第22話 パパの名にかけて!(前編)
レミニアパートです。
よろしくお願いします。
※ 昨日投稿しました第21話にて、大きなシーンの抜けがございました。
昨日21時から翌1時半までに読まれた方は、
シーンが追加されておりますのでご確認よろしくお願いします。
(詳しくは活動報告をごらんください)
魔獣戦線も一段落し、国をシェイクしたようなお祭り騒ぎも終わった頃、王都ではある噂が、都民を震え上がらせていた。
辻斬り――。
さして珍しいことではない。
自分の強さに酔った冒険者や騎士が、夜な夜な現れ、人を斬ることは、事件として間々あることだ。
その度に、レクセニル王国自慢の魔法憲兵隊が捜査し、犯人検挙に努めて来た。
確かに辻斬りは怖いが、人が普通に武器をぶら下げて歩く時代だ。
そんな者にビビって、往来を歩けない者は、臆病者と罵られた。
だが、今回の辻斬りは少し変わっている。
まずB級以上の冒険者や実力者ばかり狙うこと。
さらに今のところ、死傷者が出ていないことが、いつもの辻斬りとは違っていた。
被害者の証言によれば、何かを試されているような気がしたという。
「辻斬りならぬ? 辻試し?」
間抜けな質問をしたのは、稀代の天才にして、【大勇者】レミニア・ミッドレスだった。
その横で秘書官ハシリーが頭を抱えている。
目の前のソファーに座った大男は、隈取りが塗られた眉間をピクピクと動かした。
レクセニル王国が誇る猛将グラーフ・ツェヘスである。
「それで――わたしたちを心配して、将軍自らお越しになったというわけ?」
フランクに尋ねる。
階級でいえば、明らかにツェヘスが上なのだが、レミニアには相手を敬おうとする意志は感じられない。
実力主義を語る将軍にしても、1度負けている相手に怒り辛い面があった。
そもそも礼節を説いたところで、きちんと対応する娘とも思えない。
ある意味、レミニアが自慢する父親の顔が見てみたかった。
ツェヘスの顔色が悪くなるのを見て、ハシリーは話題を変える。
「捜査は順調なんですか?」
「実は、すでに容疑者の特定は出来ている」
「なーんだ。つまんない。犯人探しとか1度でいいからやってみたかったのに」
レミニアの最近のマイブームは、娯楽読物だった。
特にクイズ形式の犯人当て読物にはまっていて、部屋の角に読破した本を(ツェヘスに見えないように)重ねている。
「容疑者逮捕は憲兵に任せるとして、問題は他にもある。【国家戦力一覧】を何者かに持ち出されたのだ」
「リストを!?」
【国家戦力一覧】とは、B級以上の冒険者や実力者の名前が書かれたリストだ。
名前、年齢、住所、職業、保有スキル、実績が事細かく書かれ、もし闇市場に出回れば、その情報だけで城が建つと言われている。
レクセニル王国には王宮と、レクセニルギルド本部の2カ所に厳重に保管され、有事の際はリストを元に招集をかけることになっていた。
「我々は、その犯人と辻斬りには何らかの接点があるのではないかと考えている」
犯人はピンポイントで、B級以上の人間を辻試しをしている。
中には、リストなしでは絶対に知り得ないような隠れた実力者も襲われているため、【国家戦力一覧】が持ち出され、辻試しのために悪用されていることは明白だった。
レミニアは話を聞いて、首を傾げる。
「犯人が持ち出した?」
「それはありえません。【国家戦力一覧】は国の最重要機密文書です。王立文書館の最奥にある魔法扉を解錠しなければ、入手は難しいはず」
「解錠できるのは、国御抱えの【鍵師】だけだ」
鍵師は主に魔法がかかった扉や宝箱などを開けるスキルを持つ者をさす。
かなり特殊な職業で、総体的にも数は少ない。
レベル6以上の解錠スキルを保有する者となれば、レクセニル王国の規定では、外務副大臣級の待遇が与えられるほど、人材確保が難しい職業なのだ。
王国にいる【鍵師】は2人。
両方とも王立文書館の館員として働いている。
1人はベル・スピッケ。
年齢26歳。女性。独身。
かなり遊興癖があり、高給取りでありながら、多額の借金を背負っている。
現在、付き合っている男は3人。
すべてベルのグラマラスな身体と、お金が目当てらしい(※憲兵発表談話)
もう1人は、グレタ・オーケン。
年齢45歳。男性。妻子有り。スピッケの上司。
派手な遊びが好きな部下とは違い、まさに真面目が服を着たような男で、仕事は正確。その分、融通が利かないところがあり、決して残業はしない。
特に仕事場と家を往復するだけの仕事人間だが、唯一の楽しみは、帰宅前に飲み屋で晩酌をすることだ。
「両者ともすでにレベル5の尋問に耐えた。憲兵も彼らは白だと見ている」
「レベル5ですか。凄まじい尋問だったのでしょうね」
臣下に対し肉体的な苦痛は伴う拷問は行わないのが、王国が定めた規定だ。
その代わり魔法による精神的な苦痛・支配に関しては推奨されており、レベル5となれば、屈強な冒険者でも裸足で逃げるほどの激痛が伴う。
明らかに文官である彼らが、その尋問に耐えたということは、憲兵の判断も頷ける話だった。
「犯行時刻の目星は立っているの?」
「最後に扉の施錠を確認したのは、文書館の他の館員だ。時刻は深夜。次の日の朝には、魔法扉は開けられ【国家戦力一覧】が忽然と消えていたらしい」
「犯行時刻のアリバイはどうなの、将軍」
「……両者とも、その時ひどい酩酊状態にあって、記憶が欠落しているそうだ。ベルは飲み屋の店主と他の客が、飲んで酔っている彼女を見たと証言している。グレタは飲んでいても存在感が希薄なのか、飲み屋にいたという証言は取れなかったそうだが、鞄の中に律儀に店の領収書が入っていたらしい」
長々と説明した後、ツェヘスはソファに座り直す。
やや前屈みになりながら、レミニアを睨んだ。
「で――。ここからが本題だ。レミニア・ミッドレス……。お前を天才と見込んで質問がある」
「なによ。なんか気持ち悪いわね」
「お前、【解錠】スキルを使えるか?」
「愚問ね、将軍。この国の魔法扉はおろか、前史時代に作られた聖櫃だって、わたしは開けられるわよ」
レミニアは胸を張るのだった。
◇◇◇◇◇
「ちょっとどういうことよ、これは!」
レミニアは格子にすがり、喚いた。
周りは堅固な石壁がぐるりと囲んでいる。
腐臭が漂い、鼠が1匹、目の前を通り過ぎていった。
先ほどまでいた研究室とは打って変わって、冷たい場所である。
そこは王宮地下。
王宮に勤務する臣下などを捉える牢獄だった。
格子の向こう――つまり、通路側に立ったハシリーは深いため息を漏らす。
「レミニア、あなた時々抜けてますよね。『わたしならどんな扉も開けられるわよ』っていってるようなものじゃないですか。疑われて当然ですよ」
「だって、わたしは何もやっていないもん」
15歳の娘は、むぅと頬を膨らませる。
ちょっと可愛くて、ハシリーは顔を赤らめてしまった。
すると、レミニアは明後日の方を向く。
大きな声を上げた。
「パパぁぁぁぁぁあああ!! たすけてぇぇぇぇぇえええ!!」
「聞こえませんよ。ここは地下です。それにニカラスはそっちじゃありません」
いつも通りの上司の天然ボケに対して、ハシリーはツッコミをいれる。
すっかりふてくされてしまったレミニアは、冷たい床の上にどっかりと座った。
「しばらくの辛抱ですよ。真犯人が捕まって、捜査が進めば、ここから出られますから」
「犯人ならわかってるわよ」
「はあ? 辻斬りの、ですか?」
「そっちは興味ないわ。調べても無駄だし。わたしがいいたいのは、【国家戦力一覧】を盗んだ犯人よ」
「え? 一体誰なんです?」
「それよりも、国家鍵師って簡単に魔法扉に出入り出来るのかしら」
「……? いえ、スキルを使うためには、いくつかの手順を踏まなければなりません」
まず魔法扉を開ける理由を書き、各関係所のサインをもらう。
最後に〈王具印〉という王自ら許諾した書類を受け取り、初めて【鍵師】はスキルを使うことができる。
「【鍵師】は〈王具印〉がないとスキルを使えません。【鍵師】はスキルを使い、用が終わった後、自らスキルの封印を行います。有り体にいえば、自分がそのスキルを使えることを忘れるんです。〈王具印〉はそのスキルの封印を解くための鍵なんですよ」
だが、〈王具印〉の発行は【鍵師】本人が申請すれば、さほど難しいハードルではない。きちんとした理由があれば、いつでも発行してもらうことが出来る。
説明を聞き、突然レミニアは膝をポンと叩いた。
「な~んだ。簡単な推理じゃない」
「何がわかったんですか?」
「悪いけど、ツェヘス将軍を呼んできて。あと、容疑者2人もね」
「いいですけど……。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ニカラスのヴォルフの名にかけてね」
まるで娯楽読物の1シーンに出てきそうな台詞だった。
それを聞いて、ハシリーはその言葉をいいたくて、レミニアは首を突っ込んだのだろうと、理解した。
この作品を読んでいただいてる読者様はみんなお優しい方々ばかりなので、
たとえ犯人がわかっても、知らない振りをしてくれるはず。……はず!