第235話 皇帝、推参
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急速に天から何か飛来した。
その瞬間に、天使の身体がねじれる。
空を覆うようにして飛んでいた天使は、受けた衝撃そのままに地面へと激突した。
大量の羽が舞い散り、魔力が漏れる。
天使の顔が苦悶に歪むことはなかったが、悲鳴のような甲高い声が響き渡った。
「ヴォルフさん……?」
同族の身体が地面に沈むのを、意識の端で見ていたアクシャルは呟く。
期待を込めたわけではない。
彼女は気付いたのだ、その時――――。
天使が倒れる様子は、レミニアが作った研究所でも観測できていた。
あれ程の高魔力体が地に落ちたのだ。
あらゆる計器に乱れが起き、針が無茶苦茶動く。
魔力の嵐にいきなり放り込まれても、レミニアは正確に【疑似・賢者の石】を動かし、強く否定した。
「違う……」
【大勇者】の言葉に、ハシリーは反応した。
「レミニア、どういうことですか? 『違う』とは……」
「違うわ、ハシリー。あれは――――」
パパなんかじゃない!
断言する。
それはアクシャルも同意見だった。
そして彼女の前に出でて、自分から天使を守るように立ちはだかった者の様子を見て、予想は確信に変わる。
醸し出される覇気は確かに似ている。
剣の握り方、立ち姿にも、そう思わせるような部分があった。
だが、決定的に違うのは雰囲気だ。
ヴォルフにはどれだけ強くなろうと抜けきれない牧歌的な雰囲気がある。
対して、アクシャルの目の前に立つ男はどうだ。
天を衝くように黄金の髪を逆立たせ、超然としている。
その口元には薄い笑みが浮かんでいた。
「あなた……」
それはアクシャルもよく知る人物だった。
とはいえ、何度か見かけたという程度でしかなく、喋ったことも数えるほどしかない。
なのに、その男は十年来の知己を発見したかのように微笑み、そして地に這いつくばっているアクシャルを嘲笑った。
ここで決定的にヴォルフと違うことがわかる。
「どうした、アクシャル? そなたの力はこんなものか……」
「ガー…………ファリア……さ…………ま…………?」
アクシャルは言葉を絞り出す。
「応よ。何やらお前達が苦戦している様子であったからな。助太刀に来てやったわ。この程度のことなど些事ゆえ、参戦するつもりは毛の先ほどもなかったのだが、我が秘書がうるさくてな。貴重な兵力と、道中で拾った女共を連れてやってきたというわけだ」
ガーファリア・デル・バロシュトラス……。
バロシュトラス魔法帝国の皇帝にして、【大英雄】の異名を持つ君主がそこに立っていた。
アクシャルとの関係は、師ラームを挟んでのものだ。
元々ラームは魔法帝国の顧問をしていた。
アクシャルが弟子となった時は、すでに顧問を辞した後であったが、その理由の1つにガーファリアがいたからだと聞いているが、詳細は知らない。
強いことは知っていた。
目の前の天使を叩き伏せるほどの力を有しているとは、アクシャルも知らない。その事実を亡くなったラームも知っていたかどうか定かではない。
そもそも異常だ。
レミニアの強化魔法を受けたヴォルフならわかるが、ストラバールの人間が天上族の――その亜種とも言うべき存在に、抗するなどあり得ないことだった。
「さて、アクシャルよ。今、余は非常に気分が良い。故に、そこで横臥し、余の戦いを見物する栄誉を与えよう」
「戦う……気…………ですか……。いけません、陛……か…………。あれ、は…………単なる……魔――――」
「溺れた鼠のように必死だな、アクシャルよ。貴様が天上族と聞いて、以前から期待していたのだがな……」
アクシャルは胸を打たれたような衝撃を受けた。
「陛下、今……なんと…………?」
「かかっ! 意外か、アクシャルよ。そなたのことなど、当に見抜いておるわ。まあ、正確にいえば、余の秘書ハッサルが見抜いたのだがな」
「ハッ……サル…………」
「侮るなよ、異界の住人。しかし、あれは神の系統に属する種族。お前たちとは因縁浅からぬといったところではないか? いずれにしろ、そこで寝ていろ、アクシャル……」
ガーファリアは笑っていた。
いや、常に余裕が勝つというか、不敵な笑みを浮かべる王であることは知っている。しかし、その顔は実に楽しげだった。
今から、おそらくストラバールの誰もが経験したことのない化け物と戦うというのに。
さらに言えば、もっと気になることがある。
一瞬、ガーファリアは別れ際に自分に対して、一瞥をくれた。
その目から聞こえてきた声は、こう言っていたような気がしたのだ。
次はお前だ、と……。
◆◇◆◇◆
無警戒にガーファリアは歩いて行く。
その先にあるのは、例の天使であった。
地面に貼り付き倒れていたが、ついに背中から生えた翼が動き出す。
ゆっくりと羽ばたき始めると、暴風が吹き荒れた。
迫ってくる金髪の王を阻む。
「異界の種族よ。余をがっかりなどさせるなよ」
ガーファリアは笑う。
どう考えても死闘が待っているとしか思えないのに、その足取りはハイキングでも行くかのように軽い。
やがて目の前に立つ。
その天使はガーファリアより遥かに大きい。
それでも果たして、ガーファリアが見上げているのか、見下げているのかはっきりしない。
ついに天使は浮き上がり、その全貌をさらす。ガーファリアから受けた不意の一撃は、他の魔獣と同様に回復していた。
「自動回復か……。小癪な……だが、そうでなければ面白くないか」
そしてガーファリアは剣を抜く。
黒い――まるで目の前の天使と正対するような柄も、刀身も漆黒に染まった剣であった。
「余は構えたぞ、異界の種族。そら、そなたも構えよ」
ガーファリアは叫ぶ。
その声に反応した天使は動く。
手を、そして翼を広げた。
「それがお前の構えか……。なるほど――――」
隙だらけだな……。
先ほどまで天使から30歩ほど下がった場所にいたガーファリアの姿が、天使の後ろへと現れる。
その無垢な顎を撫でた。
「期待外れも程ほどにせよ、異界の種族よ」
次の瞬間、ガーファリアの手が天使を貫く。
その真っ白な肢体から溢れ出てきたのは、人間と同じ色の鮮血であった。
血が飛び散り、噴水のように飛び出す。
ガーファリアが纏う漆黒の鎧と相まって、まるで天使を堕落させた悪魔のようであった。事実、ガーファリアに貼り付いたそれは、覇王というよりは、悪魔そのものだ。
天使はがくりと項垂れる。徐々にその身体が縮んでいき、1人の少女の姿が露わになった。
それがエラルダという少女であったが、ガーファリアの興味は自分の手に握った石の方だ。
「くくく……。見つけたぞ」
ガーファリアは笑う。
「ガズめ……。本当に愚者の石を完成させていたとはな」
だが、これで揃った。
余がほしいものが……。








