第248話 母レミニア
レミニアの母親レミニアは、訥々とその数奇な人生を語り始めた。
ヴォルフは横に座り、まるでその死を看取るように真剣に耳を傾ける。
天上族であるレミニアがストラバールにやって来た理由は、他の者と然して変わらない。
天上族として生まれて間もなく、彼女はさる天煌女――ストラバールで言う公爵令嬢の世話人として勤めることになった。
世話人と言っても、彼女が住まう天宮の掃除だ。
天上族の中にも身分制度のようなものがあって、レミニアはその最下級だった。
そんなレミニアがストラバールに堕ちることになったきっかけとなった事件がある。
その天煌女が大切にしている、神桃の枝を折ってしまったからだ。
レミニアはすぐにストラバール送りに処された。
しかし、翼をもがれることだけは免れた。
本来は翼を除去し、ストラバールに送るのだが、彼女は生まれたばかりの天上族。翼が生える兆しもない子どもだったからだ。
翼をもがずにストラバールに送るのには、賛否両論があった。
後々の危険因子になりかねないからだ。
しかし、結局子どもが過酷なストラバールで生きて行くことはできないと考えた天上族は、レミニアをそのまま追放することにした。
天上族の誤算は2つあった。
この頃、ストラバールにはすでに高度な文明が生まれていたこと。
そして偶然にも、レミニアは追放先の村の人間たちに保護され、寵愛されたことだった。
レミニアはスクスクと村で育ち、翼が生えそうになる頃に村を出た。
翼になれるまでは、人気のない山の中で自給自足をして暮らした。畑の耕し方や、食べられる木の実の見分け方、兎や鹿などの罠の仕掛け方などは、村で教わっていたので、苦にはならなかったそうだ。
さらに、その間レミニアは天上族の天宮で見聞きしたことを本にまとめた。
それが後に、娘レミニアの後生大事にすることになる【ママの遺稿】だ。
天上族の子どもといえど、その知能はストラバールの大人以上の能力を持つ。
それは娘レミニアの発達した知能から考えれば、容易に理解できる。
翼をうまく畳めるようになり、母レミニアは旅に出ることにした。
純粋にストラバールという世界が、どういう場所なのか知りたかったからだ。
それは長い旅だった。
なるべく一箇所に留まらず、長くても3年ほどと心に決めた。
レミニアは天上族だ。寿命も身体の構造もまるで違う。
1つのところに留まれば、必ずボロが出ると考えた。天上族は自分たちは完璧な種族であると言うが、完璧などないことは、自分がよく知っている。
神桃を折ってしまった経験は、レミニアから奢りをなくし、慎重さを加えていた。
穏やかな旅と決めてはいたが、意外と波瀾万丈であったらしい。
街一番のお針子をやれば、村に薬を売る行商人、王子に魔法を教える教師などもやった。
そうして、気が付けば100年が経っていた。
レミニアは100年ストラバールに生きて、感じ始めていたことがあった。
エミルリアに棲息する魔獣が、ストラバールでも目に見えて多くなってきたことだ。
ストラバールで、いやエミルリアで何かが起きようとしていることを、敏感に察したレミニアは決断する。
それは聞いたヴォルフを、ドキリとさせた。
「子を成す……」
ヴォルフは反復すると、母レミニアは目で頷いた。
今後生まれる危機に対応するためではない。
自分に何かあった時に、託すことができる子孫が欲しかったのだ。
そして、そのためにレミニアは最初の村に戻った。
100年ぶりの帰郷だ。
当然彼女を知るものは1人もいなかったが、彼女を助けてくれた子孫は残っていた。
子孫は一目見てわかった。
もう20歳になるというのに、まだあどけなさが残る青年。時折、まるで本当の子どものように目を輝かせることもあった。
それがまるで生き写しのようだった。
レミニアはすぐに決意する。
彼とつがいになり、自分の子孫を残すことにする。
羽なしとうまく子を成せるかどうかわからなかったが、旅をしながらレミニアは自分の身体も研究していた。
そして最良の方法が、相手の血を取り込むこと。
言わば吸血だ。
そういう種族がストラバールに昔からいることを知り、レミニアは決断に至った。
そしてレミニアは相手の血をもらい、再び村から出て行った。
実験は成功した。レミニアは子を身ごもったのである。
子は1人で生むことにした。
危険ではあったが、一体どういう風に生まれてくるか、自分でも皆目見当も付かなかったからだ。
再び山に籠もり、時を待つ。
膨らんでいくお腹が不思議でしょうがなかった。
「そして、娘が無事生まれた直後、その者は現れました」
最後の天上族ガダルフが……。








