第24話 おっさん、武器を探す
新章開幕です!
陽炎のように空気が歪んでいる。
暑い。立っているだけなのに、汗が噴き出てくる。
季節は初夏。
だが、ヴォルフがいる場所は、火山の火口付近にいるかのように凶悪な暑さだった。
鍛冶場に来ていた。
懐かしい鉄と油の匂いが立ちこめ、側で鋳型を壊す屈強な職人がいる。
奥は研ぎ場になっているらしく、気味の悪い音が入り口まで響いていた。
「一体、どうやったらこんなになるんだ?」
鍛冶場の親方は、鋼の剣を掲げながら、首をひねる。
大小様々な刃こぼれ、傷、柄の周りは若干腐食しかかっている。
素人目からもわかるほど、刀身は傷んでいた。
だが、親方が呆れたのは、刀身の状態よりも、これは3日ほど前に研ぎに出したものである――ということだ。親方のスキルはレベル5。荒っぽく使っても、10日はもつはずだった。
「なんとかなりそうですか?」
ヴォルフはやや遠慮気味に尋ねた。
パートナーの幻獣は、鍛冶場の外に出て、欠伸をしている。
ドワーフ族の親方は、屈強な筋肉をピクピクと動かした。
「こっちも商売だから、なんとかしろっていわれたら、なんとかするけどよ。あんた、もうちょっと自分にあった剣を探した方がいいぞ。これじゃあ、こいつが可哀想だ」
「は、はあ……」
親方のいうことは至極もっともなことだった。
自分の力に、鋼の剣をもってしても耐えきれていないのは、前々からわかっていた。
Dクラスとなり、本格的に魔獣討伐をはじめたはいいが、ヴォルフは武器に気を遣う戦いをしいられていた。
つまり、全力で振れていないのだ。
あまりに自分の膂力が強すぎて。
今はまだクラスの低い魔獣討伐だけなので、半分の力でも楽々倒せるのだが、今後ランクが上がればいい武器が必要になってくる。
ヴォルフの力に耐えられる武器が、だ。
そうなると生半可な素材では難しいだろう。
せめてミスリルクラスがほしいが、いうまでもなく高価だった。
ヴォルフは癖毛を掻く。
すると、微震を感じた。
地面が揺れ、側で窯の蓋がカラカラと音を立てる。
地震だ。
幸い揺れはすぐ収まる。
親方は「またか」と舌を打った。
最近、この辺りで地震が頻発しているらしい。
地下で魔獣が動いているのではないかという噂もあるが、国が調査したところ自然発生的に起こるものだと結論付けていた。
「ともかく預かる。今、代わりの剣を持ってくるから待ってな」
「いや、別に結構ですよ。おかまいなく」
剣がなくとも、ヴォルフにはドラゴンを打倒した拳打がある。
代剣が必要とは感じていなかった。
しかし、何か気に触ったらしい。
親方は深く眉間に皺を刻む。
「知らねぇのか? 辻斬りの噂を――。悪いことはいわねぇ。もっていきな」
鉄製のショートソードを渡された。
◇◇◇◇◇
ヴォルフが今いるのは、バルネンコから西。
王都寄りにあるハイガルという鍛冶街にいた。
バルネンコよりも小さな街だが、活気があり、特に精錬所が並ぶ大通りが圧巻だ。
近くに良質な鉱石でも取れる鉱山があるハイガルは、昔から炭鉱と精錬の街として栄えてきた。
おかげで、煤と油の匂いが街の中に充満している。
そういう街ほど、ドワーフが集まる。
穴掘りと鉄いじりは、彼らの専売特許だ。
陽の光を嫌がるため、大通りを闊歩する姿こそないが、ちょっと建物に入るとドワーフとおぼしき種族が、精錬作業をしたり、鉄を打っていたりする。
代わりに街を練り歩くのは、ヴォルフのような冒険者だ。
多くの鍛冶場も連ねるハイガル製の武器や防具は、冒険者の中でも頑丈で長持ちだと好評を博している。
ハイガルの刻印が打たれた武器を持っているだけで、ちょっとしたステータスになるほど、ブランド化が進んでいた。
ヴォルフがニカラスに戻らず、ここに来たのも自分にあった武器を探すためだった。
ヴォルフは近くの食堂に入る。昼時は過ぎてはいるが、何人かの冒険者が談笑していた。
適当に注文した後、借りたショートソードを鞘から半身に抜く。
綺麗に磨かれた刀身が、ギラリと光った。
先ほどの自分の剣を見た後だから、余計に美しく見える。
恐らく切れ味も良いのだろう。
思わずため息が漏れる。
「おい。ご主人様……。早く武器を決めて、とっととおさらばしようぜ。ここは鼻がかゆくなる」
向かいの椅子にちょこんと立ったミケは、前肢で鼻を掻いた。
どうもハイガルの汚れた空気が苦手らしい。
「簡単にいうけどな、ミケ。先立つもんが足りねぇんだよ。どっかの大食らいのせいでな」
ヴォルフはポケットから小さな鉱石を取り出す。
薄く光る石を放り投げると、ミケは飛びついた。
ゴロゴロと喉を鳴らし、舐めまくる。
幻獣が好きな魔鉱石だ。
ちっちゃいが、あれだけでベッド付きのシングルの部屋に、3泊できるほど高価なものだった。
ミランダから引き継いだはいいが、幻獣の維持にこれほど金がかかるとは思わなかった。おかげでDクラスとなった今も、貧乏なままだ。
「おい! なんだ、こりゃあ!」
いきなり怒鳴り声が上がった。
ヴォルフとミケは揃って声の方へと顔を向ける。
冒険者の男が、給仕の女性の髪を掴み上げていた。
「てめぇの髪じゃねぇのか? 皿ん中にいれやがって! なめてんのか、ああ!」
「ち、違います。私の髪はそんな短くない。お客さんの髪が――」
「客のせいにすんのか!? おい、店主! 店主を呼べや」
「おい。やめろ」
立ち上がったのはヴォルフだった。
真っ直ぐ冒険者たちの方に近づいていく。
皿を見ると、男のいうとおり、料理に髪の毛が混じっていた。
だが、かなり短い。
今、冒険者が引っ張っている給仕の髪の長さと、色も違う。
完全に言いがかりだった。
「なんだ、おっさん!」
「やんのか? おお!?」
給仕の髪を引っ張る男も合わせ、ヴォルフは3人の冒険者に囲まれる。
その様子を遠目から見ていたミケは、「またやったよ、うちのご主人様」と頭を抱えていた。
「乱暴は止せ。……それにその子の言うとおりだ。この髪はその女の子のものじゃない。お前が入れたものじゃないのか?」
髪をつまみ、見せつけるように男の顔の前に掲げる。
こうして比べると、髪の色も長さも一緒だった。
「てめぇまで言いがかりをつけるのか」
「言いがかりはそっちだろ」
「てめぇ!!」
逆上した男は給仕から手を離す。
柄に手をかけ、抜き放つ瞬間、その動きは止まった。
いや、止めさせられた……。
ヴォルフが柄の先端に手を当て、刀身が出るまでに押しとどめていた。
「く、くそがぁ!!」
男は無理矢理でも剣を抜こうとする。
だが、針金で固定されたかのように刀身が抜けない。
仲間は最初こそ男の不甲斐なさを煽っていたが、やがて異常に気づく。
他の者が武器を握った瞬間、声は別方向から飛んできた。
「お前たち、何をしてる!?」
振り返ると、街の憲兵が剣の柄に手をかけていた。
側には店の給仕が立っている。
通りかかった憲兵を呼び止めてくれたらしい。
「チッ!」
舌打ちし、柄から手を離す。
それを見て、ヴォルフも手を引いた。
男は顔を近づけ凄む。
どうやら昼間から酒を呑んでいるらしい。
吐く息が臭かった。
「今日の夜……。街の西にある墓場に来い。そこで決着をつけてやる。逃げんなよ。逃げたら、ここの給仕の命はないもんと思え」
そう言い残し、ヴォルフの脇を抜けて、店を出て行った。
◇◇◇◇◇
夜を待って、ヴォルフは用意を始めた。
皮の鎧の位置を調整する。
ブーツの紐を再度結び直した。
泊まっている宿の部屋で、それを見ながらミケは息を吐く。
やれやれと後ろ足で耳の裏を掻いた。
「律儀だねぇ、あっちのご主人様は。無視しちゃえばいいのに」
「出来るならそうしたいが、あいつらなら本当に店の人間に危害を加えるかもしれない。なに、そんなに難しいことじゃないさ」
「でも、あいつ……。ああ見えて結構強いと思うけど」
ヴォルフは頷く。
他の仲間はCかDかだが、クレームを入れていた冒険者は、おそらくBクラスだ。
身体能力こそヴォルフが上回っているだろうが、純粋な剣技を比べるとなると、勝算は読めない。
リーマットの件もある。
油断は出来ないだろう。
「まあ、それでもご主人様が勝つと思うけどにゃ」
「お前はどうする?」
「あっちは寝るよ。ここの空気のおかげであんまり寝られてないにゃ」
ベッドの上で丸くなると、すぐに鼾をかき始めた。
「全く……。薄情な幻獣だ」
嘆息を吐きつつ、ヴォルフは宿を出る。
指定通り、街の西にある墓場へ向かった。
今宵は半月だ。
満月ほどではないが、夜道を明るく照らしている。
夜のハイガルは、昼の賑わいが嘘のように静かだった。
墓場に辿り着くと、ちょうどレクの姿を雲が隠す。
途端、闇が降り、周囲を黒く染めた。
足首まで伸びた雑草を踏みしめながら、慎重に墓場を進む。
今にも幽霊が出来そうな雰囲気だが、それよりも相手が闇討ちしてこないかが、気がかりだった。
キィン……。
金属同士を叩く音が聞こえる。
しかも、連続で。
誰かが仕合っているのは、明らかだった。
音を頼りに、ヴォルフは駆ける。
金属の音が止むのと同時に、現場に到着した。
2人の人物がいた。
1人は目深にフードを被った謎の人物。
その傍らにある小さな墓に、昼間の冒険者が寄りかかっていた。
頬には殴られたような痕があり、さらに手や足にも切り傷がある。
どれも致命傷ではないようだが、男は昏倒していた。
レクが徐々に雲間から顔を出し始める。
月光が地上を鮮やかに映した。
謎の人物の姿も徐々に明らかになっていく
ヴォルフに気づき、振り返る。
目深に被ったフードを払った。
銀髪が、夜風にあおられ翻る。
赤い瞳がヴォルフを射貫いた。
レクの肌のような白い顔が、光を受けてぼうと輝いていた。
その腰には、見たことのない鞘細工が施された剣が収まっている。
「(出来る――)」
ヴォルフは直感的に理解する。
そして同時に、正体を見抜いた。
この女が、辻斬りだ――。
おかげさまで20000ptが見えてきました。
ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。