第259話 最高の強化魔法
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新しい武器を求めて、鉱山の街へとやって来たヴォルフ。
そこでは辻斬りが横行していて……。
是非読んで下さいね。
温い……。
その華麗な一撃と一緒に、悪意に向かって突き放した言葉は、レミニアに衝撃を与えた。
頽れる悪意と同様に、レミニアもまたヴォルフの変化に瞠目する。
明らかに自分が知っているヴォルフの強さではなかった。
それは邪にねじ曲がったというわけではない。ヴォルフらしい、正道に立つ力を感じる。
ただヴォルフの源がレミニアの頭脳を以てしても理解できなかった。
父と娘が別れて、精々数ヶ月程度である。
ヴォルフの成長は目を見張るものであることは、レミニアは十分理解はしていたけれど、それでも今あの悪意を圧倒している強さは、レミニアの予想の外にあった。
「ねぇ、猫さん」
『あっちは猫じゃないニャ! 幻獣ニャ!』
シャーッ! 気勢を上げるが、レミニアは構わず話を続けた。
「わたしと離れている間に、パパに何があったの?」
【鑑定】の魔法でも使えれば、すぐにヴォルフの力の正体を暴くことができるだろう。けれど、今レミニアにはその力がない。
パパのことなら何でも知ってる【大勇者】もこの時ばかりは、側にいる父の相棒に頼った。
『ご主人は負けたと思ってるニャ』
「え? パパ、また誰かに負けたの?」
『いいや。ご主人は最善を尽くした。けど、救ってやりたかった女の子を救うことができなかった。それがご主人の後悔ニャ』
「もしかして、あの天使……」
『そうニャ。あれはエラルダっていう女の子ニャ』
「エラルダって……。五英傑の?」
『らしいニャ。あっちも詳しい話は聞かなかった。こっちはこっちでやることがあったからニャ』
ミケは遠い目をする。
そこにどんな感情が流れているのか、ミレニアには想像も付かなかった。
『ご主人はストラバールから帰る途中、もうエラルダのような犠牲を出さないようにと誓った。ご主人は落ち込みやすいけど、ちゃんと立ち上がってくる強い人間にゃ!』
「そうよ。パパはそんなことでくじけたりしないわ」
レミニアは知っている。
ヴォルフは負け続けてきたことを。
助けたいと思った人間を助けられなかった無念を。
そしてヴォルフが1番怖がっていることは敗北に慣れること、無念を前にして立ち上がることのできない己自身であることも知っている。
レミニアにしては、ヴォルフの中に大きな葛藤があったとしても、パパが立ち上がってくることは当然だった。
『そこでご主人にこう言われたニャ』
なあ、雷獣纏いって他の人もできるのか?
ヴォルフの質問に、ミケは最初戸惑ったという。
雷獣纏いは文字通りミケの力を浴びて、一時的に基礎能力を上げる――率直に言うと、レミニアがやっていた強化魔法に近い。
だが、誰でもできるわけじゃない。
ヴォルフのようにレミニアの強化魔法によって鍛え上げられた身体能力がなければ、並みの人間は堪えられない。
とても危険な技なのだ。
そう返すと、ヴォルフは『違う』と言った。その一言が、ミケをさらに混乱させる。
すると、ヴォルフは言った。
お前が俺に力を与えているようにみんなの力をもらうことができないかなって……。
「パパがそう言ったの?」
『うん。そうだぜ。ご主人は続けてこう言った』
俺は自分自身を過信していた。強くなれば、努力すれば何者にもなれるって思ってた。だから、何者にもなれない俺は、ただ単純に才能がないと思っていた。だから、ずっとがむしゃらにひたむきに頑張ってきたけど、結局Dランク止まりだった。
でも、娘ができて、同時に冒険者を引退して、その娘に偶然にも強化された時、初めは戸惑った。俺に取って、力は自分で勝ち得るものだと思っていたから。娘の力は強大だったけど、それを無闇に、そして自分の力として扱っていいのかと迷った。
だが、ひょんなことにラーム――賢者の爺さんに出会って、こう言われた。
『大事なのは、己の信念ではないのか?』
確かに強化の力はレミニアのものだ。でも、たとえ他人のものでも、今俺が手にして、それを使わなければ救えない命があるというなら、俺は迷わず使う事を決めた。
今、そこにあることが運命なんだ。
そう思うことにした。
だから、みんなの力を貸して欲しい。
文字通りの意味で……。
「それでどうなったの?」
『ルネットってねーちゃんいるニャ』
「それも五英傑の……。確かわたしが復活させた」
『そのルネットに事情を話したら、めっちゃ笑われてから、そういう魔法を作ることにした』
「魔法を作る。独自開発したの」
『そうニャ。今、ご主人にはたくさんの人間の力が集められているニャ』
レミニアはジッとヴォルフを見つめた。
魔力は切れたが、レミニアには天上族の血が流れている。
ストラバールに住む人族よりも感覚が鋭い彼女には感じることができたのだ。
今、ヴォルフに流れる膨大な魔力を。
それはレミニアがかけてきた強化魔法の比ではない。
自分の力ではないことは口惜しい限りだ。
今さらだが、魔力をすっからかんにしてしまった自分の不手際を悔やむ。
項垂れるレミニアを見て、ミケは言った。
『あっちは幻獣だから人間のことをよくわからないニャ。でも、あっちにもミランダって家族がいるニャ。ミランダが泣くと、あっちも泣きたくなるし、ミランダが頑張っているとあっちも頑張ろうって気になる。嬢ちゃんにとって、ご主人もそんな存在じゃないかニャ?』
「もしかして、慰めてくれてるの、あなた」
『んにゃ! 別にそんなことは考えてないニャ。でも、人の背中を押す時、魔力や魔法を与えるだけじゃないと思うニャ』
「ありがとう、猫さん」
『だから、猫じゃないニャ!!』
再びミケは威嚇する。
レミニアは少し赤くなっていた目を軽く拭った。
自分にはできることは少ない。
だから、できることを精一杯しよう。
レミニアは大きく息を吸い込んだ。
「パァァァアアアアアアパァァァァアアアアアアアア! 頑張ってぇぇぇぇえええええええええええええええ!!」
レミニアの……。
娘の……。
【大勇者】の……!
力強い声が響く。
それは疾風のように戦場を横切り、ヴォルフの耳に届いた。
娘の声を聞いたヴォルフは、1度刀の柄から手を離し、レミニアに向かって親指を立てるのだった。








