。
焦げ痕が墨を塗ったかのように一直線に伸びている。
その背後のゴーレムたちはすべて塵となり霧散した。
「すごい……」
エミリは刀を下げ、赤い眼を広げて感心する。
ヴォルフはカムイを見ていた。
やはり刃こぼれはしていない。
闇の中でも新品のように光っていた。
空を切り、ヴォルフは納刀する。
チンと涼やかな音色が大空洞に響き渡るのだった。
明日、とうとう災害級討伐です!
作者渾身の1話となっているので、是非是非読んで下さい!!
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2018/1/31掲載