第227話 大賢者の弟子
それはラームが参戦する少し前。
ラームの姿は、まだレクセニル王国の王城にあった。
高い塔の階段を1歩ずつ歩む。
すでにラームの年齢は、エルフの寿命限界を超えていた。
表面上は元気そうに見えて、身体はすでにボロボロだ。
階段を上る体力もなく、自然と息が上がった。
外から轟音が聞こえる。
巨大な魔力が膨れあがり、多くの命が失われていった。
魔獣だけではない、人や他の種族もだ。
ついに魔獣戦線が始まった。
おそらく今まで最悪の魔獣戦線が……。
ラームは階段を上り切る前に足を止めた。
塔の中腹にぽっかりと開いた硝子のない窓の前で立ち尽くす少女の姿を見たからだ。
夜に溶け込むような黒髪。
肩まで伸びた髪を、少しだけ束ねて白いリボンで結んでいた。
目は小さい一方、宿った瞳は強く、小顔で子供のようでありながら、立ち居振る舞いそのものは、毅然としている。
その横顔を見ながら、ラームは一瞬息を止める。
ラームはストラバールでは誰でも知っている大賢者だ。
長い時を生き、あの【勇者】レイル・ブルーホルドのことも知っている。
言わば、生き字引である。
そんな彼でも、時々醸し出す超然とした雰囲気に、息を潜まずにはいられなかった。
「アクシャル、ここにいたのか」
止めた足を再び進める。
彼女の背後に立つも、アクシャルの視線が変わることはない。
その先を追うと、空に浮かんだ1羽の天使にぶつかった。
「気になるか?」
ラームは尋ねるが、アクシャルは答えなかった。
ラームとアクシャルの関係は、表向き師匠と弟子の関係である。
表向きといったのは、そのままの意味だ。
裏では違う。
どちらかと言えば、ラームがアクシャルから学ぶことが多い。
直接何か技法を学ぶようなことはなかった。
だが、ラームと同じく放浪癖のある弟子アクシャルは、時々ラームですら知らぬ景色や現象の話をすることが多々あった。
その関係はすでに15年近くになる。
それでも、ラームはいまだにアクシャルの正体を知らない。
表向き弟子としているのは、この正体不明の少女の身分を、自分の裁量内で保証するために他ならない。
アクシャルというよりは、アクシャル以外の者を守るためであった。
その弟子が強く反応を見せている。
空に浮かぶ天使を見て――だ。
「行くか……」
ラームがそう言うと、アクシャルは初めて師の方に顔を向けた。
「何故、そう思うのですか?」
「お主が行きたそうにしておったからな。ほれ、今にもその窓から翼を開いて、飛んでいきそうだわい」
「…………」
アクシャルは再び空を望む。
「正直に言うと、あの者を待ちたかった……」
「あの者? 待つ? もしや、ヴォルフのことか?」
アクシャルはそれ以上答えなかった。
ラームもまた尋ねない。
こんな関係が、15年続いてきた。
今さらアクシャルが何者か問うことなど無粋だ。
ラームのやれることといえば、この弟子のしたいことをさせるだけだった。
「わかった。わしも行こう……」
「あなたもですか?」
「不肖の弟子が行くのじゃ。師が手をこまねいて見ているわけにはいかんじゃろう。まあ、わしはこまねいているのも好きじゃがな。だが、この国――――いや、ストラバールの危機とあらば、致し方あるまい」
「本当に?」
「わしもお前と一緒じゃよ。待ち人を待っていてな。そやつの相手をせねばと思い、力を蓄えておこうと思ったが、どうも時間切れじゃ」
「ガダルフ……」
アクシャルが答えると、ラームは大きな帽子の鍔を取って頷いた。
「あやつは必ず出てくる。その時、わしは――」
「わかりました。一緒に行きましょう、師匠」
「お主が師匠とわしを呼んだのは、いつ以来かの」
ラームはふっと鼻を鳴らす。
「選手交代じゃ。とはいえ、あの【大勇者】が受け入れてくれるか」
「秘書殿に依頼してみては?」
「なるほど。あの者なら説得できるか。では、行こう。我が弟子よ」
ラーム。
そしてアクシャルはこうして戦場へと飛び出していった。
◆◇◆◇◆ 現在 ◆◇◆◇◆
「偽天使を一瞬で……」
レミニアは息を飲む。
30体以上の偽天使は、すべてにSSランクの強さを誇る。
それをたった1つの呪文で片付けてしまった。
ラームが使ったのは次元系の魔法だ。
ストラバールとは違う。
この世に存在しない別世界の狭間に飛ばす魔法である。
本来は神以外には不可能な、多重世界に干渉する魔法で、扱いは様々な属性系統の中で一番難しい。
レミニアすら習得できていない、超難度にして、超レア魔法であった。
「おじいちゃん、あなた一体……」
初めて出会った時から、ただ者ではないことはわかっていた。
それ故に、このラームに二重世界理論を託したのである。
だが、レミニアが感心したのは、その叡智であって、戦力という部分ではない。
その点においては、自分よりも遥かに劣っていると思っていた。
だが、今まざまざと見せつけられた魔法を見て、【大勇者】も驚かずにはいられない。
「ショックを受けんでいい。さっきも言ったが、わしと次元系の魔法は相性が良かっただけじゃ。それにこの魔法はお主には早すぎるよ」
「…………! なるほど。長く生きているだけはあるわね。おじいちゃん、もうこの世のエルフではないのね。その次元魔法を使って、あたかもいるように見せかけているだけ。多次元にいる自分の生存確率を無理矢理引き上げて、そこに立ってるってわけ?」
「ほほぅ……。相変わらず聡いのぅ、お主は。わしの今の言葉で、わしの正体を見破るとは……」
「次元魔法の性質を考えればね。さすがに、まだわたしはお化けになるわけにはいかないもの」
「全く同意じゃ。いや、わしもまだ本物のお化けになるつもりはないがの。さて、【大勇者】。ここはわしに任せて、お主はお主のやるべきことをやれ」
「はあ? 何を言ってるのよ? おじいちゃんは偽天使相手。わたしは本物の天使を相手するわ。あれは早く排除しないと。たぶん、あいつが持っているのよ。この世界にある愚者の石をね」
「気付いておったか。さすがは【大勇者】だな。だが、心配ない。あの者の相手は、我が弟子アクシャルが受ける」
「ラーム様ではなく、アクシャルさんが……」
横で聞いていたハシリーが驚く。
「心配するな。あやつなら、あの天使を倒す事ができるじゃろう」
ラームは天使の方に視線を向けた。
◆◇◆◇◆
アクシャルは、すでにストラバールに降り立った天上族の前にいた。
ストラバールに降り立ち、その世界の広さと彼女の前に立ちはだかる生物たちを見ても、何の反応も示さなかった天上族が、ついに動く。
鋭い視線を、目の前に立つアクシャルに向けた。
「かわいそうな子……」
アクシャルは呟く。
敵を前にする言葉ではない。
その口調も、どこか慈愛に満ちていた。
対する天上族は何も言わない。
じっとアクシャルの存在を観察しているようだった。
「私があなたを解放して差し上げましょう」
アクシャルは杖を中空から取り出す。
大きく振り上げると、そのまま赤い光とともに振り下げた。
シャアアアアアアアアンンンンン!!
鋭い光が空気を焼く。
そして、さらに天上族を一刀のもとに切り裂くのだった。
本年最後の更新となります。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
年末年始、ゆっくりされる方は、
BookLiveで配信中のコミックスの方を是非読んで下さいね。
今年はなかなか辛い1年でしたが、
来年こそ良い年になるといいですね。
それでは皆様、良いお年を!








