第252話 新生【五英傑】
ヴォルフは落ち着いた後、母レミニアに助かってからのことを聞いた。
何故、レミニアの前に現れなかったのか、と……?
「責めているわけではないんだ。でも、一目会ってやっても良かったんじゃないかって……」
「ヴォルフさんの言うとおりです。しかし、私がおいそれと娘に近づき、ガダルフが娘と私の関係に気付くという可能性が恐ろしかった……」
「レミニアを守るためだったんだな」
ヴォルフの言葉に、母レミニアは頷く。
そして、助かってからのことを訥々と話し始めた。
母レミニアの人生が、あのガダルフの存在を探すことだけに注がれた。15年以上流浪し、痕跡を見つけては調べ、再び次の痕跡を探す日々だったのだという。
「その身体は?」
「ああ。それを説明していませんでしたね。ガダルフとの戦いで、私は傷つきすぎた。身体の一部機能が使えなくなったのです。そこで魔法で再構成して、今の姿に……。ガダルフに面が割れているため好都合でした」
「なるほど。……それで、どうしてラームの弟子に?」
「ガダルフがこの世界で三賢者と呼ばれていることを知りました。その行方はようと知れませんでしたが、同じ三賢者のラーム様についていれば、何かしら情報を得られるのではないか、と…………」
すると、母レミニアは顔を曇らせた。
「どうした?」
「いえ……。あの方には色々翻弄されたところがありました。でも――――」
最期は弟子を守るために亡くなった。
ヴォルフには、その気持ちが痛いほどわかる。15年以上、同じような後悔を抱えてきたからだ。
「俺が言うのもなんだが、ラームさんはあなたを守れた。最期の最期で、己の叶えたいことができたんだ。そこに後悔はない。……それはあなたが1番わかってるんじゃないのか?」
「そうですね……」
母レミニアは目をつぶる。
ラームに祈りを捧げるように……。
その顔は少し穏やかになっていく。
「レミニア……さんって言うのも、おかしい感じだな」
「ならば、アクシャルと呼んでください。15年近く使ってきた名前です。今は、こっちの方が馴染みます」
「わかった……。アクシャル、最後に3つだけ答えてくれ」
「随分と質問があるんですね」
「15年行方知れずだったんだ。積もる話は色々あるさ」
ヴォルフは肩を竦めると、アクシャルはようやく笑みを見せた。
「聞きましょう……」
「ガダルフの目的はなんだ?」
一瞬、アクシャルは眉根を寄せる。1つ息を吐いて、落ち着いた彼女は聞き慣れぬ単語を呟いた。
「天元思想……」
「てんげんしそう?」
「天上族に古くからある思想です」
「どういうものなんだ?」
「すべてを『一』に戻し、『一』となったものが世界を再構築し、新しい世界へと作り替える」
「な、なんだ……。それは?」
「天上族は自分たちが完璧な種族だと考えていました。神のような存在だとも……。しかし、それは逆に言えば他の種族は完璧ではないということです。もっと言えば、世界そのものが完璧ではないと考えていました」
天上族たちは、その完璧ではない者をこの世から抹消し、あるいは統制することによって、世界を完璧に近づけられると思っていた。
そのための存在が……。
「魔獣か……」
「そうです。魔獣よりも強いものは天上族の統制に置き、魔獣よりも弱い種族は淘汰される。それが天上族が、2000年以上続けてきたことなのです」
カッと頭に血が上る。
ヴォルフはエミルリアでの出来事を思い出していた。
命を命とも思わない、歪んだ世界。
それを受け入れている人々。
エミルリアではそれが常識なのかもしれないが、それでもヴォルフには受け入れがたい考え方だった。
「その考えを極端に言い表したのが、天元思想です。完璧という天上族にも、個体によって誤差がある。……それは住む環境のせいであり、世界そのものが完璧ではないからだと」
「無茶苦茶だ……」
「ええ……。ですが、無茶なのはここからです。1度真に完璧な者を決め、その者の願いのまま世界を再構築する。これが天元思想……」
「つまり、世界で1番強い者を決めて、そいつが自分好みに世界を作りかえるということか?」
アクシャルは瞼を伏せて、応じた。
壮大というより、荒唐無稽……。
子どもじみてすらいる。
だが、それを大真面目に成し遂げようと言うのが、ガダルフという男なのだろう。
「ガダルフは異常です。ですが、それが天上族という種族でした。……私ですら、そう思っていた時期があった」
「アクシャルさん……」
「でも、私はこの世界に来てわかった。たとえ完璧でなくても人は、生きとし生ける物は、幸せになることができる。あなたが、私を救ってくれたように……」
そう言って、アクシャルはまた微笑む。
ヴォルフも笑顔で応じた後、また唇を結んだ。
「……2つめだ、アクシャル。ガダルフはどこにいる?」
「私にも……。ですが、レクセニル王国のどこかに潜伏し、私たちの戦いを見ていたことは確かです」
「あそこには、ガーファリア陛下がいる」
「彼の事は聞いています。レクセニル王国に入ったのも、すべての元凶たるガダルフを討つためでしょう」
「陛下とガダルフなら……」
「それは私にも……。ですが、あのガダルフがあっさりやられるとは到底――――」
と言うことは、レクセニル王国は今ガーファリア陛下の元ではなく、ガダルフの下で動いているという可能性もあるということだ。
さすがのヴォルフも、いやレミニアにすら今のレクセニル王国の様子を予想するのは難しい……。
1つ言えることは、行ってみるしかない、ということだ。
「2つ答えました……。最後の質問はなんでしょうか?」
「あ? ああ……。質問というか、これはお願いだ」
「はい……」
「レミニアに、俺の娘に会ってほしい」
「――――ッ!」
アクシャルは息を吸う。
ヴォルフはその瞳を見ながら、真摯に訴えた。
「アクシャル・カーンではなく、母レミニアとして、成長したレミニアに会ってほしいんだ」
「…………わかりました。ですが――――」
「わかってる。簡単なことじゃないことはな。けれど、俺はレミニアの勇者になるって決めたから。だから、必ず娘をあなたに会わせてみせる」
「なら、それまで私も頑張らないと……」
「いい薬がある。レミニアが作った薬だけどな。良く効く。とっっっっても苦いけどな」
「苦いのですか……? ふふふ……」
「あはははは……」
ヴォルフとアクシャルは声を上げて笑う。
15年前、二言三言喋っただけの2人の仲は、急速に深まっていくのだった。
「お話は終わりましたか?」
ヴォルフはルネットの下に戻る。
そこにはルーハス、イーニャ、そして巨人の冒険者ブラン、エラルダを除く【五英傑】の面々が残っていた。
側にはミケもいる。
「ああ……。ルネット、敵はガダルフだ」
「大賢者ガダルフ……。やはり――」
「予想はしていたのか?」
「確証はありませんでした。ですが、ガーファリア陛下を超える者とは……」
「陛下も強い……。だが、俺にはわかる。あいつと、もう1度戦う――そんな気がするんだ……」
ヴォルフは拳に力を込めた。
「ガダルフの願いは、世界の消滅だ。レクセニル王国では何が起こっているのかわからない。もう戦さってレベルじゃないかもしれない。それでも――」
「行くわ。……そのために生き返ったようなもんなんだから」
ルネットは腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべる。
「ちょうどいい。あいつには借りがあるからな」
真新しい太刀を掲げたのは、ルーハスだ。
「やっと暴れられるぜ……。ウズウズしてたんだ!」
イーニャは拳を打ち慣らした。
「えっと……。えっと……。頑張ります!」
ブランがアジトの入口から顔を出したまま答えた。
その入口からどんどん人が集まってくる。
ルネットの考えに賛同し、世界中から集めた猛者たちだ。
ヴォルフの話を聞いていた彼らもまた、大きく頷いた。
「ヴォルフさんも入れて、新生【五英傑】の誕生といったところかしら」
「俺が【五英傑】に?」
「問題ないでしょ? ルーハスも1本取られたようだし」
ルネットは意地悪な顔を、ルーハスに向ける。しかし、当人はひどく冷静だ。
「今のところ1勝1敗だ。だが、次はやった時は後れをとるつもりもない」
ルーハスは瞳を閃かせる。
新生【五英傑】というが、未だヴォルフをライバル視しているようだ。
とはいえ、ヴォルフも満更というわけではない。
「俺も決着をそのままにしておくつもりはない。この戦いが終われば、いつでも応じるさ」
「その言葉、後悔するなよ」
ルーハスは目を伏せる横で、ルネットはパンと手を叩いた。
「ヴォルフさんの許可が降りたところで、リーダーはヴォルフさんってことでいいわね」
「はあ? おいおい。俺は新参者だぞ」
「だからよ。この【五英傑】ってね。元々新参者がリーダーになるの」
ヴォルフが呆気に取られると、イーニャが説明してくれた。
「初めルーハス1人で、その後にブランとエラルダ、そしてあたいってわけ。ルネットは1番最後なんだよ」
「良かったわ、後輩ができて……。私、リーダーって柄じゃないし」
「一番の仕切屋が何を言ってるんだよ」
イーニャは半目で睨む。
すると、ルネットはこほんと咳払いした。
「まあ、リーダーと言っても、ガーファリア陛下かガダルフを相手するヴォルフさんは、指揮どころじゃないでしょ。他は私たちに任せて、頑張ってちょうだい。……私たちのすべてをあなたに託すわ」
そう言って、ルネットは拳を突き出す。
彼女の手に手を置いたのは、イーニャだ。次にルーハスが手を置き、入口でブランが拳を見せていた。
そしてヴォルフの前に手を置いた者がいる。
ミケだ。
『あっちを忘れるなよ、ご主人』
ウィンクする。
「忘れてなんかいないさ。猫の手も借りたいぐらいなんだからな」
『ふん。あっちは猫じゃないにゃ』
「その言葉、久しぶりに聞いたよ」
最後に、ヴォルフが手を置いた。
「俺たちでガダルフの野望を阻止する。みんなの力を貸してくれ」
行くぞ!!
「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」」
声を揃えると、それは他の猛者たちにも伝播していく。
ミケも大きく遠吠えを上げて、鬨の声を上げた。
すべてのわだかまりを振り払い、ついにヴォルフは決戦の地――レクセニル王国へと旅立つのだった。
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