第231話 真の姿
ヴォルフの声に反応した者がいた。
1人は間違いなく娘レミニアだろう。
『疑似・賢者の石』にエントリーしつつも、確実にその声に反応していたに違いない。
一方で、その声に反応していた者がいた。
天使である。
その顔――と言える部分を空へと向ける。
青空のさらに彼方に思いを寄せるようであった。
「よそ見をしている場合ですか?」
シャアアアアアアアアンンンンン!!
鋭い光が空気を焼く。
その瞬間、光芒が光る杖が、天使を切り裂いた。
天使は悲鳴を上げる。
派手に血のようなものが噴き出た。
だが、光の杖を持ったアクシャルの顔は優れない。
その杞憂は現実のものとなる。
天使を切り裂いた傷口が、一瞬にして回復してしまったのだ。
強力な自動回復。
その速さは、レミニアがヴォルフに仕掛けた【自動回復】の上を行く。
本来であれば、アクシャルの斬撃は大地を真っ二つにしかねないほどの威力を持つ。
事実、天使に開いた傷口は大きい。
人間であれば致命の一撃。
なのにその傷口は瞬時に回復し、天使は涼しい顔を浮かべる。
よそ見している場合か、と問うたが、それほどの余裕を見せる理由は天使にあったのだ。
「思ったよりも厄介ですね」
焦りを滲ませたのは、アクシャルだった。
ラームに断り、勇んで天使の相手となったが、ここまでとは思わなかった。
特に【自動回復】は厄介だ。
致命傷を与えられなければ、どうしようもない。
原因は推測できていた。
天使の中に【愚者の石】が眠っている。
その力だ。
「形は天上族……。いえ、基本となったのは天上族の肉体の一部ですか。その一部から肉体を再生させ、さらに【愚者の石】と親和性の良い身体を構築した。悔しいですが、あの人は本当に天才ですね」
まだこの戦場に現れないもう1人の大賢者ガダルフを称賛する。
「故に素体となった天上族は哀れというしかありません」
アクシャルは悲しげな声を上げる。
「ですが、ここまでです。私が何の策も労さぬまま手をこまねいてみているわけではありませんよ」
アクシャルは持っていた光の杖を掲げる。
反応したのは、目の前の天使ではない。
その直下にある大地だ。
五芒星の陣が浮かび上がり、炎が嵐の海のように渦を巻いた。
さらにアクシャルは呪唱する。
「炎冠の理を砕き、炎髪にして、紅蓮の血盟に染まりし破壊者よ。汝、名を改めここに証明する。我、第七門を特赦し、暴虐と天幻の突破を望むものなり。神々より出でよ」
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
瞬間、アクシャルの杖の先と、天使の直下に置いた魔法陣が反応する。
共に紅蓮の炎が竜の顎門のように伸びた。
そのまま天使に襲いかかる。
地獄に引きずり込むように炎の歯牙が、白い肌の肉体に噛みついた。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
大きく口を開けて、天使は悲鳴を上げる。
耳をつんざくような叫びを聞いて、地上で戦っていた騎士や魔獣の動きが止まった。
美しい容姿からは想像もできないえげつない声。
天使の悲鳴を聞いても、アクシャルは手を緩めない。
ありったけの魔力を注ぎ、神すら焼くといわれる炎を吐き出す。
アクシャルが使った魔法は第10階梯……。
レミニアが得意とする魔法だ。
だが、それだけではない。
彼女は敷いた魔法陣は、複製化する魔法である。
自分の魔法と、魔法陣によって生み出される魔法。
両魔法同時に起動することによって、第10階梯の威力を倍加させる。
これ以上の炎はこの世にないだろう。
すでに天使の周りの大地は炎の海になっていた。
空も茜色に染まっている。
そこに響く天使の声……。
もはや世界の終末を思わせた。
遠巻きに様子を伺っていた騎士や刀士、あるいは不死者たちは呆然とその赤い炎を見つめる。
魔獣たちもおののき、遠吠えを上げていた。
「なんと……」
ラームも弟子が起こした所業に目を剥いている。
おそらく誰もがこう思ったであろう。
勝負がついた、と。
だが、1人だけ油断しなかったものがいる。
アクシャルだ。
「つっ!!」
アクシャルはその場から退避する。
炎の中から伸びてきたのは、細い腕だ。
彼女を捕まえようとしたが、空振りに終わる。
次いで炎の中から炭化した天使の姿が現れた。
どう見ても、ボロボロだ。
美しい白い肌が真っ黒に炭化していた。
が、その炭化したところがボロボロと剥がれ落ちる。
現れたのは、天使の肌だった。
石化から復活するように黒い炭が剥がれると、ついには元の姿にもどってしまう。
「これでもダメか……」
アクシャルの顔がついに歪む。
ストラバールにおいて第10階梯魔法は最強だ。
その第10階梯を倍加させてなお、死ななかった。
もはや目の前にいるのは、天使ではなく化け物だった。
結局膠着状態に陥ったかといえばそうではない。
動いたのは天使である。
これまで全く相手にしていなかったアクシャルに対して、ついに敵意を剥き出す。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
耳が痛くなるような強烈な声。
ふっと意識を失いかけた直後、天使の胸の前で光が収束していく。
それは膨大な魔力。
先ほど放ったアクシャルの魔法よりも遥かに濃厚な魔力だった。
「まずい!!」
今度はアクシャルが悲鳴を上げる番だった。
その瞬間、光は放たれる。
茜色の空が、今度は白色に染まった。
強烈な光によって、世界は光と影に分断されたのである。
アクシャルはすでに被弾していた。
いや、ぎり1歩防御が間に合う。
杖を出し、二重三重の防御壁を張った。
それもまた第10階梯に匹敵する魔法である。
だが押されていた。
1枚、2枚と防御壁は剥がれる。
空中に浮かびながら、徐々にアクシャルは押されていった。
退避は可能。
けど、アクシャルはその場から退かない。
仮に彼女が身を引けば、後ろの山が吹き飛ぶ。
その衝撃は二次、三次と被害をもたらすだろう。
下手をすれば、地上軍はおろか、遠くの王都にまで被害が及ぶかもしれない。
「ならば、絶対に退けない! ここはあの人の世界なのだから……」
ドォォォォオオオオオオンンンンンン!!
白い爆発が空で炸裂する。
ついにアクシャルの防御壁を突破された。
天使より放たれた光は、彼女を貫き、爆発したのだ。
それを目に焼き付けていた者たちは、一様に驚く。
その爆発の凄まじさではない。
まだ白煙が舞う中、その奥で見える影に驚いたのだ。
「まさか……」
「あれは……」
カラミティとヒナミが驚く。
ツェヘスも「むぅ」と眉根に皺を寄せた。
そしてラームもまた持っていた杖で肩を叩く。
「やはりか。お主がそこまでせねばならぬ相手か……」
息を吐く。
煙が晴れると、ついにアクシャルが露わになる。
その姿を見て、天使もまた口を開けて驚いているようだった。
「どうしました? 羽の生えた種族が、あなただけだと思いましたか?」
見事な翼だった。
背中からピンと伸び、蝋細工でできたように白く優雅。
バサリと、羽ばたくと、白い羽が地上に福音をもたらすかのように散った。
「さてここからが本番ですよ」
アクシャルは厳しい顔を向けるのだった。
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ヴォルフvsワイバーンとの戦いを是非ご覧下さい!