第232話 天使vs天使
「あれは!?」
ハシリーは【遠目】の魔法で戦況を確認しながら、呟く。
【疑似・賢者の石】の中に入ったレミニアも、戦場から感じる驚異的な魔力に顔を曇らせていた。
「鑑定結果が出ました」
研究員の1人が、その結果を紙に写し取る。
その紙を見ながら、研究員は報告した。
「アクシャル・カーンと、あの天使の魔力波形が一致しました」
「そんな……。じゃあ、アクシャルさんはエミルリアの種族ってこと? それって――――」
レミニアと一緒ってことじゃないか……。
ハシリーはそっと【疑似・賢者の石】の中にいるレミニアを見つめる。
その反応が気になったが、現在起動に集中している彼女が、口を開くことはなかった。
教え子の姿を見て、ラームも目を細める。
すでに彼の周りには、あの厄介な天使もどきはいない。
天使の本体が、ついにアクシャルを敵と認め、その迎撃に集中を始めたからだ。
天使から厄介な羽が飛ばされることもなくなった。
本来であれば、弟子の助太刀をするところだが、ラームは動かない。
確かに天使もどきのおかげで、随分と疲弊した感はある。
けれど、それよりも両者の中で高まる魔力の強さに、如何な大賢者とはいえ、そこに入っていく勇気はなかった。
「10年前、お前がわしの門戸を叩いた時を思い出すの」
ラームは目を細める。
出会った時に、すぐわかった。
ただ者ではないと。
ずば抜けた魔力と、ラームですら圧倒する知識量。
世の中には、まだこんな人間がいるのかと、ラームが軽くショックを受けるほどの才能の持ち主だった。
その癖、世の常識を知らず、兄弟子からからかわれることもしばしばあった。
ラームはアクシャルを見て、しばしば放浪するようになった。
それは彼女のような人材を見落としていた自分を戒めるための旅であり、何か自分に見落としがあったのではないか、と思う点検のためでもあった。
そしてラームは出会う。
レミニア・ミッドレスという才能に……。
「あの時も、お主と同じ印象を受けた」
そしてレミニアが異界の人間であるという可能性が浮上してきた時、ラームは同じようにアクシャルもまた異界――つまりエミルリアの1種族なのではないかと考えた。
それが、今証明されたのだ。
「死ぬなよ、アクシャル。……お前には聞きたいことが山ほどある。そして――――」
わし以上に、お前に話を聞きたい者がいることを忘れるな……。
◆◇◆◇◆
羽を広げたのは、いつ以来だろうか。
アクシャルは伸ばした翼が空気に触れるのを感じ、そんなとりとめもない事を考えていた。
この身になってから十数年……。
例え一瞬であっても、この翼を他人に見せることはなかった。
そして、2度とないと願っていた。
だが、アクシャルの願いは聞き届けられなかったらしい。
彼女自身、覚悟をしていたようだが、それでも心の底で悔いる気持ちが、絞りきった雑巾から出る滴の如く溜まっていった。
けれど、後悔している場合ではない。
予定にはなかったことだが、今ここで討ち果たさなければ、ストラバールは滅びる。
「名も無き天上の者よ。もうここでお眠りなさい」
アクシャルは構える。
天使もまた翼を広げた。
まるでアクシャルが広げた翼に対抗するかのようにだ。
そしてあろう事か自分の胸を抉った。
ゴギギギギギ……バキッ――ズズズズズッッ! ズブッ! バジャッ!
顔をしかめたくなるような薄気味の悪い音が空にこだます。
天使は血を噴き出しながら、ゆっくりと取りだしたのは自分の骨だ。
それに魔力を通す。
強い光を帯びて現れたのは、1本の大鎌だった。
「これじゃあ、天使じゃなくて、大鎌をもった死神ね……」
アクシャルもまた杖を構える。
直後、お互い飛び出した。
ジャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
その初撃に世界が圧倒された。
大地を滑る衝撃。
愚鈍の空は、まるで花を開くように気持ちの良い青空を覗かせる。
だが、その下で行われていた戦いは、空の青さを忘れさせるほど、鮮烈なものだった。
激しい打ち込みが起こる度に、衝撃波が唸る。
大気が巻き起こり、すぐに雲が渦を巻いて嵐を呼び込んだ。
かと思えば、その衝撃によって雲は散らされ、青い空を見せる。
そんなことの繰り返しだ。
「ふん。なかなか愉快げではないか」
地上で魔獣を倒していたカラミティが、空を仰ぐ。
隣の戦線でヒナミも、魔獣を真っ二つにしていた。
「なんという戦いじゃ……」
一番近くで見ていたラームも息を呑む。
「まさに神々の戦いじゃな」
呟いた。
皆が称賛する中で、アクシャルだけが必死の形相で、目の前の敵を睨んでいた。
「この子……」
強い。
こうやってまともにぶつかり合ってようやくわかった。
この天使は強い。
自分が思っていた以上に。
単なる天上族ではないことは予想していた。
それでも、なんとかする自信がなかったわけではない。
自分も力を解放すれば、勝てるという自負さえあった。
だが――――。
アクシャルは一旦距離を取る。
杖を掲げた。
巨大な火球が空を覆い尽くす。
瞬間、ハッと顔を上げた。
アクシャルの眼前に、すでに火球があったのだ。
しかも自分よりも遥かに大きく。
天使は指先を弾く。
巨大な火球は、射出された。
アクシャルも目一杯魔力を絞り出して、火球を放つ。
ドゥッ!!
重苦しい音が空気を震わせる。
2つの火球はかろうじて拮抗した。
だが、余裕がないのは、アクシャルの方だ。
「ぐっ…………く………………」
口から苦悶が漏れる。
自分が自ら針を取って、念入りに魔力を練り込んだ法衣が、あっさりと弾け飛んだ。
これが力……。
【愚者の石】の力なのか。
アクシャルは思う。
無限に加速させた魔力を超圧縮した稀代の奇跡。
その技術は天上族が保有していた。
天上族ですら、その技術を持て余していたというのに……。
それを持ち出し、さらに改変した者がいる。
アクシャルの目的は、その人間へのカウンターだった。
しかし、その人物を追うどころの騒ぎではない。
今ここで倒さねば、世界は滅びる。
膝を突いていられない。
「折角、拾ってもらった命なのだから」
アクシャルの目の前が、真っ赤に光る。
気付いた時には、大きな火球が前にあった。
その顔が絶望に歪む。
そしてアクシャルは光に飲み込まれるのだった。
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