第225話 猛将の意地
コミカライズ4話が昨週更新されました。
まだ読んでいないという方は是非よろしくお願いします。
士気を取り戻したドラ・アグマ王国軍は、再度突撃を敢行する。
魔獣とぶち当たった瞬間、今度はその勢いを押しとどめた。
それは無茶な特攻のように見えて、一応の理には適っていたからだ。
前面に不死の軍団の中でも大柄の不死族を配置。
それを壁に見立て、魔獣の突撃を止めた。
その壁の隙間からスケルトン兵が踊り出て、魔獣たちをなます斬り、あるいは槍で串刺しにしていく。
カラミティから何の具体的な指示もなかったことから、それは不死の軍団たちが、本能的に導いた答えなのだろう。
いや、そもそも前に出ようとするカラミティを、反射的に守ったのかもしれない。
そのカラミティも獅子奮迅の活躍を見せていた。
二撃決殺を胸に、魔獣を破壊していく。
【不死の中の不死】は、不死の女王であると同時に、戦の申し子である。
すでに敵対する獣たちを屠る最適解を編み出し、戦場を蹂躙し始めた。
「ふぅ……」
その様子を上空から捉えたのは、レミニアだった。
ほっと息を漏らす。
「これで何とか五分ってとこかしら」
不死の軍団が息を吹き返したこと。
ツェヘス率いるレクセニル騎士団が加わったこと。
これらのおかげで、戦場は膠着状態に陥る。
だが、これは対魔獣に限ることだ。
今もレミニアは地上に向かって支援砲撃を続けていた。
それでやっと地上の戦いは五分。
一方で、魔獣の本陣と呼べるところには、例の天使――天上族が沈黙を続けていた。
あれが動き出せば、たちまち戦局は向こうの有利に動く。
そうなれば、人類側は総崩れだ。
だが、こちらにも戦力がないわけじゃない。
「パパ……」
レミニアは空を仰ぐ。
迫ってきているエミルリアの姿が、さらに大きくなったような気がした。
「パパが戻れば……」
その時こそ反転攻勢に出るチャンスだ。
今はただあの天使が出てこないことを祈るだけだった。
だが……。
おおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁああおおおおおおおぁぁぁぁぁぁあ!!
奇妙なうなり声が戦場に響き渡る。
天使だ。
空の上で静かに羽ばたき、本陣で鎮座していた天使がついに動く。
その羽ばたきが強くなると、白い羽根が宙を舞った。
大きな羽根は一瞬停止した後、ビクビクと脈動する。
直後現れたのは、腕だった。
真っ白な人の手である。
さらに羽根は大きく広がり、1枚の翼となった。
腕の先から人の形をした奇妙な肉体が現れる。
「うげっ!」
レミニアが唸ったのも仕方がない。
はためかせたのは真っ白な天使の翼。
しかし、その顔には口しかなく、ノコギリのような牙が生えている。
四肢は裸で、おしろいを塗ったかのように白い。
魔獣でもなければ、レミニアの母が残した遺稿にもない。
ただレミニアにはわかった。
それは彼女が、羽なしとして生まれた天上族の生き残りだからかもしれない。
「天上族の亜種ってところかしら。自分で生み出すって」
レミニアは素直に驚いていた。
普通の天上族ではないことは、見た時から感じていた。
自分とはあまりにかけ離れ、異質だったからである。
でも、感心している場合じゃない。
生まれたのは12体の天上族亜種。
果たして、自分だけで抗しきれるか微妙なところだった。
「カラミティ! ツェヘス!!」
レミニアは上空で大声を発した。
◆◇◆◇◆
レミニアの声を聞いて、カラミティもツェヘスもすぐに状況を理解した。
突如現れた白い翼を持つ化け物。
1匹がSSランクの強さを持っていることを、本能的に察する。
それをレミニアは1人で相手しようというのである。
如何に【大勇者】といえど、苦戦は必死であった。
「承知した。地上のことは我らに任せよ」
最初に言ったのは、ツェヘスだ。
それだけ言い残し、再び戦場に紛れていく。
部隊に指示の変更を伝えた。
カラミティはギュッと拳を握った。
本来なら、自分がサポートしなければならないところだろう。
なのに、足を引っ張ってばかりだった。
「カラミティ、あなたが気に病むことじゃないわ」
「しかし、我はそなたを……」
「わたしを守れるものなどいない。パパ以外はね」
「むぅ…………」
「でも、そこにいる魔獣たちをあなたが平らげたら、お願いね」
カラミティはハッと顔を上げる。
すると、ニヤリと笑った。
「任せよ。この魔獣どものを血肉にしたら、次はそなたを助けにいってやる」
「まあ、それまでにあいつらが残っていたらの話ね」
「それならば簡単だ。本陣にいるあやつをやれば良い!!」
カラミティは天上族を指差す。
「ふふ……。確かに。待ってるわよ、不死の女王様」
「任せよ、【大勇者】」
そしてレミニアは亜種天上族と交戦に入る。
凄まじい戦闘であったが、カラミティもうかうかしてられない。
レミニアの支援がなくなれば、今この戦場を維持することすら難しい。
その予感は的中した。
明らかに潮目が変わる。
単純に襲ってくる魔獣の数が増え、戦場のあちこちで対処ができなくなっていった。
1匹、4~5人で相手していた騎士団も苦しくなってくる。
1匹相手に、3、あるいは2人で相手しなければならない状況になってきた。
そうなれば、じり貧だ。
徐々に騎士団の数が減っていく。
騎士達の断末魔の悲鳴が、そこかしこから聞こえた。
ドラ・アグマ軍団も苦戦している。
単純に処理する魔獣が増えたため、初撃を受け止められず、陣形に魔獣がなだれ込んできた。
そこをカラミティがフォローしたが、タスクが多すぎる。
「まずい!」
「このままでは――――」
カラミティ、そしてツェヘスの顔が歪む。
その時である。
「突破された!!」
騎士の声が聞こえた。
1番手薄だった左翼側が、ついに魔獣の突破を許してしまった。
「旦那! 行ってくれ!!」
声を張りあげたのは、副長ウィラスだった。
ツェヘスと同じく、戦線を支えていたウィラスは、たまらず騎士団長に懇願する。
今、ここで一番機動力があり、単独で魔獣を退けられるのは、ツェヘス1人しかいないからだ。
ツェヘスは返事をしなかった。
馬の腹を蹴ると、馬頭を返す。
左翼に走り始めた。
だが、魔獣も速い。
このままでは王都に攻め入られてしまう。
「早計だったか……」
不死の軍団の苦戦を見て、防衛戦に布陣していたツェヘスは戦線を上げた。
だが、その判断を今頃悔いる。
「しかし!!」
ツェヘスはギリッと奥歯を噛む。
「これ以上、失うわけにはいかんのだ!!」
魔獣戦線で失った兵士の魂。
レクセニル内乱で散った冒険者の魂。
そして先頃起こったドラ・アグマの侵攻。
騎士団の長として、これ以上国の民を傷つけることなど看過できようはずがない。
「あの男がいないならば、なおのことだ!!」
ツェヘスの脳裏に浮かんだのは、あのヴォルフ・ミッドレスだった。
ヴォルフから託された国の守り。
騎士団として突破されるわけにはいかん。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
ツェヘスは追いつく。
先頭の魔獣数体を一瞬にして平らげてしまった。
横合いから突然現れた人間に、魔獣は怯む。
だが、多勢に無勢だ。
今、ツェヘスの周りに兵はいない。
単騎で突っ込んだのだから、当然であろう。
そして、そのツェヘスの前には、十数体の魔獣がいる。
現れた大柄の騎士を睨んでいた。
「来い!!」
それでも吠えた。
如何にツェヘスといえど、無謀だ。
だが、自分が止めないで誰が止める。
「我はグラーフ・ツェヘス!! レクセニル王国騎士団長だ!!」
その裂帛の気合いに、一瞬魔獣たちは怯んだような気がした。
そこにツェヘスは槍を持って突っ込んでいく。
1匹、2匹とあっという間に平らげた。
だが、気が付けば周りを魔獣で囲まれていた。
馬から弾かれ、その愛馬も魔獣の餌となった。
「うおおおおおおおお!!」
グラーフは槍を振るい続ける。
防具がボロボロになり、血と汗が飛び散る。
肉体が朱に染まっても、その騎士の魂が燃え尽きることはない。
「まだまだ!! 来い!!!!」
ツェヘスは気勢を放った。
だが、もう彼に槍を振るう力などない。
ずるりと手から槍がこぼれ、落ちるだけだった。
「くそっ! だが、まだ己の肉体が――――」
もはや肉弾特攻に近い。
ツェヘスは近くにいた魔獣の目を突く。
さらに王都へと近づこうとした魔獣を、手で押しとどめた。
まさに猛獣……。
いや、猛将の姿であった。
「レクセニル王国の騎士よ。天晴れじゃ!!」
戦場に不似合いな子どもの声が突如降ってくる。
ふと顔を上げると、空から本当に子どもが降ってきた。
見慣れない具足をつけ、手には刀を握っていた。
「オーダム流――――」
【風歩】!!
まさに一陣の風が魔獣の間を通りぬける。
ただそれだけであったはずだ。
直後、魔獣の血煙が舞い上がった。
十数体いた魔獣が一瞬にして絶命したのだ。
「息災か、猛将殿」
たった今魔獣を屠った少女は振り返る。
呆然とするツェヘスを見て、少女は自分の肩を刀でとんと叩いた。
おまけとばかりに、歯を見せ笑う。
ワヒト王国の国王にして【剣聖】。
ヒナミ・オーダムが到着した。
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