第262話 最も傷付いた者
☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★
『アラフォー冒険者、伝説となる』コミカライズ19話が、
BookLive様で更新されました。
アダマンロールとの死闘を最後まで是非ご覧下さい。
新規絵も変わって、心機一転! よろしくお願いします。
ヴォルフの強化を高めるためには、魔力が必要だ。
聖樹リヴァラスを媒介とした強化魔法に必要なのは、単純に人の魔力だった。
頭数が欲しいなら、強制的に魔力を吸い出せばいい。
だが、そんなことをすれば、今ヴォルフと戦っている悪意とあまり変わらない。体面など気にしている場合ではないのは、百も承知なのだが、そうやって強制的に吸い出した魔力は歪みを生む。
魔力とは、人の願いだという学者がいる。
だが、願いは正しくもあり、邪な時もある。
その場合、後者は魔力を歪ませる原因になる。
しかも、今依り代となっているのは、リヴァラスだ。
すでにヴォルフを助けるために、相当な力を使った聖樹にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。
さらに邪な魔力は、ルネットがヴォルフ自身に仕掛けた強化魔法も影響を受ける。
とてもピーキーな代物であるため、1度不純物が混じれば、ヴォルフの方がコントロールを失って、魔法自体の効果を打ち消してしまう。
魔力を歪ませないには、どうしたらいいか。
それは、魔力を掲げる人間との共通認識を持つこと。
即ち、ヴォルフ・ミッドレスのことを知ってもらうことだと、ルネットは結論づけた。
その役目はできれば、ルネットや五英傑などではなく、武器を持たない民衆がいい。
同じ武器を持たず、似たような境遇の者こそ、民衆の心を打つのだと、ルネットは考えた。
そこで選んだのが、ミランダ・ヴィストとテイレス・レッダーだった。
ヴォルフと深く関わる彼女たちなら、きっと民衆を説得してくれると信じていた。
のだが……。
「ええい! 黙って、ヴォルフに力を貸すんだよ!!」
「あんたたち、このまま世界が壊れてもいいのかい!!」
ミランダとテイレスに対して、集まった民衆の間にいざこざになっていた。
ルネットからすれば、ミランダとテイレスは悪くない。彼らの話はまさしくヴォルフ・ミッドレスの人の良さを現していただろう。
だけど、それは単なる「いい人」を説明しただけの話だ。
さらに、互いにどこか自慢話みたいなものまで含まれていて、それがさらに余裕のない民衆たちの怒りを買ってしまった。
結果として、2人と民衆の間に諍いが起こったのである。
「まずいわね」
見るに見かねて、ルネットは間に入るが、その前に2人と民衆の間に入ってきたのは、鼠牙族といわれる亜獣人だ。
「コノリ……」
鼠の姿をしているが、歴とした聖樹リヴァラスの巫女だ。
今回、リヴァラスを依り代とすることを許可したのも、彼女の協力があったからである。
「ワタシ〝も〟 う゛ぉるふ ニ タスケラレタ」
鼠牙族は亜獣人で普通の獣人よりも知能が低い。
人間の言語ですらおぼつかないはずだが、おそらく必死に勉強したのだろう。
「う゛ぉるふ サン ハ せいじゅ ヲ タスケタ。トテモイイヒト」
すると、コノリは膝を突く。民衆の方に向かって、頭を下げた。
「オネガイ。タスケテ。セカイヲ、せいじゅヲ、タタカッテルう゛ぉるふヲ……」
涙ながらに訴える。
舌足らずながら胸を打つ演説だった。
コノリはよく頑張ったと思う。
だが、残酷にも誰も振り向かなかった。
ただじっとしている。
中には、コノリの姿を見て、忌々しいとばかり顔を顰める者もいた。
1人の男がコノリの前に進み出る。
「ふざけんな!」
コノリを蹴り上げる!
「あんた、だいじょうぶかい!!」
「なんてことをするんだい!!」
テイレスが駆け寄れば、ミランダは杖を振るう。
だが、男はどこ吹く風だ。
ケッ! 聖域の地面に向かって唾を吐く。
「何が悲しくて、おっさんを助けなければならないんだよ!」
「なんだって……??」
ミランダは我が耳を疑った。
「俺たちは俺たちのことで精一杯なんだ」
「見知らぬ男に手を貸せって!」
「そいつが、王都で暴れ回ってるヤツを倒せばいい」
「わたしたちが手を貸さなくても大丈夫じゃないの」
「そうだ。そのおっさんが倒せないなら、そいつが悪いだけだ」
口々と拒否を申し出る。
中にはヴォルフに対して、誹謗中傷する人間まで現れる。
ルネットは絶句する。
ここに至って、人に頼るどころか、今まさに戦っている英雄に対して罵詈雑言を放つ。その精神が、英雄であるルネットには理解できず、怒りどころか呆れて物もいえなかった。
「あなたたち……。ストラバールがなくなってもいいの?」
「【軍師】殿……」
声をかけたのは、老人だった。
ルネットのことを知っているということは、元冒険者か軍関係者なのかもしれない。
近くの岩に座ったまま、真っ白になった睫毛をルネットに向けた。
「わしらは、もう諦めたのだ」
「諦めた?」
「内乱、ラムニラ教の神殿崩壊、【不死の中の不死】の復活、そして今回の件……。レクセニル王国は不穏なことが続いている。その度に我らの生活が危ぶまれた。正直言おう、『またか』としか思えないのだ」
ルネットは、ハッとこの時ようやく気付く。
確かにレクセニル王国は短期間に多くのことが起こった。
それこそ王国そのものが瓦解しそうな出来事ばかりだ。
その度に、被害を受け、巻き込まれてきたのは民衆たちである。
内乱では兵士を失い、ラムニラ教の神殿崩壊では信心を失い、【不死の中の不死】の復活においては大規模な魔力によって魂を失い、そして今回ついに彼らは住む場所すらを失った。
レクセニル王国は何度も危機を迎えた。
が、その度に英雄――つまりヴォルフが現れ、解決してきた。
それですべてが解決したと、ヴォルフもそして英雄側であるルネットたちも思っていた。
でも、違うのだ。
国民はしっかり傷付いていた。
本来時間によって回復するものが、時を於かずして抉られていった。
もうボロボロなのだ。
「こんな状態で魔力を送っても……」
魔力は歪んだまま。
結局、魔力は送れない。
◆◇◆◇◆
「ぐはっ!!」
突然、ヴォルフは吹き飛ばされた。
先ほどまで優勢とみられていたのに、悪意に対して打ち負ける場面が目立ってきた。いや、明らかに悪意の方が押している。
「パパ!!」
レミニアの声を聞いて、ヴォルフは起き上がる。
刀を持つには持ったが、先ほどよりも明らかに身体が重く感じる。
(強化魔法の効果が……落ちてる?? ルネットさん、何かあったのか?)
今、ヴォルフが悪意とやり合えているのは、ルネットが施した強化魔法だ。
その出力が明らかに落ちている。何が原因なのか。ヴォルフにはさっぱりだった。
状況は悪意自身にも伝わっていたらしい。
フードから見える口端を吊り上げ、笑う。
「お前たちのことだ。レクセニルの全国民の魔力を使って、我に対抗しようとしたのだろうが無駄だ。ここの国民は度重なる厄災に見舞われてきた。……もはや立ち上がる力などない」
「そんな! そこまで考えて!」
「いや……。だが、少し考えればわかるだろう。そして英雄たるお前らにわかるまい。弱者の心などな」
「あなたにはわかるっていうの?」
レミニアが口を挟む。
「理解はせぬ。だが、事象に至る結果について自明の理であろう。何度も心を刻まれ、細くなれば立っていられない」
「あなた……」
レミニアは何か疑いの目を送る。
悪意は話を続けた。
「ククク……。人間とは何と弱いことか」
「そうだな。人間は弱い」
ヴォルフは認める。
それは自身がよくわかっていた。
1度自分の弱さに負けて、ヴォルフは剣を折ったからだ。
「だが、たった1人は無理でも自分の背中を押す者がいるなら、何度だって立ち上がれる」
それが人間だ……!