第240話 北の国にて
☆☆ 本日発売 ☆☆
『アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』
コミックス発売されました! すでにAmazonランキングなどでは最高4位に電子書籍が入っております。
是非お買い上げ下さい。
「復讐……?」
ヴォルフは眉根を寄せた。
目の前には温かな焚き火が時折、乾いた音を立てながら赤い炎を上げている。魔法で生み出された火は温かく、広い地下空間に明るい光を放っていた。
一方で、外からは雪が吹雪く音が聞こえる。
地上から染み出した水の跡が凍って、焚き火の明かりを反射していた。
赤い火の光に包まれていたのは、4人の人間と1匹の猫である。
1人は【剣狼】ヴォルフ・ミッドレス。
その側には赤毛の耳を生やしたイーニャ・ヴォルホルン。
そして1匹とは【雷王】ミケである。
共にエミルリアへと渡った2人と1匹は、聖樹リヴァラスを伝いストラバールに帰還。しかし、その姿はレクセニル王国にはなく、遥か北方ラルシェン王国に存在した。
その彼をここまで導いたのが、残りの2人だった。
1人は【勇者】ルーハス・セヴァット。
そして最後に紹介するのが、五英傑の中心人物であり、己も補助魔法の専門家にして【軍師】の異名を持つルネット・リーエルフォンであった。
第二次魔獣戦線において、彼女が死んだことは旧友のギルドの受付嬢テイレスから伝え聞いていた。ルーハスが反乱を企てる原因になった出来事だ。
それから彼女は、ヴォルフの娘レミニアによって生き返ったことも、娘から聞いている。
その後、ルーハスと魂の定着に時間がかかるルネットは、宛てのない旅を続け、1度ワヒト王国でも会っていた。
そのルネットが完全に復活し、ヴォルフの前に現れ、「ラルシェンへ向かってほしい」と頼んだのは、つい数日前のことである。
ヴォルフはすぐにでもレクセニル王国に向かいたいと主張したが、すでにあの天使は倒された後――――。
ヴォルフですら手も足も出せなかった天使を倒したのは、バロシュトラス魔法帝国の皇帝ガーファリアだと聞かされ、しばし動けなくなるほど瞠目した。
しかし、それは驚愕の真実の序章でしかない。
ルネットから聞いた話は、まさに寝耳に水とも言うべき話だった。
特にガーファリアが、レクセニル王国を、いや世界すら滅ぼさんと復讐の炎を燃やしていることはショックだった。
ヴォルフは首を捻る。
ガーファリアのことをよく知っているかといえば、確かにそうではない。
謁見の間にて会話も、剣も交わした。
それぐらいであれば、何かわかりそうなものだが、ガーファリアは決して顔にした仮面を外そうとはしなかった。
帝国の国民を守りたい、と脅されていた時……。彼は心底困っていただろうし、その気持ちは嘘ではなかっただろう。
でも、それはあくまで皇帝としてのガーファリアであって、ガーファリアの本当の人間性まで追及できたかといえば、そうでもなかった。
むしろその仮面の裏を覗こうとすればするほど、わからなくなる。そんな印象であったことを覚えている。
だからガーファリアと「復讐」が、どうしてもセットで考えることができなかった。
公人としてのガーファリアは知っていても、私人の彼を知らない。
故に「復讐」というひどく個人の感情が優先されるような理由に、激しい違和感を覚えた。
「そうね。ヴォルフさんが疑問に思うのも無理はないわね。あの皇帝は非常に傲慢でわがままという印象はあっても、『復讐』なんて言葉は決して似合わない。特に華やかで魔法技術が発達した最強国家の君主の口から聞けるものではないわ」
「どういうことなんだ、ルネットさん?」
「彼の治政は私人としての己を殺し、公人を優先したものなの。そのおかげでバロシュトラス魔法帝国は彼の下で最強の国家と呼ばれるようになったわ。でも、彼が若くしてストラバール最強の国家として戴冠してから、彼は1度だけ私人としての顔を見せた」
「それは?」
すると、ルネットはすっくと立ち上がる。
まるで側に大きな建物があるかのように仰いだ。
この地下空間の上に、元はラルシェン王国の王宮が建っていたそうだ。
そもそもここは魔物が出た時の際のシェルターだったらしい。
だが、そのシェルターの効力を発揮することなく、ラルシェン王国の王都と王宮は全滅した。
ルネットは静かにある人物の名前を挙げる。
「ガーファリアの最愛の妹――レイラ・デル・バロシュトラスが、ラルシェン王国の王子の下に嫁いだのよ」
「…………めでたい話のようだが」
「そうね。実際、ガーファリアは喜んだと思うわ。王子は絵に描いたような王子様で容姿端麗で文武にも長けていた。穏やかな性格で何より家族を愛していた。レイラもその人となりが気に入って、嫁ぐことを決めた。おそらくガーファリアも妹の幸せを願って決めた。当然、周りの反対を押し切ってね。そりゃそうよね。最強国家の君主の妹という政治上最強のコマを、資源も乏しい小国に嫁がせるなんてデメリットしかないわ」
「陛下にとって、それは私人としては初めて差配したことだったのだな」
「ええ……。でも、ラルシェンは…………」
「グランドドラゴンによって滅ぼされた、か。姫は――――」
「当然亡くなったわ。王子諸共ね」
「ガーファリア様は……」
ヴォルフは下を向いた。
「助けに行きたかったでしょうね。でも、それはできなかった」
「それは――――」
「第二次魔獣戦線はね。200年前に起こったものと、ワヒト王国で起こったものに比べれば、規模的には小さなものだったわ。それでも多くの兵士、騎士、刀士、冒険者が亡くなった。その原因は各国が非常に消極的だったからよ」
「魔獣戦線は各国共同の作戦じゃ……」
「ええ……。でも、同時に彼らは思ったのよ。その魔獣戦線が終わった後の世界のことをね」
「魔獣戦線後の世界……」
「つまり、人と人の戦争ね」
「――――ッ!!」
ルネットはさらりと言ってのける。
焚き火が爆ぜ、パチリと鋭い音を地下空間に響かせた。








