第234話 集う乙女たち
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「まずい……」
声を漏らしたのは、ヒナミだった。
不安を吐露しながら、その剣閃は襲ってきた魔物を2つに断つ。
だが、その直後ヒナミは膝をついた。
終わりの見えない連戦……。
加えて、天使から吸い上げられる魔力……。
そしてヒナミ自身、まだ身体が出来上がっていないことも含めて、不安要素は大きい。
それでも、周りの刀士たちがバタバタと倒れている中で、ヒナミ1人だけが立って、戦っていることが1つの奇跡だった。
最中、ヒナミは1人の刀士に魔物が近づいていくのを察知する。
「おのれ!!」
気勢を吐き、何とか奮い立たせる。
それでも1、2歩と出ようとしたところで、ヒナミはストンと倒れてしまった。
身体に力が入らない。とっくにその小さな身体は限界の限界を迎え、すり切れていたのだ。
それでも魔物は動く。顎門を大きく開き、刀士に襲いかかっている。
「やめよ……」
土と魔物の血で汚れた銀髪を振り乱し、ヒナミは声を絞り上げる。
無情にもその声は、魔物に通じることはなかった。
ゴキッ!!
気味の悪い音が響く。
ヒナミの緑の瞳が大きく見開いた。
絶望に歪むかと思われたその瞳は、逆に光を帯びてくる。
「お主……」
「助太刀遅れてすまぬでござる」
聞き覚えのある訛りのある声。
ヒナミは確信する。同時に泣きそうなほどの強い感動を覚えた。
「エミリ……」
「はい。エミリ・ムローダ、只今戻ったでござるよ」
頭に被っていた三度笠を上げる。その傘の下にあったのは、ヒナミもよく知る赤い宝石のような瞳を持つ少女の姿だった。
『がるるるるるる!!』
魔物が吠えた。
目の前で仲間を殺されたのだ。
まるで威嚇するようにエミリに向かって、殺気を放つ。
それも1匹だけではない。3匹だ。
あの爆発で身体こそボロボロだったが、牙と爪を剥き出し、エミリに襲いかかった。
「エミリ!!」
ヒナミは叫ぶ。
だが、エミリは涼しげだった。
速いとも、ゆっくりとも違う。雪原を飛び立つ鶴のように優雅に、身体を動かし、己の愛刀を鞘に沈めた。
やや足を前にして広げ、ぐっと腰を落とす。
一瞬その姿に、ヒナミはかつて戦ったあるアラフォーの冒険者を思い出した。
「ヴォルフ……」
シャァァァァァァアアアアアンンンン!!
鋭い剣閃が空気を切り、同時に3体の魔物を切り裂いた。
「見事……」
思わず拍手を送りたくなるような『居合い』であった。
しばらく見ぬうちに、刀匠だけではなく、刀士としても腕を上げたらしい。
それはある意味、恋人に近づきたいと思う乙女心が成せるものであったが、この時のヒナミにはまだそこまで理解できていなかった。
「ご城主殿、ご無事でござるか」
エミリはヒナミに手を貸す。
「あ。ああ……。助太刀感謝する、エミリ。だが――――」
「心配召されるな、ご城主殿。このエミリ、一騎当千にて。ここにいる魔物、あとは1人で平らげてみせましょう」
エミリは刀の腹でトントンと肩を軽く叩く。
満面の笑みに、ヒナミは釣られて笑ってしまったが、それだけで済むような状態ではなかった。
いずれエミリも……。
いつの間にかヒナミは下を向く。
その美しい銀髪に、エミリは手を置いた。
「心配召されるな、ご城主殿」
助太刀は拙者だけにござらんよ。
◆◇◆◇◆
「よもや、あなたに助けられる日が来るとは……」
ツェヘスは槍を杖代わりにして、よろよろと立ち上がる。
顔を上げた先にあったのは、顔面が消し飛んだ魔物の遺骸であった。
生命力を失った魔獣は、ずんと静かに音を立てて、地面に転がる。
それも1匹だけではない。壊滅寸前の騎士団に襲いかかっていた魔獣すべてが、身体に何らかの欠損を抱えた上で、命を奪われていた。
「すごい……」
エルナンスはマダローに肩を貸したままの状態で呟く。
近くにいたウィラスも、同じく槍を突き立てて腰を上げると、口を開いた。
「へっ! 強くなったじゃねぇか、俺の妹はよ」
青い瞳は、同じく青い瞳をしたハーフエルフに向けられる。
魔獣の遺骸の前に立っていたのは、まるで騎士団の前に現れた守護天使のようだった。
「アンリ姫、ご無事の帰還を慶び申し上げる」
「遅いですよ、姫」
その前に現れたのは、『葵の蜻蛉』という辺境騎士団のダラスとリーマットだ。
剣ではなく、杖を携えた少女は振り返り、わずかに微笑む。
「遅れてすまない。リファラス家子女アンリ・ローグ・リファラス。ここに帰参した」
そこにいたのは、姫でもなければ、魔法使いでもない。
経験と修羅場を超えた姫騎士の姿であった。
◆◇◆◇◆
「まさか、うちがあんたを助けるとはねぇ。人生何があるかわからんねぇ」
カラミティの目に映ったのは、累々と積み上がった魔獣の死体だ。
傲岸不遜で名にし負う【不死の中の不死】が、絶句している。ただ目の前に積み上がった地獄を見つめた。
直後、驚きは挑戦的な笑みに変わる。
赤いワインに浸したような瞳を向けたが、生憎と相手の瞼は閉じたままだった。
「我が求めたわけではないぞ、盲目の刀士よ。それにお主、本当に見えていないのか? 剣筋がさらに鋭くなっているではないか?」
「あら。褒めてくれるんですか、不死の王様。嬉しいわぁ」
「ところで1人か? ――――いや、そうでもないか?」
「ええ……。援軍を連れてきたで」
戦場に舞い戻ったクロエは、後ろを振り返る。
そこに戦場の西――軍靴を響かせながら、武装した一群がこちらに向かいつつあった。
その雄々しい姿は、半壊したレクセニル王国王都の城壁から見える。警邏の衛兵が昇り旗を見て、思わず指を差した。
「あれは……」
ヒナミも気付く。
「…………」
ツェヘスも眉を潜めた。
「まさかあれは……」
カラミティも呆然とする。
旗には、狼の顔に開いた両翼が描かれていた。
「バロシュトラス帝国……」
声を響かせる。
そう。ストラバール最強の国家が、ついに重い腰を上げて、戦線に現れたのだ。
新作「300年山で暮らしてた引きこもり、魔獣を食べてたら魔獣の力を使えるようになり、怪我も病気もしなくなりました。僕が世界最強? ははっ! またまたご冗談を!」という話を書きました。
300年山の中で暮らした主人公が、魔獣を食べたことによって尋常ならざる強化をされてしまったというお話です。『アラフォー冒険者』が好きな人でも楽しめる作品となっておりますので、是非見に来てくださいね。
7月12日コミックス1巻もよろしくです!