第226話 賢者、参戦
「ものども! 押し返せ!!」
ヒナミが下知を下す。
その後ろには、ワヒト王国の刀士たちが、ずらりと居並んでいた。
皆、刀を掲げる。
防衛線から突破してきた魔獣に群がり、切り裂いていく。
「決して油断するな! 1匹1匹、おのが最強の敵と思ってあたれ!! 常に1体につき、多数で当たるのじゃ!」
ヒナミは的確に指示を出していく。
【剣聖】と呼ばれる彼女だが、その才能は決して刀だけではない。
驚異的な観察眼もまた、ヒナミの特徴の1つだ。
それによって相手の間合いを瞬時に見切り、さらに戦場においては戦況と相手の力量を計ることができる。
故に、異界の魔獣に対して、ヒナミは的確な戦術を、味方に伝えることができたのである。
またそのヒナミの命令を、忠実に再現していくワヒト王国の刀士たちの動きも、鮮やかといわざるえない。
レクセニル王国騎士団の数からすれば少ないが、少数でも精鋭の部隊は防衛戦の穴から漏れた魔獣を、的確に潰していった。
後方の様子を見て、前線部隊も落ち着く。
追撃はせずに、淡々と防衛線左翼にできた穴を埋めることを徹底する。
そのヒナミはツェヘスの側に駆け寄る。
傷の深さを見て、家臣たちに声をかけた。
「誰か、ツェヘスを診てやれ」
そう指示を出すと、1人の刀士が駆け寄る。
ツェヘスに向かって、回復魔法をかけ始めた。
「男を上げたな、ツェヘス。良い戦ぶりだった」
「な、何故……。ワヒトの軍勢が?」
作戦ではラーナール教団のアジトを強襲していたはずだ。
ワヒトの軍勢が帰ってくるのは、あと半日はかかると、ツェヘスは考えていた。
「アジトの制圧が意外と早く終わっての。暇を持て余しておったら、あの月が見えたのだ」
ヒナミは顔を上げる。
すでに空いっぱいにエミルリアが広がっていた。
「ただ事ではないと思って、急ぎ引き返してきた。嫌な予感というものは、当たるから怖いものじゃ」
「かたじけない」
「よいよい」
「今回のことだけではありません。ワヒトの刀士には……」
「そうか。お主は北の魔獣戦線に参加していたのだな」
「彼らには随分と助けてもらいました」
「お役に立てて何よりじゃ。草場に隠れた武士どもも喜んでいるだろうよ。だが、ツェヘスよ。お前はまだ地獄に行くには早いぞ」
「心得ております」
ツェヘスはすっくと立ち上がる。
額に貼り付いた血を拭い、改めて隈取りを整えた。
戦士となったツェヘスは、愛槍を握る。
ヒナミから馬を借り受けた。
「馬を貸していただきありがとうございます」
「なんの。お前の馬よりは些か劣るであろうがな」
「十分です」
「我らはこのまま押し上げ、左翼の防衛に入る。良いな」
「よろしくお願いします」
ヒナミとツェヘスはそこで別れる。
前者は左翼に、ツェヘスは中央へと戻っていく。
ワヒト王国の救援はレクセニル防衛戦線に好影響を与える。
左翼にワヒト王国、右翼にドラ・アグマ王国、そして中央にレクセニル王国騎士団。
3つの国の戦力が噛み合い、地上の魔獣を防ぎ始めたのだ。
◆◇◆◇◆
「嵐の七神剣!!」
レミニアの前に、7つの風の刃が浮かび上がる。
1本1本、巨大な嵐を圧縮したものだ。
指先が触れるだけで、身体がバラバラになるような魔神の剣である。
第10階梯の内の、風属性最強の攻性魔法は、レクセニル王国の空に射出された。
空の上で飛び回る天使を貫く。
レミニアはそれらを偽天使と名付けていた。
自身で鑑定した結果、天上族の羽根から生まれたそれは、使い魔に近い。
だが、使い魔といっても、その強さは無類だ。
1体1体が【雷王】なみの強さを誇っている。
そんな怪物を12体相手し、今だピンピンしているレミニアも十分化け物であったが……。
「ちょこまかと……。邪魔よ! あっちへ行って!!」
レミニアは躊躇なく、風の剣を放つ。
まさしくちょこまかと飛び回る偽天使に向かって、風の刃は一直線に向かっていった。
触れるだけで身体がバラバラになる嵐の剣。
それを悠々と偽天使は回避する。
「ししっ」と白い歯を見せ笑ったような気がした。
しかし、笑ったのはレミニアも一緒だ。
大きく指で円を描く。
すると、躱されたはずの風の剣が孤を描き戻ってきた。
偽天使を後ろから串刺しにする。
『ぎぃいいいぃぃいいぃいいっやややっっややあや!!』
気味の悪い声を上げて、7体の偽天使は消滅する。
「そういえば、12体いたのよね!!」
すかさずレミニアは第10階梯の魔法を、連続詠唱する。
「おかわりよ! ありがたくいただきなさい!!」
風の刃を解き放つ。
残り5体を追いかけ始めた。
猟犬のように追い詰めると、再び風の剣は偽天使を貫く。
解放された暴風に、身体をねじ曲げられて消滅してしまった。
「ふぅ……」
レミニアは汗を拭った。
さすがの彼女も、第10階梯魔法を連発するのはキツい。
ヴォルフでいえば、雷獣纏いをした上で、繊細な刀術を繰り出すようなものだ。
だが、この偽天使は別格だ。
第10階梯魔法を使って、殲滅し、前に進む。
それ以外に、今のところ本体に近づくのは難しそうである。
地上はヒナミ率いるワヒト王国が戻ってきて、なんとか膠着状態。
カラミティ1人ぐらい空に上ってきてくれると助かるのだが、ざっと見た感じ難しい。
今、カラミティが抜ければ、また防衛線に穴が生まれ、それの対処に追われることになるだろう。
これ以上他国の増援は望めない。
今、このパニックを静めるには、どうしても軍隊の力が必要になるからだ。
ワヒトやドラ・アグマが参戦していること自体、贅沢な話だった。
「やるしかないわね」
くらっ……。
不意に目眩がして、レミニアは空中で倒れそうになる。
その身体を受け止めたのは、スレンダーな女性の身体だった。
「大丈夫ですか、レミニア」
「ハシリー! あなた……!!」
「無茶しすぎですよ」
「無茶しているのは、あなたでしょ!? こんなところまで来て! あなたには有事の際のバックアップとしての役目があるんだから? わたしが死んだら、あの装置を動かせるのは……」
「わかってますよ」
「わかってない!!」
レミニアは縄張り争いをする猫のように息を吐き出した。
赤く怒り狂う少女を見ながら、ハシリーは肩を竦める。
その時だった。
気配に気付き、レミニアは振り返る。
その目に映ったのは、無数の舞い散る羽根だった。
すると、先ほどの焼き増しのように羽根から手が伸び、またあの異形の怪物――偽天使が増産される。
今度は12体どころではない。
倍、いや3倍以上あるかもしれない。
『ギィイイイイィイィイィイイイ!!』
奇妙な鳴き声で、空気を振るわせる。
「くっそ! また復活した!!」
レミニアは空の上で地団駄を踏む。
珍しく悪態も漏れた。
偽天使が生まれる、レミニアが殲滅する、偽天使がまた生まれる。
先ほどから、これの繰り返しなのだ。
しかも厄介な事に学習機能があるらしい。
1度喰らった魔法はすべて回避、あるいは無効化されてしまう。
しかも、その強さはSSランクに近い。
レミニアが言うのもなんだが、化け物だった。
「ハシリー、離れて!! あなたじゃ、力不足よ」
「ご心配なくすぐに退避します。あなたを連れてね」
「ちょ! わたしを後退させるつもり! 今、わたしが退いたら」
「はい。だから、あなたの代わりを連れてきました」
「代わり?」
レミニアはハシリーを訝しむ。
だが、秘書は笑顔のままだ。
このレクセニル王国に【大勇者】が来て以来、時に秘書として、時に研究員として、時に母となって接してきたハシリーは、レミニアを安心させるように、穏やかに言った。
「ご心配なく。最強の助っ人ですから」
「最強の……。まさか――――」
パパ??
レミニアが真っ先に思い浮かべたのは、ヴォルフの顔だ。
自分の計算よりも早い登場に素直に驚いたが、今はそんなことはどうでもいい。
今は、パパの顔がレミニアの何よりのカンフル剤になる。
半ば興奮するレミニアであったが、聞こえてきたのは老人の声であった。
「ふぉふぉふぉふぉ……。残念ながら、わしじゃよ」
レミニアよりもさらに高い場所に立って、老人が白髭を撫でていた。
ストラバールに住む3人の賢者の1人。
大賢者ラームである。
「ちょ! おじいちゃん! あなた、戦えるの?」
「ふぉ! 舐めてもらっては困るの。まあ、若い女子に舐めてもらうのは、嫌いではないが……」
「…………」
「そんな顔をするでない。心配しなくていい。お前さんは域外じゃよ。さて――――」
ラームは杖を掲げた。
自ら詠唱した鑑定魔法によって、空を飛び回る偽天使を測る。
「天上族のような羽は生えておるが、その中身は魔獣と変わらぬようだな。おそらく魔獣の素か。ならば、天上族が魔獣を生み出したと結論できるが……。ふむ。なかなか興味深い」
「感心してる場合じゃないわよ。こいつら……」
「自己進化、自己修復か。なるほど。厄介じゃの……。ならば、これでどうじゃ?」
【宙海を渡り、神に至る救世】!!
その瞬間、ラームの目の前の空が割れる。
光と闇が交互に混じり合いながら、現れたのは谷だった。
その谷の先にあるのは、底のない暗黒である。
急に風が巻き起こる。
風は谷の底に飲み込まれていった。
まるで巨大な鯨が小魚を吸い込むかのように辺りの空気を貪っていく。
「第10階梯の次元系魔法……」
それはまだレミニアすら再現できていない超難度魔法である。
いや、あるということすら知らなかった。
おそらくラームのオリジナルなのだろう。
「そんな……。わたし以外で第10階梯の魔法を使える人間がいるなんて」
「ふぉっふぉっふぉっ……。わしや他の大賢者は、ギルドのランク外じゃからの。とはいえ、わしはこれぐらいしか使えぬ。お主の方がよっぽど化け物じゃよ。さて……」
ラームは谷の口を偽天使がいる方に向けた。
さらに魔力を高めると、その吸引力が強くなる。
最初こそ耐えていた偽天使だが、次々とその谷間に飲み込まれていった。
一瞬にして、30体以上いた偽天使を殲滅する。
「ふぉっふぉっふぉっ……。これならば、修復も進化も関係あるまいて。では、改めてこの老いぼれが相手になろうかの……」
ラームは杖を本陣に構える天上族に向けるのだった。
ついにラームも参戦。総力戦になって参りました。
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タッ公先生が描くヴォルフは、カッコいいですよ!