第244話 変わりゆく世界
「一体、何が起こっているのだ?」
レッセルは目を剥いた。
今、王宮の中にある謁見の間で繰り広げられている戦いを見守る。
ガーファリアvsムラド――いや、ガダルフ。
互いに愚者の石の力を使い、目で追えぬ速度で戦っている。
始まって半刻すら経っていないというのに、もうすでに謁見の間はボロボロになっていた。
だが、押されているのは、レッセルの目から見てもガーファリアの方だ。
「どうしました、陛下? 最初の威勢はどこへいかれましたかな?」
「はん! 思いの外、お喋りなのだな。案ずるな。手を抜いておるのだ」
「ほう……」
「ここはいずれ余の王宮となるのだ。それをバラバラにするわけにはいかぬであろう」
「イメージよりも随分と器が小さいのですな。あなた様なら、塵も残さずバラバラにしてから、自分好みに仕立て上げる――とでも言うぐらいに思っておりましたが」
ガダルフは挑発する。
レッセルは一体どっちを応援したらいいのかと、頭を抱えていると、その襟首をひょいと持ち上げられた。
ギョロリとした目玉を動かすと、立っていたのはツェヘスだ。
さらにはワヒトの服を着た盲目の女も側にいる。
レッセルはツェヘスに摘まみ上げられながら、バタバタと身体を動かした。
「ツェヘス将軍! 頼む! 加勢してくれ!」
「どっちに加勢するのだ?」
「それは――――」
「あの2人はもはやレクセニル王国の敵だ。加勢など不要」
「しかし――――」
「早いところ逃げた方がよろしおす」
盲目の刀士は言った。確かクロエと名乗っていたはずである。
「わからんか? 今のままではお前や他の家臣を戦いに巻き込むことになる」
「あの皇帝はんは、みんなを避難させるための時間稼ぎをしてくれておるんどす」
レッセルは肩を竦める。
ようやく気付いたらしい。
「で、では、ガーファリア陛下は我々の味方?」
「どういう経緯で今に至っているのか、オレも知らん」
ツェヘスはぶっきらぼうに言い切る。
「ただガーファリア陛下の方だけが、少し人間寄りだということだ」
「ほな。行きましょか」
クロエは翻る。
「いや、待て。他の者は?」
「すでに避難させている。お前たちで最後だ」
「ま、待て! ハッサル殿! あなたはどうするのだ?」
「ご心配なく」
ハッサルは振り返ることなく、2人の戦いを見守っている。
その胸中は複雑だろう。
いずれも自分に関係する人物だからだ。
その気丈な姿に、最後レッセルは涙すら浮かびそうになったが、最後には背を向けた。
「行こう……」
今思えば、とレッセルは考える。
ガーファリアとムラドの長い問答もまた、避難の時間を稼ぐためのものではなかったのか、と。
「いや、そんなことは……」
そうあり得ない。
単なる偶然という方がよっぽど理解できる。
ガーファリアの心の内を見通せる者は、誰もいない。
ただ1人を除いては……。
◆◇◆◇◆
ガーファリアは目の端で、レッセルが避難していくのを確認する。
だが、それを待っていたのはガダルフも一緒だったようだ。
「これで後腐れなく戦えますよ、陛下」
「ふん。余裕ぶるのもここまでだ、ガダルフ。先ほどの戦いで、余の心臓を貫かなかったこと、後悔するぞ」
ガーファリアが床を蹴る。
すでにその床には無数の亀裂ができていたが、ガーファリアが蹴った瞬間、謁見の間の半分が吹き飛んだ。
硝子や石、あるいはレクセニル王国の国章が描かれた旗が、空に舞う。
当のガーファリアは砲弾のように飛び出した後、待ち構えるガダルフにツッコんでいった。
その刹那の時間のなかで、ガーファリアは剣を振り上げる。
皇帝が繰り出す豪剣に、さしものガダルフもフードの奥で目を見張った。
ゴンッ!!
王宮が揺れる。
直撃すればタダでは済まなかっただろう。
だが、ガダルフは受け止めていた。
腕1本でだ。
タダですまなかったのは、その後ろだった。
ガーファリアの一撃の衝撃だけで、ガダルフの後ろの壁が吹き飛んでいる。
受け止めた衝撃は残っていた床にも伝播し、完全に底が抜けていた。
天井を支えていた太い柱が落下し、階下部分に激突する。
仮に人が残っていれば、大惨事になっていただろう。
床が抜けても、2人は同じ所に留まっていた。
片や剣を、片や腕を持ってせめぎ合っている。
瞬間、魔力が解放されると、残っていた階下の壁が吹き飛ぶ。それどころではなく、本丸部分から少し離れた尖塔が吹き飛ぶと、王宮を取り囲む堀の部分に落下した。
ガーファリアとガダルフが動く。
ついに愚者の石の力を全力発揮すると、彼らはぶつかり合った。
1合、2合と打ち合う度に、まるで巨竜の鼓動のような音が鳴る。
その度に衝撃破が波のように押し寄せ、市街の建物の屋根をめくった。
先ほどまで第3次魔獣戦線の勝利の報を聞き、沸き上がった市民たちは一転して悲鳴を上げ、パニックを起こす。
どっちに行けばいいかわからず逃げ惑う者がいれば、まるで神々の戦いを見上げるかのように魅了される者もいる。
1度音が鳴る度に悲鳴が起こり、象の足裏に踏みつぶされた蟻のように人間が死んでいく。
その中で、ツェヘス率いる騎士団やワヒト王国の刀士たち、そしてヴォルフと縁のある者が結集して、民衆を守ったが、もはやレベルが違った。
為す術なく、もはや暴風が収まるのを待つしかない。
ストラバールの二大巨頭と呼ぶべき2人の戦いに、レクセニル王国王都の民たちは、否応なく巻き込まれていった。
美しかったレクセニル王宮、そしてその王都は次第に平らになっていく。
やがて、その戦いは9日間続き、そして10日目の朝を迎えた……。