第224話 めっちゃ悔しい!
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
レミニアが杖を振るった瞬間、再び炎の柱が立ち上る。
雲にすら届こうかという紅蓮の光は、しばし大地を赤黒く染め上げた。
熱風が大地を滑り、さらに魔獣たちを溶かしていく。
地獄――――そう表現しても、決して間違いないであろう。
神話級第10階梯魔法。
第10階梯は、もはやレミニアしか扱えない魔法だ。
神々の力を借りて解き放ち、大地を紅蓮に染め上げる。
彼女が何故【大勇者】であるか、それを証左に表すものであった。
「すごい……」
さしものカラミティ・エンドも後退しながら呟いた。
地上に開いた地獄の釜を見ながら、息を飲む。
心のどこかで、あの小さな【大勇者】を侮る部分があった。
正直に言うと、出会ってからというもの、レミニアがまともに戦闘をしているところを見なかったからだ。
四六時中研究所に引きこもっている故、どちらかと言えば研究畑の人間だと思っていた。
しかし、今カラミティの認識は改まった。
自分が苦戦した魔獣を、まるで蟻の大群を踏みつぶすかのように蹂躙している。
カラミティ自身との戦力差を見せつけるかのように……。
「我は怖かったのか……」
カラミティは強いものが好きだ。
愛しているといってもいい。
だから、ヴォルフも好きだ。
だが、そんな彼女がレミニアに遠慮していたのは、本能的にその強さを恐れていたからだろう。
『ぎぃいい! ぎぃいぃいぃいい!!』
炎の中から魔獣たちが現れる。
おそらく特別な熱耐性を持つのだろう。
そうでなければ、あの炎から突破できるはずがない。
見ていたレミニアは「チッ」と舌打ちした。
さらに魔法を組み上げる。
神槍、贋作――――!!
無数の光の槍がレミニアの周囲に並ぶ。
くっと指を下に向けると、光の槍は光速で撃ち出された。
漏れた魔獣たちの硬い外殻をいともたやすく貫く。
それで対処できたかと思えば、再び他の魔獣の猛攻が始まった。
レミニアは顔を顰める。
再び『炎、そして汝は破壊の使徒なり』を使ってなぎ払う。
だが、思ったよりも効果がない。
「この魔獣! 自己進化するの!?」
レミニアは空の上で叫んだ。
エミルリアでヴォルフをも苦しめた自己進化、自己学習。
その脅威は、娘であるレミニアをも苦しめる。
(なかなか厄介ね! 後ろも控えているのに!!)
レミニアの眉間に深く皺が刻まれる。
その鋭い眼光の先にいたのは、翼を緩やかに動かし、空を飛ぶ天使の姿だ。
特に何かアクションを起こすことなく、戦場を眺めている。
言うまでもなく、不気味な存在だった。
レミニアとしては、他の魔獣をカラミティに任せて、天使を相手にしたかった。
だが、魔獣の強さも半端なものではない。
S――いや、種族や成長度からそれ以上の可能性すらある。
「まずいわねぇ……」
いつもなら天才的な打開策を決めて、ピンチを脱するレミニアも、この時ばかりは戦況の不利を感じずにはいられなかった。
炎の中から魔獣が迫ってくる。
打ち漏らした魔獣もレミニアが撃ち抜くが、数が多すぎる。
ついにはカラミティが退いた防衛線まで魔獣がやってきていた。
「ふん! 面白い!!」
カラミティは立ち上がり、爪を振るう。
二撃決殺は確定なのだが、やはり数で押しつぶされる。
ドラ・アグマ王国から連れてきた兵士達もなす術なくやられていた。
「くっ!!」
如何な戦闘狂の女王も、味方が苦戦とあれば面白くない。
なんとか突破口を開こうとするが、焼け石に水だった。
このままでは防衛線が突破されてしまう。
そうすれば、魔獣が王都を蹂躙するだろう。
「ヴォルフが愛した国を! やらせはせぬ!!」
カラミティは必死に爪を振るった。
ギィン!!
唐突に爪が弾かれた。
硬い外殻の魔獣が紛れていたのだ。
カラミティの体勢が崩れる。
なんとか踏ん張ったが、気が付けば魔獣の顎門が目の前にあった。
「レイル!!」
反射的に言葉が漏れた。
その時である。
旋岩突破!!
裂帛の気合いが、カラミティの耳朶を打つ。
その瞬間、魔獣が1本の槍に貫かれていた。
凄まじい一撃と、ワイン樽をぶちまけたような大量の血を見て、カラミティは珍しく呆然とする。
「無事か、【不死の中の不死】……」
雄々しい声は馬上から聞こえた。
顔を上げると、顔に隈取りのような戦化粧をした武将と目が合う。
その手に持った槍には、魔獣の血がべっとりと貼り付いていた。
「グラーフ・ツェヘスか……」
「思いの外、元気のようだな」
「お前たち、王都を守っていたのでは?」
「勇んで魔獣に突っ込んでいった割に大した戦果も上げられず、おめおめと防衛線を下げてきた部隊がいてな。尻ぬぐいをしにきた」
「な!! 貴様!! 我ら不死の軍団を愚弄するか!!」
「愚かだと思ったのは、俺だけではあるまい」
「――――ッ!!」
ツェヘスに目で射貫かれ、カラミティはハッとなる。
彼の言う通りだ。
軍勢の士気を高めようと、カラミティは先走り過ぎてしまった。
不死の軍団を信じ切れていないのは、自分も同じ。
愚弄したのも同じだった。
「少し頭を冷やせ、カラミティ」
「すまん。迷惑をかけた」
「良い。敵が強いのは事実だしな。だが――――」
ツェヘスは槍の柄を1度地面に叩きつけた。
表情を崩さず、大きく吠える。
「俺が鍛えた軍隊は、この程度で動じぬ! そうであろう! 貴様ら!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
ツェヘスが率いてきた騎士団もまた吠える。
それは死中に活を見出し、半ばやけくそになっている軍隊ではない。
凄然と槍と武具を構えて、団長の声に応えていた。
ツェヘスは槍を振るう。
「盾兵前へ!! 魔獣の足を止めろ!! 魔獣の足が止まったら囲め! 敵は強く、タフだ! 必ず5人以上で挑むのだ!! 死にものぐるいで会得した我らの対魔獣戦術を見せてやれ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ツェヘスの軍が動き出す。
本当に指示通り盾兵が出てくると、突撃してくる魔獣の兵を止める。
そこから槍兵が主体となって、魔獣に雨とばかりに槍を喰らわせた。
弓兵と魔導部隊の連携も見事だ。
状態異常系の魔法を矢に付与させ、魔獣の基礎能力を大幅に削いでいた。
そこにツェヘス以下、精鋭部隊が蹂躙を始める。
ドラ・アグマ王国の不死軍団ですら手を焼いた魔獣相手に、一国の騎士団が互角の戦いを演じていた。
それを戦場でぽつんと見ていたカラミティは、立ち上がる。
その拳に握ったのは、単純に悔しさだった。
背後に控える自分の軍団に向かって、声を張りあげる。
「きさまらあああああああああああああああああ!!!!」
その大音声は、戦場を貫く。
魔獣たちですら一瞬手を止めるほど、凄まじい声だった。
カラミティは構わず続ける。
「あいつらにいいようにされて、言われて、貴様らはそれでいいのか!! 我は違うぞ。悔しい!! めっちゃくやしい!! 700年生きていた中で、今がめちゃくちゃ悔しい!!」
それは鼓舞とかそういうことではない。
どちかと言えば、何か愚痴のような響きがあった。
だが、滅多に聞けない【不死の中の不死】の愚痴に、不死の軍団たちは静かに傾注し、息を呑んだ。
「我らには戦術などない! はっきり言ってない! 今から学んだところで遅いだろう。だが、このまま終わるのか? 違うだろう。そもそも我らなんだ?」
不死だ!!
「不死が敵を、まして獣を恐れてどうする。死ぬのを怖がってどうする。我らは不死だ。死を超越したもの!! 戦って死ね。死んでも戦え!! わかったな!!」
言ってることは滅茶苦茶だった。
はっきり言えば、何が言いたいかすらわからない演説だ。
でも、1つだけ不死の軍団にわかったことがある。
カラミティが怒っている。
そしてその原因を作ったのは、自分たちの弱さだ。
【不死の中の不死】に700年仕えている者たちにとって、主君の怒りは自分たちの怒りも同然であった。
本来なら責任の重さを感じて然るべきだろう。
だが、命すら捧げた不死たちの反応は違う。
主君がお怒りであるならば、それを取り払うのが家臣の務め!
「うぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
妙な使命感が不死の者たちに伝播すると、未曾有の大音声となった。
その声を聞いて、カラミティは「よし」と満足する。
再び戦場の方を向き、カラミティは叫んだ。
「突貫あるのみ! ゆけえぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!」
まさに死兵となった不死の軍団は、一斉に異界の魔獣の軍勢に突撃していった。
本日コミカライズの第4話が、BookLiveで更新されました。
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19時頃に新作が上がります。
もし良かったら、そちらも是非!