第243話 強化魔法
「さすがは【大英雄】といったところか……」
ガダルフは深くフードを被る。
先ほどまでガーファリアと舌戦を繰り広げ、昨日までその玉座に座り、家臣や国民の前にさらし続けていたムラドの顔が隠される。
あれもまたガダルフの姿の1つなのか。
あるいはある一定の時期に、取って代わられたのかは、ガダルフ自身の口から聞かなければわからなくなってしまった。
ただ1つ言えるのは、フードの奥で獣の目のように光る眼光が、濁った黄色だということだ。
「ぬかせ、大悪人……いや、すべての元凶というべきか」
「我の正体にいつから気付いていた?」
ガダルフの声は、すでにもうムラドのそれではない。
中性的で、男とも女とも聞こえる。それが超然とした雰囲気に、一役買っていた。
その声に重ねられたのは、やや粗野で野蛮なガーファリアの声である。
「最初から……!」
「ほう……」
ガーファリアは顔をキメるが、ガダルフの反応は乏しい。
そもそも襟とフードのおかげで、その顔は見えていなかった。
「と言いたいところだが、こうやってお前が目の前に現れるまで確信はなかった。だが、信じてはいたよ」
「それはムラドがガダルフであると言うことか……」
「思い上がるなよ、大賢者。余が信じていたのは、我が家臣ハッサルの言葉だ」
ガダルフは振り返る。
他の大使たちが脱兎の如く逃げた一方で、ガーファリアの家臣であり、同じ大賢者と呼ばれるハッサルは残っていた。
狐の尾を垂らし、少し寂しそうな顔を浮かべている。
「なるほど。お前の星詠みの力か、ハッサル」
「星詠みとは不思議なものですね。良いことよりも、悪いことの方が当たる」
ハッサルは溜息を吐いた。
そして再びガーファリアが野性味のある声を響かせる。
「振り返ってみれば、ここ最近のストラバールでの異変は、レクセニル王国に集中していた。災害級魔獣アダマンロールの出現、レクセニル動乱、聖樹リヴァラスの邪神化、その国境からほど近いワヒト王国で起きた魔獣戦線。そして此度のエミルリアからの襲撃……。すべてはレクセニルとその近くで起こった出来事だ。外部の犯行だとしても、その国に精通していないものでなければ難しかろう」
「ではガーファリア陛下。お前は我をどうするおつもりだ?」
「その言葉そっくりお前に返すぞ、ガダルフよ。それは余の問いである。しかし――――」
ガーファリアは鞘から剣を抜き、その切っ先をガダルフに向けた。
「お前がムラドだろうが、ガダルフだろうが、余には関係ない」
「――――!」
ガダルフは軽く息を飲む。
「最初にも言っただろう。余は国盗りをしにきた。このストラバールの作法に則ってな。お前が余の前に立ちはだかるというならばここで切り捨てるだけ。とはいえ、お前は国際的な犯罪者だ。そうでなくても、叩き伏せるがな」
「できますかな」
「それは開戦の合図と受け取って――――――――」
次瞬、血が弾いた。
ガーファリアが横を向いた時には、その左肩から先がなくなっていた。
かろうじて右手で受け止めた剣が重く感じる。
見れば、左手が剣を握ったままぶらりと垂れ下がり、もがれた傷口からドロリと血を垂れていた。
ガダルフは何もしていない。
いや、何もせずに、あの天使を打ち破った稀代の【大英雄】の腕が、簡単にもがれるわけがない。
要はそれほどガダルフが強いという証拠だ。
ガーファリアの腕がもがれた姿は、実力を見せる以上に、強烈なインパクトとして周囲に恐怖を与えた。
「ガーファリア様!!」
「ハッサル、落ち着け!!」
家臣の悲鳴に対して、ガーファリアはさらに声を大きくして重ねる。
それだけでハッサルは何も言わなくなったが、口を押さえた。
「気にするな、ハッサル。たかが――お前の予言通りになっただけだ」
その言葉を聞いて、ハッサルは口を押さえた。
「ほう。そこまで……。ならば、結末は見えているのではないですか?」
「ああ……。しかし、ただの決着ではすまされない……。それだけのことだ」
「ん?」
ガーファリアは笑う。不敵に……。
すると、剣を口に咥え、右手で左腕を掴んだ。
「無駄ですよ、陛下。その傷は治りはしない。魔法が干渉できないように呪いをかけておいたのですから」
「説明せずともわかっているさ」
ガーファリアはポンと左腕を放り投げる。
口に咥えていた剣を右手で握り直すと、目にも止まらぬ速さで切り飛ばした。
腕が霧散する。
その自虐的な行動を見ても、ガダルフの表情が変わることはなかったが、その言葉には動揺の色が見て取れた。
「何を……?」
「ふん。こういうことだ……」
ガーファリアは力をかける。
体内の魔力を増幅させると、左肩の傷口に集中していく。
「馬鹿な……!」
ガダルフは珍しく声を荒らげる。
魔力が細い蔓のように伸びていく。それが無数に折り重なると、次に骨となり、肉となり、血となり、最後に肌になっていく。
ガーファリアの左腕は完全に再生してしまった。
腕の感触を確かめながら、ガーファリアは笑う。
「簡単だ。強化魔法が得意なのは、何もあの【大勇者】の専売特許ではないということだ」
「ほう……」
「あやつがヴォルフに授けた強化魔法は、ただの強化魔法ではない。強化魔法の域を超えている。ルーハスは相性の問題だと断じたようだが、【大勇者】は天才だ。あれがどれだけヴォルフに心酔していようが、あの技術の異様さは感傷や親子の絆一言では表せない。もはや異常なのだ。あの強化魔法は……」
「なるほど。あなたも気付いたのか?」
「ぬかせ。お前のその強さもそうだろう。そして、貴様は余と同じ結論に至った」
ガーファリアは自ら上着を破く。
鍛え抜かれ、さらに無数の傷が浮かんだ肌には、赤い宝石が埋まっている。
「まさか……。それは――――」
内大臣レッセルは声を震わせた。
「そう。愚者の石だ。そして、余は気付いた」
強化魔法こそ、もっとも愚者の石を効率良く使用できる方法だとな……。
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文庫1冊分超ぐらいの文量となっておりますので、こちらも是非読んでくださいね。
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