第249話 天上の対決
「ガダルフ……」
その言葉は病室となった部屋の中で、静かに響く。
思わずヴォルフの身が震えた。それは恐怖でも武者震いでもない。今のストラバールの状態を引き起こした元凶の存在。
ただひたすら怒りしかなかった。
ヴォルフの平静でない様子を悟ったのか。
母レミニアは言った。
「彼のことについて、少し脇に置きましょう」
「あ、ああ……」
ヴォルフは顔を上げる。
再びレミニアの話は続いた。
「……ガダルフがストラバールに来た時、私は天上族の運命を悟りました」
エミルリアに赴いた時、ヴォルフは天上族が相争っていたことを知った。
レミニアが追放される前から、天上族たちはエミルリアで異常増殖を続ける【聖獣】という魔物の対応に苦慮していた。
最終的には究極の2案が持ち上がる。
1つは【聖獣】をストラバールに放出するという意見。
2つ目は1つ目の逆で、エミルリアとストラバールを完全に切り離し、【聖獣】を完全に封じ込めるやり方だ。
ちなみに2つ目を選べば、エミルリアに残る羽なしはおろか、天上族は滅びると言われていた。
そして勝利したのは、後者だと聞いた。
「それは少しだけ違います」
母レミニアは首を振る。
「残ったのは、そのどちらでもない。ガダルフにとって天上族の命運も、世界の暴走もどちらでも良かった。彼にあったのは、単なる飽くなき探求。知識、闘力、支配力――そのすべてを1つにした究極の生物へとなること……。今、思えばエミルリアの暴走も、天上族が相争ったことも、彼が暗躍していたからかもしれません」
「あなたは、それを知っていたのですか?」
「いえ……。でも、薄々天上族の者たちは気付いていました。誰かが糸を引いていることに」
「じゃあ、何故天上族はガダルフを探し出そうとしなかったんだ?」
「彼らは自分たちこそ完璧な種族と思っていました。故に、そのような邪で暗愚なことは考えないと考えたのです」
「……さもありなんだな」
「ええ……。そして、結果的にガダルフの企みはうまくいき、彼は次にストラバールを標的とした」
ガダルフは娘レミニアが生まれるより前に、すでにストラバールで暗躍していたらしい。
当時の国の支配者を煽り、さらに魔獣を制御して、ストラバールを混乱に陥れた。
「私は彼を探し出し、決戦を挑みました」
「あなたが、ガダルフと……」
「はい。それが奇跡的に天上族の力を宿し、ストラバールにやってきた私の宿命……。100年間、旅をし様々な羽――――いえ、人間と出会ったことによって、私の考えはよりこの世界に住む人間の心に近くなっていった」
この世界を、そして生まれた来た我が子を守りたい……。
「そう思ったのです」
ヴォルフの瞳に涙が浮かびそうになる。
胸に張った弓弦がピンと弾かれたようだった。
天上族である彼女が、この世界を救う心境に至った経緯。その心境。
母レミニアと関わった人間たちは、よほど優しい人たちだったのだろう。
その人、そしてレミニア自身に感謝し、ヴォルフは話の続きを聞いた。
「私とガダルフとの対決は熾烈を極めましたが、当初は私優勢で進みました」
「それは――――」
「100年の間、私はずっと怯えていました。翼を持ったままの私を天上族が見つけ、私を連れ去り、翼をもぐのではないのか、と。……翼をもがれることはまだ良かった。けれど、できればもうエミルリアには戻りたくなかった」
「だから、対抗手段を……。それはもしかして……」
「はい。察しの通りです。エミルリアとストラバールを隔てる力の根源であると同時に、我らの力を飛躍的に上昇させてくれる結晶――賢者の石のことです」
そこですでに賢者の石が出てくるとは思わなかった。
レミニアが1年以上かけて、母レミニアの遺稿を元に再現した賢者の石をすでに完成させていたのである。
「ですが、迂闊でした。戦いが優勢に進む余り、私のどこかで心の隙があったのでしょう。ガダルフに賢者の石の秘密を暴かれてしまった。それどころかあの者は、賢者の石に対抗する力すら生み出した」
「それが愚者の石か」
「はい。認めたくないですが、ガダルフは異常です。天上族の中でもあれほど傑出した能力の持ち主はこれまでいなかったでしょう」
「それで戦いはどうなったんだ?」
「痛み分けといったところです。ガダルフには半死半生を負わせましたが、私の命もまた消えようとしていました。そこに――」
あなたが現れたのです、ヴォルフ・ミッドレス様……。