第223話 不死の軍団出陣
「なんだ、あの魔獣は?」
レクセニル王国王都の城壁に立ち、【不死の中の不死】カラミティ・エンドは目を細めた。
彼女が見たのは、ストラバールに降り立った天使ではない。
その周りの取り巻きだ。
レミニアによって天上族と呼称されたエミルリアの支配者は、空に鎮座したまま、時折短く声を上げている。
一方で天上族が引き連れてきた魔獣は、レクセニルに広い平原地帯を蹂躙するように王都の方へと向かっていた。
レミニアが立てたラーナール教団のアジト同時襲撃作戦によって、レクセニル王国の戦力は少ない。
彼らはまだ知らないが、1匹1匹がS~Aランクの実力を持つ魔獣を倒せるかどうかは、微妙なところであった。
「おそらくエミルリアに住む魔獣ね。たぶん、魔獣の原種ってところじゃないかしら。気を付けて、わたしの鑑定魔法によれば、一体あたりAランク以上の実力を持っているわよ」
「ほう。それは胸躍る忠言だな。心に留めておこう」
カラミティはペロリと舌を舐める。
やる気満々だ。
レミニアは息を吐く。
正直に言うと、カラミティには大人しくしてほしかった。
この後、何が起こるかわからないからだ。
だが、今の状態のカラミティに「やめろ」と言っても無駄なことは気付いていた。
血と闘争を好む不死の王は、目の前に火種がありながら、ずっとお預けを食らっていた状態だったのだ。
そのフラストレーションは、すでに限界に達している。
今ここでガス抜きをしなければ、逆にそこらにいる人間を襲いかねない。
「カラミ――――」
「レミニアよ」
一応釘を刺しておこうと考えたレミニアだったが、1歩カラミティの方が早かった。
「1つお前に質問したい」
「何?」
「お前が立てた作戦は成功したのか?」
レミニアは一瞬眉宇を動かす。
不機嫌な顔を見て、カラミティは十分だとばかりに笑った。
「ふふ……。なるほどな」
「言っておくけど、アジト強襲は成功よ。今も戦果報告が上がっている。きっとパパもエミルリアにいる教団の教祖を捕まえているはずだわ」
「だが、この事態はどう説明する。我もヴォルフが失敗したと思わぬが、どう考えても悪い方に向かっているぞ」
「悪い方には向かっているわ。局面が変わったことによってね」
「お前、この事態を本当に予想していたのか?」
「そこまで万能じゃないわ。でも、この光景をいつか見るんじゃないかっていう予感は、ずっと持ってた。ママの遺稿を読めるようになった時からね」
二重世界理論を紐解くことによって、互いの世界の距離が縮まる可能性を、レミニアはずっと予期していた。
故に、賢者の石の研究をずっとし続けていたし、自分自身も強くなるために、ひっそりと修行もしていた。
だけど、結局止めることはできなかった。
先ほどカラミティはフラストレーションを溜めているといったが、レミニアもまた父親譲りの責任感の強さから、強いフラストレーションを溜めていた。
こんな時に対応できず、何が【大勇者】かと……。
パンッ!!
背中を叩かれ、レミニアは背筋を伸ばす。
一瞬ヴォルフに叩かれたと思ったが違う。
横にいたのは、不敵な笑みを浮かべるカラミティだった。
「天才、【大勇者】といっても、人の子か。そんな顔をするな、ヴォルフの娘。それとも、不死者も裸足で逃げ出すほどの怖い顔を、愛する父親に見せるつもりか?」
「わたし、そんな顔をしてた?」
「ああ。竜すら食らわんばかりにな」
「何よ、それ!」
レミニアは頬を膨らませる。
「別に恥ずかしがることはない。お前はまだ16歳なのだろう。気取るな若者よ。感情を表すために表情があるのだ。たまには仕事を与えてやれ」
「700年経っても怒り狂ってる不死の女王様には言われたくないわね」
軽口を叩く。
それを聞いて、カラミティは1歩前に踏み出した。
城壁の下に集まった軍を見て、ニヤリと笑う。
一方、ドラ・アグマ王国からやってきた不死の軍団も、女王の姿を見て、一気に士気を上げていった。
怒号にも似た吠声を聞きながら、カラミティは口角を歪める。
「カラミティ! わかってると思うけど……」
「心配するな。無理はせんよ。ただ――――」
魔獣どもがそれを許してくれるかわからぬがな……。
カラミティは城壁から飛び降りる。
軽やかに着地すると、すでに秘書ゼッペリン、骸骨将軍という幹部たちが揃っていた。
「行きますか?」
ゼッペリンが静かに尋ねる。
カラミティの口が裂けた。
「是非もなし」
うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
不死の軍団の吠声が上がる。
迫ってくる魔獣に向かって進軍を始めた。
いや、もはや進軍というには、あまりに乱雑だ。
各々が狂乱にありながら、駆け足で魔獣の方へと走っていく。
その先頭にあったのは、白い髪を乱した少女であった。
カラミティである。
「あのバカ……。何が無理はしないよ」
城壁の上からその様子を見ていたレミニアが、肩を竦める。
そして、ついにカラミティ率いる不死の軍団がぶつかり合った。
ガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!
轟音が鳴り響く。
吹き飛ばされたのは――――。
「なにぃ!!」
カラミティが率いる不死の軍団であった。
次々と魔獣に吹き飛ばされ、あるいは砕かれ、あるいは踏みつぶされていく。
カラミティはよく『蹂躙』という言葉を使うが、まさにその単語にふさわしい展開が、カラミティの眼前で流れていく。
「くそっ!!」
だが、この程度でカラミティは諦めたりしない。
立ち上がり、目の前の魔獣に向かっていく。
大きく爪で引き裂いた。
魔獣は深傷を負ったが、それでもカラミティにツッコんでくる。
それをいなしつつ、もう一撃加えると、やっと黒獅子のような魔獣は倒れた。
思ったよりも手強い。
カラミティは唇についた血を拭いながら、周りを見る。
兵士達が次々とやられていく。
ゼッペリンと骸骨将軍でやっとといったところか。
「こちらが不利か……」
普段なかなか弱みを見せないカラミティから負の言葉が漏れる。
だが、冷静に分析してる場合ではない。
「皆の者、戦え! 絶望しているぐらいなら、手を動かせ。1体でもいい。目の前の魔獣を倒すのだ!!」
どん底まで落ちていた士気を、カラミティは必死になって鼓舞し続け、回復させる。
だが、焼け石に水程度だ。
このままでは全滅すらあり得る。
その時だった。
空が光った。
その瞬間、まるで大地を横切るように大きな火柱が立ち上がる。
魔獣たちはたちまち炎に巻かれた。
カラミティがあれほど苦戦した魔獣たちが、氷のように溶けていく。
寒々しい炎の威力に、カラミティですら居竦んだ。
はっと顔を上げる。
天上族が何かやったのかと思ったが違った。
カラミティの目に、紅蓮の髪を靡かせた少女の姿が映っていた。
「レミニア・ミッドレス……」
強ばった口を無理矢理動かしながら、少女の名前を口にした。
強いことはわかっていた。
だが、自分ですら苦戦するSランクの魔獣を、まるで雑魚魔獣の身を引き裂くが如く圧倒した少女の姿に、カラミティは畏敬の念すら覚える。
「カラミティ、一旦退いて。態勢を整えて」
レミニアの声が響く。
カラミティは反論しようとしたが、周囲の惨憺たる状況を見ては納得せざる得なかった。
一方、レミニアは戦線に残る。
天上族を視界に入れつつ、今だ残っている魔獣の方に顔を向けた。
「【大勇者】の力を舐めないでよね」
魔獣に向かって、杖を掲げるのだった。
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