第241話 巨人の冒険者
☆☆ BookWalkerファンタジーランキング3位 ☆☆
おかげさまで、コミカライズ好調のようです。
また関西、高知、中国地方などの書店でも入荷情報をいただいております。
全国に渡るのは、明日ぐらいになるかと思いますが、是非コミックスお買い上げいただけると嬉しいです。
「これは一体、何の騒ぎですか?」
謁見の間に現れたのは、ラーナール教団殲滅のために召集され、レクセニル王国に残っていた大使だった。
各国から集まった騎士団や兵団は各地に散ったが、大使たちはレクセニル王国に残り、情報を収集し続けていたのである。
それが幸か不幸か魔獣の大襲来を目撃することになり、逃げ出す機会も逸してこうして留まり続けていた。
「ほう。なかなか雁首が揃ってるではないか? ちょうどいい貴様らも聞いていくがよい」
謁見の間のど真ん中で演説を打つガーファリアを見て、各国大使は思わず仰け反る。赤い目で一睨みされると、大使たちは石化したように固まった。
ガーファリアは酷薄に笑う。
それを見て、ムラドは口を開いた。
「ガーファリア陛下の妹君が亡くなったこと、そしてラルシェン王国の王族と国民が亡くなったことは申し訳ないと思っている。しかし、あれは仕方ない犠牲だった。あの時、あの場面でグランドドラゴンが現れるなど、誰も――――」
「仕方ない、だと??」
ガーファリアのこめかみに筋が浮かぶ。
噴出した怒りをそのままに、手を薙いだ。
たったそれだけでムラドが来ていた上着の一部が切り裂かれる。
胸の辺りを薄く切り、血が滲んだ。
「陛下!!」
レッセルはすぐさまムラドに駆け寄る。
傷口を見た。
「薄皮1枚剥いでやっただけで騒ぐなみっともない」
「ガーファリア陛下の言う通りだ。大事ない」
ムラドは胸の辺りを押さえ、滲んだ血を見た後で真っ直ぐガーファリアを見据えた。
「ふん。まだ貴様は殺さん。そこの大使どももな」
ガーファリアは再び大使を睨み付けた。
別にそうしなくても、大使たちは腰砕けになり、誰も動こうとはしない。
黙って、ガーファリアとムラドのやりとりを見守った。
「あれは仕方ないなどで済むことではない。あれは戦争の悲しき犠牲者などと、誰が認めるものか。我が妹レイラがいなくなったのは人災だ。ストラバールにある国々が生み出した悲劇だ」
ガーファリアは訴えた。
◆◇◆◇◆
ラルシェン王国の地下で、ヴォルフはルネットの話を黙って聞いていた。
「魔獣戦線が終わった後、各国は魔獣の脅威がなくなり、再び版図を巡って戦争が起こると考えていた」
ストラバールには元々長い戦乱の時代があった。
国と国、民族と民族、種族と種族が国益のために立ち上がり、あるいは守るべき家族のために剣を振って戦った、血濡られた時代があったのだ。
それは魔獣が現れたことによって、事実上の休戦となっていた。
だが、各国は突如始まった魔獣戦線が終結すれば、魔獣がいなくなると考え、戦力の投入を渋った。結果的に魔獣戦線で大きな犠牲が払われたが、ワヒト王国以外の国はあまり戦力の低下が確認されていない。
「魔獣戦線が終われば、魔獣がいなくなるって……。何を根拠にそんな判断を……」
「根拠はあったのよ」
ルネットは焚き火をかき回す。
1本の棒を握り、火の中から取り出した。
棒の先には、丸々と太った芋が現れる。
ホコホコと白い湯気を上げていた。2つに割り、ヴォルフに差し出すも、さすがにそんな気分にはなれず、断った。
代わりにイーニャとミケが、さらに半分にして芋を頬張る。
「魔獣戦線は人為的に起こされたからよ」
「人為的? 魔獣を大量に召喚するなんて方法……」
あっ! とヴォルフの顔が歪んだ。
そう。同じようなことを経験したからだ。
「そうよ。あなたもワヒト王国で経験したと思うけど、魔獣の大量召喚魔法って意外と簡単にできてしまうのよ」
「つまり、魔獣戦線は人為的に起こった……」
「だから、各国はすぐに終わると思ったのよ。人為的であれば、それを閉ざすことも可能と勝手に思ったのね」
「じゃあ、1度目も……」
「1度目の魔獣戦線は今となってはわからないけどね。でも、その1度目があったからこそ魔獣の大量召喚技術は、ある賢者によって研磨された可能性があるわ」
「それは――――もしかして、ガダルフという賢者?」
ヴォルフが聞くと、ルネットは大きく頷いた。
ヴォルフも知るラーム。
ガーファリアの片腕であるハッサル。
そして謎多き賢者ガダルフ。
それらを総合して、ストラバールの三賢者と呼ばれている。
「まさかガダルフが、そんな頃から暗躍していたなんて」
「彼については、私も知らないわ。ただその正体は予想が付いているけど」
「正体……?」
「ヴォルフさんはまだ聞かない方がいいかもね」
「どういうことだ?」
「おいおい。わかると思うわ。その時、あなたがどうするかはあなたに任せるわ」
ルネットの瞳の中で焚き火が揺れる。
その真剣な顔の意図すら、ヴォルフには掴めない。
「いいのか、ルネット?」
寡黙なルーハスが口を開く。
「会ってわかったわ。彼を止める人間はいない。……たとえ、あなたでもね、ルーハス」
ルーハスは腕を組み、息を吐く。
恋人としては面白くない回答だ。
それでも反論しないのは、ヴォルフの力を認めている証拠だろう。
「ルネットさん、俺をここに呼んだ理由を教えてくれないか?」
「そう言えば、肝心のことを教えてなかったわね」
ルネットは舌を出した。
「1つはあなたにラルシェンという国を見ておいてほしかったこと。言葉で伝えても、わからないことの方が多いと思ったからご足労願ったの。そしてもう1つは、ここが集合場所だということ……」
「集合場所?」
ドンッ!!
突然、大砲を打ち鳴らしたような音が外から聞こえた。
地下都市が微震する。
天井から伸びた小さな氷柱が、ガラスに似た音を立てて鳴り響いた。
「なんだ?」
「どうやら、到着したようね」
ルネットはちらりと歯を見せて笑う。
ヴォルフはルネットに誘われるまま、一旦地下空間から猛吹雪が吹き荒れる地上へと戻る。
「なっ!!」
入口に立っていたのは、鎧を着た巨躯の男であった。
単なる大きな身体とはくくれない。
ある種、異常であった。男の顔の位置が、ヴォルフの遥か上にあったからだ。
それどころかヴォルフの頭は、男の股下にすら届いていなかった。
「きょ、巨人族!?」
「でけぇ!」
ヴォルフとミケは感心していると、イーニャが巨人族に向かって突撃していった。
いきなり一戦交えるのかと思ったが、そうではない。
イーニャは大きく跳躍し、巨人族の肩に乗ると、手を広げて顔に抱きついた。
顔とは言うが、自作と思われる小汚い鉄製の兜をすっぽりと被り、顔は見えない。
「ブランさん、久しぶり!!」
「おお。イーニャか? 元気してたか。あと兜に触らない方がいいぞ。凍傷になる」
ブランと呼ばれた巨人族は、イーニャをそっと包み、自分の手の平に乗せた。
「ブランってまさか……」
【勇者】ルーハス・セヴァット。
【軍師】ルネット・リーエルフォン。
【破壊王】イーニャ・ヴォルホルン。
【聖女】エラルダ・マインカーラ。
ヴォルフは村を出てから、奇しくも五英傑たちと出会い、時に剣を交えてきた。
その死に痛く心が傷付いたこともあった。
だが、五英傑というだけあって、そのメンバーの数は5人。
今の今まで、五英傑の5人目に会ったことがないことに気付く。
しかし、ブランという名前は、ヴォルフが現役の冒険者をやっていた時から知られていた、有名な冒険者の名前である。
ブラン・ディッドル。
その異名は【鉄槌】。
世界的に見ても珍しい、巨人族の冒険者である。
「遅いわよ、ブラン……」
ルネットは腰に手を当て、ニヤリと笑う。
「すまん。……そいつが――」
ブランの兜の奥に光る瞳が、ヴォルフを見たような気がした。
「ええ……。ヴォルフ・ミッドレスよ」
「そうか。ブラン・ディッドルだ」
「う゛ぉ、ヴォルフ・ミッドレスです。伝説の巨人冒険者に会えて光栄です」
ヴォルフは素直な気持ちを吐露する。
すると、何故かブランは首を振った。
兜を抑えながら、苦悶するようなジェスチャーを見せる。
これには仲間のイーニャやルネットも戸惑った。
「どうしたの、ブラン?」
「いや、照れてた」
「て、照れてたの……」
どうやら巨人族は、大柄の身体とは裏腹に照れ屋さんらしい。
「ヴォルフ・ミッドレス。噂は聞いてる。オレ、ファン……」
「え? ふぁ、ファン?」
思わず聞き返す。
心なしかブランの奥の顔が、赤くなったような気がした。
こくり、と告白して聞き返された女子のように小さく頷く。
「ヴォルフさん、結構ナイーブな女の子なんで気を付けてくださいね」
お、女の子!!!!
思わず声に出しそうになったのを、ヴォルフは慌てて止めた。
確かに胸当て部の鎧の形状が、女性のものだった。
最初特注の鎧のデザインかと思っていたのだが、本当に異性とは思わなかったのだ。
まさか昔から知っている巨人の冒険者が、女性だったとは……。
埒外の出来事に、ヴォルフは固まるしかなく「あ、ありがとう」と返事をするのが精一杯だった。
「ところで、他は?」
ルネットは首を巡らす。
辺りは相変わらず猛吹雪である。
視界が悪く、雪の白しか見えない状況だ。
その中で、魔法灯の明かりがポツポツと吹雪の中で灯り始める。
「なんだ?」
最初は10個程度だったものが、雪だるま式に増えて行く。
そして、それは武装した兵士や冒険者であることに、ヴォルフは気付いた。
「これは…………」
「ヴォルフ・ミッドレス殿……」
「は、はい」
「あなたにこの人たちを率いて、レクセニルを奪還してほしいの」
タッ公先生が描くコミックスの方がいかがだったでしょうか?
可能であれば、そちらの感想などもいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。