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第230話 救世の流れ星

本日コミカライズが、BookLive様で更新されました!

 レクセニル王国で激戦が続く頃――。

 ヴォルフ一行の姿は、ストラバールとエミルリアの中間にあった。

 両世界ともまだ遠く彼方。

 ヴォルフの瞳は、巨大で丸い世界を映すのみだ。


 空は闇夜のように黒くなり、数時間以上経っても朝がやってこない。

 おそらく空の上の空とは、ずっと暗いのだろうとヴォルフは認識したところだった。


 一方で同行者たちのストレスは、MAXまで来ていた。


「くっそ! まだ着かないのかよ」


 イーニャが歯をギリギリさせれば……。


『ニャアアア! 目の前にあるのにまだ着かないなんて歯がゆいニャァァァア!』


 ミケはジタバタと空中をもがきながら移動する。

 それを手を伸ばし、ヴォルフは引き留めた。


「あまり俺から離れるなよ、ミケ。レミニアの強化魔法外に出たら、死ぬかもしれないんだぞ」


 山の上の空気は薄い。

 さらにその上はもっと薄いだろう。

 そもそもさっきから大気の流れを感じない。

 レミニアの強化魔法がなければ、窒息死していた可能性は高い。


 暴れ回るミケを抑えながら、ふとヴォルフは顔を上げる。

 一旦目を凝らして確認すると、あることに気付く。


「止まった?」


「え? あたいたち止まったのかい?」


 イーニャは慌てる。


「そうじゃない。エミルリアとストラバールが、だ」


「え?」

『ニャ?』


 首を傾げる。


 だが、ヴォルフには確信があった。

 今まで両世界は互いに近づきつつあったのに、その動きが止まったのである。


(さっきストラバールから凄い魔力が放たれていたけど、その影響かな……)


 ほんの5分前のことであったが、ヴォルフ一行はストラバールからエミルリアに向けて、白い光の奔流を確認していた。

 それが一体何なのか。

 ヴォルフには敵の仕業か、味方の援護か判断できなかったが、どうやら両世界を止めるための大魔法だったらしい。


 大出力の魔法を見て、一瞬ヴォルフは娘の事を思い出す。

 肝が冷えたが、こんなことができるのは、レミニアぐらいしか思い付かない。

 おそらく今もなお、レミニアはストラバールの地で戦っているのだろう。


「レミニアが心配だ!」


 先ほどまで涼しい顔をしていたアラフォー冒険者は、突然中空で犬かきを始める。

 だが、奮戦虚しく距離は一向に縮まらない。

 ただイーニャとミケの前で、道化を演じただけだった。


「何をやってんだよ、師匠」

『やれやれにゃ……。ん?』


 今度目をこらしたのは、ミケの方だった。

 ストラバールの方を向いて、しばし故郷を凝視する。

 すると、何かがこっちに向かってきているのが見えた。


『何にゃ? あれ?』


 ミケの言葉に、ヴォルフは反応する。

 続いて、イーニャも目を凝らした。


「なんだ、あれは?」


「木? なんか枝みたいに見えるぞ?」


『人? いや、違うにゃ? 鼠ニャ!」


 それは鼠であって、鼠とは非なるものだ。

 針のように長い赤茶色の体毛。

 小さくクリクリと動く耳。

 黒く丸い鼻に、上唇から特徴的な出っ歯が2本飛び出ている。


 体躯は人の子どもか、少し大きい程度だ。

 さらに手には年季の入った枝が握られていた。


「あれは、もしかして……」


 鼠牙族(ラトゥーム)だ。

 そしてそのつぶらな瞳を見て、ヴォルフは思い出した。


「コノリ……か…………」


 鼠牙族(ラトゥーム)のコノリ。

 以前、呪いを受けた聖樹リヴァラスにてヴォルフが助けた巫女だった。


「いや、違うな」


 ヴォルフは思い浮かんだ名前を、すぐに否定する。

 彼女から漂ってくる雰囲気。

 何よりこんな遠くまで木の枝葉を伸ばせる能力。

 いずれもコノリには、あまりに過ぎた力だ。


「お前、聖樹リヴァラスだな」


「リヴァラスって、師匠が助けたっていう」

『あの時の聖樹かみゃ』


『相変わらず聡いな、ヴォルフ・ミッドレス』


 気の弱い巫女の口から発せられたとは思えぬ、尊大な口調が聞こえてきた。


「久しぶりだな」


『ああ……。再会を慶びたいところだが、そうも言っておられぬ』


「戦況が悪いのか?」


 イーニャはやや食い気味に尋ねた。

 ヴォルフが総司令官なら、イーニャは実行部隊の上級幹部だ。

 やはり戦況が気になって仕方ないのだろう。


『正直に言うと悪い。なんとか五分といったところだ。大賢者ラームとその弟子が、あの天使をうまく抑えている』


「大賢者様が……」


 おお、とイーニャは息を飲んだ。

 いざとなれば頼るつもりではいたが、本当に前線に立って戦ってくれるとは、イーニャも考えていなかった。


 ラームは賢者だが、戦線に立つには高齢過ぎる。

 戦力になるかどうかもわからなかったが、そこは大賢者というだけはある。


「レミニアは? レミニアは無事なのか!?」


 ヴォルフは唾を飛ばしながら尋ねた。


『心配するな。お前の娘は無事だ。詳しいことは私もわからぬが、賢者の石(エクサリー)を起動させたらしい。ストラバールとエミルリアが止まったのは、その影響であろう』


「そうか。良かった……」


 ヴォルフはホッと胸を撫で下ろした。


 レミニアが躊躇していた賢者の石(エクサリー)の起動。

 奥の手を使う状況になっているということは、かなり戦況が悪いのだろう。

 それでもレミニアが無事だと聞いて、少し心の荷が下りた。


「聖樹リヴァラス……。俺たちをレクセニルに連れてってくれないか」


『そうしたいのは山々だが、ここまで枝葉を伸ばすのに相当な魔力を使ってしまった。正直、この子を使ってお前に状況を伝…………える、の…………がががが』


「リヴァラス……」


『すまないが、この子を連れて下山……いや、この場合下樹…………というべきか。……あとのことは…………よろしく…………』


 そこでリヴァラスの気配が消える。

 くたりと巫女であるコノリが倒れかかると、ヴォルフは支え、抱きかかえた。

 リヴァラスがあれほど消耗していたのだ。

 巫女であるコノリもまた、かなり影響を受けていただろう。


 意識はあるが、覚醒するには時間がかかりそうだ。


「師匠!!」


 イーニャが指差す。

 見ると、リヴァラスが伸ばした枝が急速に枯れ始めていた。


 おそらくリヴァラスの魔力がなくなり、姿の維持が難しくなったのだろう。


「イーニャは、ミケに乗れ!! 一気に駆け下るぞ! ――ミケ!!」


 相棒を呼ぶと、すでにミケは戦闘態勢に入っていた。

 ふわふわの毛を持つ大猫は、さらに肥大し、雷精を纏う雷獣へと変化する。


 何の指示もされていないのに、ミケは雷の塊を鼻先に集中させた。


『行くニャ! ご主人!!』


 雷を放つと、自らヴォルフは浴びに行った。


【雷獣纏い】!


 ミケの雷の力を纏う。

 邪気を払う雷精の力を纏ったヴォルフは、巫女コノリを抱きかかえたまま崩壊が始まった枝を走り出す。


 その後を、イーニャを乗せたミケが追いかけた。


 2つの青白い光がリヴァラスが伸ばした枝を伝って、急速にストラバールに近づいていく。

 それはさながら救世の流れ星であった。


 レクセニル王国の広い平原の方を見ながら、ヴォルフは呟く。


「今、行くからな、レミニア」



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