第228話 疑似・賢者の石
本日コミックス4話更新日になります。
ハシリーとともに、レミニアはレクセニル王国にある魔導研究所に帰還する。
戦場の指揮はラームに任せてきた。
三賢者と呼ばれるラームである。
今は隠棲の身といえど、人を動かす能力は、レミニア以上のものを持っている。
自分がやるよりも、ラームに任せた方がいいと判断した。
レミニアの推測では、しばらく戦局は安定する。
ラームの登場、地上部隊もツェヘス、カラミティ、ヒナミの3人で持ちこたえている。
問題はラームの弟子の方だが、そこは賢者の言葉を信じるしかなかった。
レミニアはレミニアにしかできないことがある。
実は戦っている場合ではないのだ。
戦いでボロボロになった身体を身綺麗にする。
自身の体力と魔力を薬によって完全回復させたレミニアは、白衣を着て、自分の研究室に飛び込んだ。
そこにあったのは、もはや研究所というより指揮所であった。
4人ほどの魔導研究員が、見たこともない魔導具や、オリジナルの魔法を操作している。
中央に映し出された半透明な窓には、今まさにストラバールに接近しつつあるエミルリアの姿が映し出されていた。
その周りを文字や、両世界を三次元的に捉えたような幾何学模様がグルグルと回っている。
そう。
ここはエミルリアの観測所なのだ。
そのすべての魔導具や機類、さらに観測するためのオリジナル魔法の開発、それらを魔導士に対し教練したのも、ここの観測所の実質的所長であるレミニアによるものだった。
【大勇者】が選りすぐっただけあって、4人は優秀だ。
戦っている間にも狼狽えることなく、自分の仕事を全うしている。
おかげで、今のストラバールとエミルリアの状態を、一目見て知ることができた。
「今の状況を可及的速やかに、かつ端的に教えて」
「危険です」
15歳の少女の指示に対して、一言で答えたのは女性研究員だった。
もう何日も帰っていないのだろう。
いや、もう何日も寝ていないのだろう。
ボロボロの白衣に、頭の髪を無造作に束ねた女性研究員は、フレームレスの眼鏡を吊り上げる。
眼鏡をかけていても目立つほど、目元は黒く、本人は意識していないのに、計器を見つめる瞳には、何か殺気のようなものを感じる。
彼女だけじゃない。
他の研究員もそうだ。
エミルリアがストラバールに向かって動き出したのは、5日前のことである。
それから、彼らは1度も家に帰らず、この指揮所で暮らしていた。
「わかりやすくて涙が出るわ」
レミニアは紅蓮の輝きを持つ髪を掻き上げる。
「具体的な両世界の距離は?」
「すでに12万フェーズを切っています」
他の観測者が教えてくれた。
「レミニア、もうすぐ危険域です」
「言われなくてもわかってるわ」
レミニアは机に置いた拳をギュッと握る。
その辛そうな顔を見て、秘書ハシリーは何も言えなくなってしまった。
エミルリアとストラバールを引き離す方法はある。
レミニアが作った【賢者の石】を起動させるのだ。
これはガダルフが作る【愚者の石】とは違い、人の形を原初に戻し、存在自体を変質させるものではない。
レミニアが作った【疑似・賢者の石】といわれる魔導具の中に入り、起動させれば済む。
起動させるためには、SSランク以上の魔力を持つ者が必要だが、それがレミニアであっても構わない。
【疑似・賢者の石】の準備はすでに調っている。
起動に対して、さほど難しい障害はない。
問題は時間なのだ。
現在、ストラバールとエミルリアは、12万フェーズ離れた位置にある。
ストラバールを3周した距離とほぼ同じだが、天文的な観測からすれば、その距離はくっついているのとそう変わらない距離であった。
仮にこの距離が縮まり、エミルリアとの距離が10万フェーズになった時、ついに世界は破滅へと向かう。
エミルリアがストラバールの引力圏に捕まってしまうのが、10万フェーズだ。
こうなれば、如何に【賢者の石】といっても、如何にレミニアの魔力が強くとも、関係なくストラバールは激突することになる。
つまり、10万フェーズがデッドライン。
それまでに【賢者の石】を起動し、エミルリアを止める必要がある。
「デッドラインまでの時間は……」
「どんどん加速がついてますからね。早ければ、5時間後には……」
「早いな……」
ハシリーは唇を噛んだ。
そして側で項垂れているレミニアに目を落とす。
【大勇者】と呼ばれ、今や世界の命運すら握っている少女の背中は、一際小さくハシリーには映った。
ハシリーはわかっていた。
危機的状況にありながら、何故レミニアがすぐに【疑似・賢者の石】の中に入って、起動シークエンスに入らないのか。
ただ机の上に置いた手を震わせているだけなのか。
「レミニア……」
「わかってるわ、ハシリー!」
膨らんだ風船に針を刺すように反発が返ってきた。
レミニアがすぐにでも動かない理由は、ただ1つだ。
ヴォルフのことである。
両世界の距離が縮まっている中で、不幸中の幸いと言えるのが、エミルリアにいて帰れなくなってしまっているヴォルフの存在だ。
どういう手順で帰ってくるのかは、ハシリーにもわからないが、両世界の距離が縮まっているということは、それだけヴォルフの生還を後押しするものになるはずである。
可能性は限りなくゼロに近い。
だが、【大勇者】は信じている。
そして、その勘が外れたことは、今のところ見たことがない。
ハシリーも今度こそはと思うのだが、レミニアが信じている以上、何かが起きることを期待していた。
しかし、エミルリアの接近が止まれば、その分ヴォルフの帰還が遅れる。
もしかしたら、何か危険なことになる可能性だってある。
レミニアは様々な可能性を探り、様々な危険因子を考慮しながら、今まで父のために【賢者の石】を起動しなかった。
これはレクセニル王国国王ムラドの願いでもある。
「決めたわ」
ついにレミニアは顔を上げた。
「【疑似・賢者の石】を起動するわ」
「よろしいんですか?」
「うん。きっとパパがここにいたら、そうすると思うから」
「本当にいいんですね?」
尋ねたのは、あの女性研究員だった。
彼女だけではない。
他の研究員や観測員も、やややつれた顔をレミニアに向けていた。
レミニアがどれだけヴォルフのことを愛しているか。
それは側で働き、延々と昔の話を聞かされた研究員たちもよく知っている。
だからこそ、レミニアに最後の選択肢を与えたのだ。
1人1人の顔を見ながら、レミニアは不敵に微笑む。
その瞬間、ハシリーは【大勇者】が戻ってきたと思った。
「うちのパパを舐めないでよ。……きっと戻ってくる。だって――――」
「「「「「私の勇者だから――でしょ」」」」」
ハシリー、そして研究員たちの声が揃った。
「実はまだ会ったことないんですよ」
「そうね。私も会ってみたいわ」
「どうやって、こんな生意気――じゃなかった天才を育てたか聞きたいものだ」
「そりゃいい。ヴォルフ・ミッドレス風の育児の仕方を教えてもらおう」
何か悪態めいた言葉を吐きながら、起動シークエンスに入る。
「さあ、レミニアも準備を……」
ハシリーは手を出した。
その手の平を見ながら、レミニアはちょっと頬を膨らませた。
「子どもじゃないんだから、手にとる必要なんかないわよ、ハシリー」
「いえいえ。僕はレミニアの秘書であり、保護者でもありますからね」
レミニアは憤然としながら、研究室を横切る。
【疑似・賢者の石】に手をかけながら、最後に空を見上げた。
大きな光が、空を駆け抜けていく。
おそらくラーム、さらに弟子アクシャルが戦っているのだろう。
その凄まじい戦いを見ながらも、レミニアは願わずにはいられなかった。
パパ……。私の勇者様――。
できれば、早く戻ってきて……。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
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